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第四章

Deja vu

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「もし、そこのお方」

 広場の中央で円形の建物を見上げていると突然声をかけられた。
 石造りの円柱にちょこんと乗った緑色のドームはどことなく丸天井の小部屋を思わせて、中央には天に向かって聳えるように尖塔が一つ。

「こっちです、こっち」

 姿が見えずにキョロキョロしていると、建物の右手の入口らしきところから小さなカエルが身を乗り出して言った。

「今夜はもう正門は閉じてしまったんです。もしよろしければこちらからどうですか」
「え、いいんですか?」
「いいもなにも――」

 小さなカエルは愉快そうに答えた。

「今宵は特別な夜ですよ。皆もあの天井桟敷に集まってます。さ、どうぞ遠慮なさらずに」

 芝居小屋という言葉からてっきりこぢんまりした場所を想像していたけれど、石造りの歴史を感じさせる建物は移動遊園地というよりはどこかの街の図書館のようだった。

「ここだけの話、こう毎日特別な夜ばかりでは特別もなにもありゃしません」

 小さなカエルはひそひそ声で打ち明けた。

 建物の中は思いのほかひっそりしていた。大理石を思わす大きな柱が何本も、丸天井に向かって伸びていた。

「あの扉の先に、中庭へ真っ直ぐに伸びる地下通路があります――」

 カエルは奥のガラスの扉を指差した。
 
「あぁ、中庭はこの劇場の売りなんです。私あの場所が本当に好きで。ひらひらと舞う青い蝶なんかいつまででも見ていられます……あ、失礼」

 小さなカエルは蝶ネクタイを締め直すと役者のように台詞を続けた。

「少し薄暗いかもしれませんが、足元はライトアップしてありますから迷わず行けるはずです。光を頼りにお進みください。全面に敷き詰められた白いタイルに淡い光が波のように煌めいて、とても美しいんですから。地上に出るのが寂しいくらいですよ」

 するとどこからか鐘の音が鳴り響いて、小さなカエルは天を見上げた。

「おや、もう私の役目はこれで終わりのようです」

 カエルは手元の書類をトントンと揃えると、蝶ネクタイを外しながら言った。

「せっかくですから、中庭までご案内いたしましょう」

 前を行く小さなカエルの影をじっと見つめながら、僕はどうしても聞かずにいられなかった。

「あの、まえにどこかでお会いしませんでしたか?」

「わたくしと……? そうですねぇ、お会いしたかもしれませんし、そうでないかもしれません。何しろここでは何もかもが曖昧で……元々忘れ易いのに、困ったもんです。でも不思議ですよね。出会った人の顔も名前も今となってはよく思い出せないのに、物語だけはずっと覚えてられるんですから。少しだけ寂しいですけれどね。私たちは今この瞬間新たに出会った、ということでどうですか。せっかくですから、中庭への道すがら私の昔話でも聞いてくださいませんか。旅は道連れと申しますでしょう?」

 緩やかなアーチを描く天井に白いタイルがときおり煌めいて、どこまでも続く地下通路を照らす淡い光は夜空で囁く星のようにも思われた。
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