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第四章

It’s Raining Cats and Cats

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「へぇ、じゃあ演出する側だったこともあるんだ」
「見習いの見習いもいいとこですけどね。この劇場では一人の役者につき一人の演出家がつく決まりなんです。天井桟敷……この劇場の最上階にある観客席を我々は敬意を込めて〝天国〟と呼んでるんですけど、まぁ、天国とは言っても……ふふ。役者側から見えないのをいいことに、皆さん声援を送ったり野次を飛ばしたりそれはもう賑やかなもんです」

 中庭への道すがら、薄暗い地下通路もお構い無しに夢中でしゃべり続けるカエルはなんだか小さな子どものようで、急に人懐っこく感じられた。
 ときおり小さなカエルの影絵が星空に向かって陽気に跳ねたような気がしたのはきっと気のせいじゃないだろう。

「その天国の一番前の席に座って演出家は常に役者を見守りあの手この手で演出するんです。ただこの劇場が他と違うのは物語の主役はあくまで役者であるということ。監督でも演出家でもないということで。これが一番難しいんですけどね……」

 カエルの影絵がどことなく心当たりありそうな感じで俯いたような気がした。

「一応筋書きもあるにはありますけれど、それは演出家が承知していればいいだけのことで。物語がどう転ぶかは役者の心意気次第。演出家はあくまで役者の意志と選択を尊重して陰ながら応援し支えるものだと。でもこれが本当に難しくて……私のような見習いなんてすぐでしゃばってしまうんですから」

 小さなカエルの影絵がますます小さくなったような気がした。

「いつだったかもう加減もわからずやり過ぎてしまって。先輩に叱られてしまいました。『お前はpityがまるでわかっとらーん!』って。それで今回は役者側にまわることになったんですけど……」
「えーと……何かトラブルでもあったの?」

 ピティが何かはよく知らないけれどとりあえずスルーして、前を歩くカエルの影絵に話の続きを催促した。

「以前女の子を担当していたときに猫を沢山降らし過ぎてしまって」

 猫を降らすとは、一体どうしたことだろう。

「えーと……猫を降らしたの?」
「はい猫を。その女の子、もう顔も名前もよく思い出せませんけれどね、ある時その女の子が失恋してしまって。初恋だったものですから、ものすごく落ち込んでしまったんですね。それであるとき大雨の降るなか一晩中ですよ? 庭に立ち続けてたら風邪でも引いて死ねるだろうかと」
「なんということでしょう……」
「ほんとにね、こちとら舞台に立った時から見守ってきたんですからそんなぽっと出の男の子ごときで死んでほしくなんか……おっと失礼」

 カエルの影絵はうっかりしちゃったとでも言うように跳び跳ねた。

「それでなんとかやめさせようと思って雷を鳴らしたり風を強くしたり。それでも一向に気づいてくれないんですから。もういてもたってもいられなくてつい……」
「……つい?」
「彼女の大好きだった猫そっくりの柄の猫を大量に降らせたらさすがに気づいてくれるかと。あ、ケガしたりしたら可哀相なのでちゃんと下にフカフカの芝生も用意しましたよ」

 それはなんというか……いろいろやってしまったなと思った。

「先輩から借りた本に書いてあったんです。フット・イン・ザ・ドアでしたっけ? あと女性は押しに弱いとも。だから押し強めで猫をどしゃ降りにしました。そしたら――」
「そしたら?」
「心のドア開くどころか近くの納屋に閉じこもって扉にかんぬきまでかけられちゃいました。ははは」

 笑えない。というか何の本を借りたんだろう。何かがいろいろズレていると思ったけれど、どこか憎めないカエルの影絵は気にもかけずピョコピョコと跳ねていた。

「おかげで仲間うちでは〝猫降らせた奴〟だと有名になってしまいました。まぁ笑い話ですむならいくらでも笑ってくださればいいんですけどね。なかには本当にどうしようもない話もあって。情けない限りです。はぁ、あの少年はいまどこでどうしているでしょう。私、あの少年本当に好きだったな」

 小さなカエルの影絵は何やら急におとなしくなったかと思うと、天井で夜空の星のように煌めく白いタイルを眺めた。
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