上 下
44 / 115
最終章

舞台袖

しおりを挟む
「He is gone, he is gone, 行ってしまった、彼は行ってしまったの」

「種明かしすれば良かったのに」

「あら、そんなことしないわ。私は愁嘆場を演じたい訳じゃないもの。
 What's in a name? that which we call a rose By any other name would smell as sweet;
 名前が何だというのでしょう。薔薇という花は他のどんな名で呼ばれようと同じように香るのに」

「ハムレットにそんな台詞あった?」

「違う違う、ロミオだよ」

「ジュリエットじゃなくて?」

「Romeo and Juliet??」

「そうそう、そうですよ」

「ハムレットじゃないじゃん」

「いいじゃない。シェイクスピアであることにかわりないわ」

「まぁそうだけど」

「はぁ、名残惜しい。だって私知らなかったの。演じてみて初めてわかるなんて、なんて悲劇でしょう。I loved Ophelia.」

「ほんと、損な役回りだったよ。いままでに冷たく微笑んだことなんてないよ」

「……え、これ悲劇なの?」

「あら、失礼。言葉の綾よ。でもそうね、せっかくなら悲劇と喜劇、どっちもがいいわ」

「はぁ、これだから役者って。ホントしたたか」

「あら、ありがとう」

「もうそろそろ着いた頃かな、あの少年。あのステンドグラスの教会、薔薇窓が綺麗らしいよ。僕まだ見たことないけど」

「じゃああとで一緒に〝天国〟へ行こうよ。まだ席空いてるんじゃない?」

「いいね! 君もどう?」

「あら、いいわね。じゃあ束の間おじゃましようかしら。また次の舞台が待ってるから」

「もう? 君も好きだね。僕はもうちょっと休んでからにしようかな。あんな大変な世界、進んで行きたがる人の気が知れないよ」

「あら、私は好き。もう今からわくわくしてるわ。予感がするの。もっと素敵な物語が待ってるんじゃないかって。これから面白くなるってのに、ここでやめてたまるもんですか」

「はぁ、これだから役者って、逞し――」

「したたかって言って」

「……。したたか~」

「ありがとう」

「あ、この前読んだ本にちょうどいい台詞があったよ。なんだったかな」

「ハムレット? というかそれシェイクスピア?」

「違う違う、同じ頭痛持ちの、たぶん観客席によくいた人」

「フランツ・カフカ?」

「朝起きたら虫になってたなんて思いきり悲劇じゃない」

「へルマン・ヘッセ?」

「いや、車輪の下の少年は確かオフィーリアのようにうっかり川に落ちてそれで……うん、まぁそういうことだよ」

「じゃあ誰さ?」

「なんか赤毛の女の子のヤツ」

「赤毛? あぁ、赤毛のアン? モンゴメリ?」

「そう、それ!
 "Dear old world," she murmured, "you are very lovely, and I am glad to be alive in you."」

「それなら私は村岡花子さんの訳が好き。リズムがあるもの。それに言われてみれば、ピッタリね!」

「そうそう、そうですよ」

「でもそのまえにお別れしなきゃ。Good night, ladies; good night,」

「男もいるよ」

「それを言ったら間にもっと沢山いるでしょ」

「寂しくなるね」

「なに言ってるの。物語はまだまだこれからでしょ。お目当てのシーンも見てないし。はやく薔薇窓が見たいよ」

「そうね。Fare you well, my dove! さようなら、いとしい人。でも、今は言わせて――」


「ごきげんよう」



 *



「愛すべきなつかしき世界よ」

 アンはつぶやいた。

「あなたはなんて美しいのでしょう。ここで暮らすことができて、この上なくうれしいわ」



引用:
赤毛のアン―赤毛のアン・シリーズ1―
ルーシー・モード・モンゴメリ/著、村岡花子/訳、新潮社
第三十八章 道の曲り角 p522
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

小さな天使 公爵のリリス6 天使のクッキー

 (笑)
ファンタジー
リリスが暮らす公爵家の領都に、王都で評判の新しい菓子店が開店し、街の注目を集めます。しかし、リリスが日々通う老舗の菓子店は、急速に客足が減り、存続の危機に瀕していました。老舗の店主のために何とかしたいと考えたリリスは、新しい店に何か違和感を覚え、それを確かめるために行動を起こします。 この物語は、リリスの純粋な心と行動力が街に広がり、思わぬ影響を与えていく過程を描いた感動のエピソードです。リリスの勇気と機転がどのように人々の心を動かすのかが見どころとなっています。

転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア
ファンタジー
【祝!第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!】 転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた! 元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。 相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ! ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。 お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。 金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。

女神の代わりに異世界漫遊  ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~

大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。 麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。 使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。 厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒! 忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪ 13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください! 最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^ ※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!  (なかなかお返事書けなくてごめんなさい) ※小説家になろう様にも投稿しています

超空想~異世界召喚されたのでハッピーエンドを目指します~

有楽 森
ファンタジー
人生最良の日になるはずだった俺は、運命の無慈悲な采配により異世界へと落ちてしまった。  地球に戻りたいのに戻れない。狼モドキな人間と地球人が助けてくれたけど勇者なんて呼ばれて……てか他にも勇者候補がいるなら俺いらないじゃん。  やっとデートまでこぎつけたのに、三年間の努力が水の泡。それにこんな化け物が出てくるとか聞いてないし。  あれ?でも……俺、ここを知ってる?え?へ?どうして俺の記憶通りになったんだ?未来予知?まさかそんなはずはない。でもじゃあ何で俺はこれから起きる事を知ってるんだ?  努力の優等生である中学3年の主人公が何故か異世界に行ってしまい、何故か勇者と呼ばれてしまう。何故か言葉を理解できるし、何故かこれから良くないことが起こるって知っている。  事件に巻き込まれながらも地球に返る為、異世界でできた友人たちの為に、頑張って怪物に立ち向かう。これは中学男子学生が愛のために頑張る恋愛冒険ファンタジーです。 第一章【冬に咲く花】は完結してます。 他のサイトに掲載しているのを、少し書き直して転載してます。若干GL・BL要素がありますが、GL・BLではありません。前半は恋愛色薄めで、ヒロインがヒロインらしくなるのは後半からです。主人公の覚醒?はゆっくり目で、徐々にといった具合です。 *印の箇所は、やや表現がきわどくなっています。ご注意ください。

処理中です...