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第四章

まごころ

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「死んだ後のことなんて死んでみなければわかりませんけれど、それでも祈らずにはいられませんでした。もし次があるなら私はこんな〝天国〟から見守るんじゃなくて彼の物語の中に入っていって直接抱きしめてあげたい。どんな損な役回りでも端役でも構わない。私がどれだけあなたのことを大切に想っているか目と目を合わせてちゃんと自分の言葉で伝えたいと――。笑っちゃいますよね。いるかどうかもわからないのに結局最後は神頼みしてしまうんですから」

 小さなカエルは自嘲気味に呟いた。

「あ、そろそろ出口も近いですよ」  

 カエルの影絵に天井から光が差し込んだと思ったら、硝子張りの明り取りの向こうから微かに歓声が聞こえてきた。

『Ladies and gentlemen. そして今宵お集まりくださった全ての皆さま。本日はご来場いただき誠にありがとうございます。開演に先立ちまして、皆さまにいくつかお願いがございます』

 明り取りの感覚が段々と狭まって、中庭への到着がもう間近であることを予感させた。

『当劇場では即興劇を売りとしております。いつどこで演劇が始まるか、また誰が今宵の劇を演じるかは役者本人にも知らせておりません。もしかしたらお客様が役者になる場合もございます。ご注意ください』

 淡々としたアナウンスのわりに結構なことをお願いしているなと思った。

『また今宵は特別上演といたしまして、古の劇作家シェイクスピアより戯曲『ハムレット』を下敷きに演出家一同趣向を凝らしてまいりました。必要なものは適宜こちらで用意いたします。堅苦しいことは考えず、突然何か想いが込み上げてくるような場合には遠慮なく〝天国〟に向かって抑揚たっぷりに呟いてみてください。嘘によってしか描けないものがあるならば、その嘘に紛れた真実に心救われる誰かもいるかもしれません。
 まもなく開演予定です。リラックスしてお掛けになってお待ちくださるもよし、広々とした中庭で踊り狂うのもよし、思い思いに今宵限りのショーをお楽しみください。それでは素敵な夢を。Thank you』

「そうそう、中庭に出てすぐのところに小さな噴水があるんです。ずっとむかしには白い鳩たちがときどき水浴びに来ることもあったんですよ。私この噴水の脇にあるベンチで中庭を自由に飛び回る青い蝶を眺めるのが本当に好きで――あ、ほら! あの蝶です」

 小さなカエルは子どものようにはしゃぎながら中庭の噴水を指差した。ほんのり青い燐光を放ちながら、両手ほどの大きさの蝶が噴水の上を優雅に舞っていた。

 驚いたのは、中庭は思いのほか広く、さらには大勢の人々でごった返しているということだった。
 噴水を囲むように人々は手を取り合って陽気に歌い、肩を組んで踊り、噴水脇のベンチで賑やかに語り合っていた。

〝天国〟とやらはどこだろうとキョロキョロしているとカエルが付け足すように言った。

「あ、〝天国〟はこちら側からは見えません。あなた方の星にもありますでしょう? 確かプロジェクションマッピングとか仮想現実とか。そんなものだと思ってくだされば。一応あのあたりにあるはずです」

 夜空の一角を指差すと、小さなカエルは少し照れた様子で言った。

「最後にハグしても? あなた方の星の挨拶、なんだか懐かしくて」
「もちろん――」

 照れ隠しにさも慣れた風を装って屈むと、僕は小さなカエルをぎゅっと抱きしめた。
 カエルもぎゅっと抱きしめ返したかと思うと何やら手の甲に滴が落ちてきて、何事かと見ればなんとカエルの小さな瞳からぽたぽたと涙が溢れている。

「え、どうしたの?! ゴメン痛かった?」
「いえ、そんなことは――どうしたんでしょう、何でこんな……はぁ、感傷に浸りすぎましたかね」
「ははは、もう昔話なんかするから~。感極まっちゃった?」
「いや、もう本当に情けない限りで……あなたの瞳を見ていたら、なんだかあの少年の面影がよぎってしまって」

 涙を拭い続ける小さなカエルの小さな手に、青い蝶がフワッと舞い降りた。

「もう泣かないでって、青い蝶も言ってるよ」
「もう、なんでこんな、はぁ……。今宵バラを貰ったのがあなたじゃなければよかったのに。あぁ、そうだ」

 小さなカエルは無理やり涙を押し込むと、明るい瞳で僕を見つめた。

「あなた方の星に古くから伝わる言い伝え。蝶は誰かの想いを乗せて飛ぶって」

 そう言ってカエルは小さな手で青い蝶を僕に差し出すと紳士のように跪いた。

「私からあなたへ、愛をこめて」
「ちょっと急にどうしたの?」
「私はいつも真剣ですよ」
「いや、そうは言っても」
「愛は信頼と申しましょう? 私の嘘偽りのないまごころを、受け取って、ください」
「本当に押しが強いなぁ」
「押しの強さにかけては自信があります」

 僕は少し照れ隠しに笑いながら青い蝶を受けとると、もう一度屈んで小さなカエルをそっと抱きしめた。

「ありがとう。えーと……君に会えて良かった」
「はい、はい、わたくしも。あなたにお会いできて本当に、本当に……嬉しいんですから」

 そう言って僕の瞳を見つめると、小さなカエルはまた泣き出してしまった。嗚咽をこらえるように上下する小さい肩がなんだかとても愛おしく思えて、僕はしばらく噴水脇のベンチで小さなカエルの小さな肩をさすり続けた。
 
「本当にもう大丈夫?」
「えぇ、本当にご心配おかけして……」

 小さなカエルは軽く会釈をすると別れの言葉の代わりに言った。

「それでは素敵な夢を」

「君もね」と言った僕の声が小さなカエルの後ろ姿に届いたかどうかはわからなかった。
 けれどやっぱり心配で、少ししてからもう一度こっそりみやると、小さなカエルは時々天を見上げては近寄ってきた青い蝶と戯れていた。
 僕の視線に気づいたのかふいにこちらを振り向くと、どこか寂しげに手を振った。
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