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束の間

ねずみの告解

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「最初はほんの気まぐれのつもりでした。人間てどんなものかって。でもあんな真っ直ぐな子たちを見ていたらなんだか。もうこの劇場もそろそろ潮時でしょうか」

 礼拝堂の裏側でねずみは罪の告白をはじめた。

「ははは。僕に少しでも信仰心なんてものがあるとあなたはそうお考えで? 罪も罰も神々の世界をわずかでも信じている者の言葉でしょう。僕に罪悪感なんてものはありませんよ。ところであなたどちら様? なんと呼べば?」

 シスターと。

「ではシスター。あなたもそう思いませんか。愛を知らない者にどうやって愛を信じろというんです。皆は英雄を神のように称えるが。その英雄こそ誰よりも見に染みて知っているんじゃないですか。神のような奇跡なんてそう都合よく起こらないってこと。ところでシスターと呼び続けるのもなんですからあなたのお名前教えてくれませんか」

 神の御名においてあなたの告白を聞いています。名前を名乗るなどとても。

「そうですか。ではこの祈りも天には届かないでしょうね。僕は特定の宗教に属しているわけではありませんし。もちろん何かを信じてみたい気持ちはありますよ。でも何事も独りが好きなんです。見えない世界を信仰するのは別に団体に属さなくたって個人でだってできるでしょう。だからあなたを友達と思って打ち明けたいのです。それでもダメでしょうか」

 では、ジュリアンと。

「ああ、あなたはジュリアン? 生まれは地球ですか。どのあたりから此処へ?」

 えっと……北の町から……。

「北の町? そんなの沢山あるじゃないですか。つれないなぁ」

 ……ノリッジ……。

「ああノリッジの。僕もイギリスについては少し勉強したんですよジュリアン。今宵の劇はシェイクスピアのハムレットでしたから。ところでさっきから何かをカタカタ打ち込む音が聞こえるんですがお取り込み中でした? 何か調べものとか」

 いえ。気に留めるほどのことではありません。お気になさらず。

「そうですか。ではジュリアン、最近よく思うんです。みんな流れ星に願いをかけるけどその流れ星のお願いは一体誰が聞いてくれるんだろうって」

 神様にお願いしてみては?

「はは、信じてもいないのにどうやってお願いしろというんです」

 もしかしたらお願い聞いてくれるかも。

「お願いを聞いて……? ああデウス・エクス・マキナですか。ギリシャ悲劇で最後に登場するという機械仕掛けの神様?」

 カタカタカタカタッ……!

「あ、女神の場合はデア・エクス・マキナでしたっけ。正確には機械装置から登場する神を意味するラテン語から来てるとかなんとか」

 ……そのとおり。Sic, Dea Ex Machina!

「へえ、ラテン語にも大文字小文字を区別する違いがあったんだ。知らなかったな」

 …………!!!

「ああ、それとも僕に分かりやすいようわざわざ英語に寄せてくれたとか? ジュリアンは優しいな。まるで女神のようだ」

 ……ふぅ……。

「あれジュリアンもしかして疲れてる? ゴメン気づかなくて。そうだよね。僕の話ばっかり一方的にしちゃって。聞く方はつまらないよね」

 いえ。そんなことありません。

「あはは。本当にジュリアンは女神様のようだよ」

 …………照。

「ねぇジュリアン。ギリシャ悲劇で最後に登場する神はもちろん人が演じてたわけでしょう。観客席からならまだしも、筋書きを知らない舞台の上の役者に目の前の人が神様か人間かなんて区別できるのかな。空から宙吊りで降りてくるでもなく地に足つけて歩く一見人間にしか見えない誰かを。見分けることなんて出来るのかな。その誰かが本物か、偽物かなんて」


  ◇


「これ血糊なんだって。血糊」

 五彩に煌めくバラの下、チアキは血まみれのバラを手渡しながら言った。

「あーどうりで赤いまま」
 
 王子はそっとバラを受けとると顔を寄せた。

「いい香り。シャボン? よく出来てる」
「もっと驚いてくれても」
「ありのままでいいって言ったのキミでしょ。でも」

 王子は琥珀の瞳でつくりもののバラを見つめるとふっと口元をゆるめた。

「ありがとう」
「はあ、やっと渡せた。あれ……」

 チアキは満足そうに微笑むとバラ窓を見上げた。先程から眩しさが気になっていたのだった。

「やけに明るいと思ったら。真上だ」
「真上?」
「うん。ほらあの青い月」

 少年たちが礼拝堂の天井を見上げると、ステンドグラスに降り注ぐ光はいよいよ明るさを増した。
 五彩の光は次第にまざりあい、影絵に咲く一輪の薔薇はやがて白く輝く歯車へと姿を変えた。

「……rosarium……」
「え?」
「どうして薔薇の花冠が……」
「花冠? というかなんで王子そんな深刻な顔して……痛ッ」

 チアキの視界の片隅に白い歯車がちらついた。風もないのに無常の歯車はゆるやかに回転しはじめた。

「こんなときに限って。ちょっと眩しいものでも見つめ過ぎたかな。夢の中まで出てくるとか聞いてないし」

 チアキが痛みを誤魔化すようにおどけてみせると、王子は顔面蒼白でバラ窓を見上げていた。

「え、大丈夫?」
「うん、僕のことはいいんだ別に。それよりチアキは?」
「うん大丈夫。でも顔真っ青だよ」
「問題ない。それよりなんであれが……」

 王子はしばし考え込むと、琥珀の瞳でチアキを見つめた。

「ああなるほど。それで……。嗤わせる。所詮僕も駒の一つだと?」
「さっきから一体何を」
「ごめんチアキ。キミは許しては……くれないだろうね」
「え?」
「さよならだ」
「急に何言って」
「心配ない。また会えるよ」

 王子は最後にチアキをぎゅっと抱きしめると、力の限りチアキを遠くへ突き飛ばした。

「キミのこと忘れないよ。永遠に」

 哀しみを湛えた琥珀の瞳で。
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