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第二章
面影を映すのは役者
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階下には磁器や銀食器を擦ったような小さい鐘をおもわす音色が絶え間なく響いていた。
照明の落ちたカフェは静まりかえり、短い廊下の中ほどに、中庭へつうじるキッチンの入り口からオレンジの光が差し込んでいた。
ときおり光を遮る大きな影が、短い廊下に現れた影絵の世界をせわしなく行ったり来たりしていた。マスターと奥さんがせわしなく夕食の準備をする姿が目に浮かんだ。
きっと手伝いを申し出たところでまた断られてしまうだろうし……。
僕はお言葉に甘えて家の中を少し見てまわることにした。
ペーパー・ムーン・カフェは一見普通の一軒家に見えるのだけれど、よく見れば中庭を挟むようにカフェと母屋が並ぶように建っていて、短い廊下で二つの建物が繋がっていた。
カフェにもキッチンはあるけれど、中庭のすぐ隣にもう一つ母屋のキッチンがあり、なぜかいつも扉を開けっぱなしの入り口は短い廊下に面していた。たいていマスターと奥さんは仕事以外のときはこちらで過ごしているらしく、今夜もあとで中庭横のキッチンに集合ということだった。
影ぼうしが影絵の世界をよこぎって、オレンジの光が短い廊下に揺らめいた。
僕は階段から真っ直ぐ伸びる長いほうの廊下を進んだ。カタカタと響く賑やかな気配がうしろに遠ざかると、長い廊下の前方には母屋の玄関が見えた。
見上げた天井は高く、まるで教会のバラ窓を思わせるステンドグラスの欄間から、鮮やかな五彩の光が差し込んでいた。
足元にはクリーム色のつやつやしたタイルが敷き詰められ、四方に散らばる五彩の光を映した玄関ホールは広々として明るかった。
動くものは何もないのに、静まり返った物言わぬ世界では、一つ一つのものがまるで役者のように、存在感を増しているような気さえした。――
玄関脇の広い応接間に入ると、僕はその広さと豪華さに圧倒された。入り口正面には大きな暖炉があり、その脇に大きなクリスマスツリーが飾ってあった。
中央にはまるでホテルのロビーにありそうな豪華で品のあるクリーム色のソファーセットが一式、きちんと並んでいた。
光沢のあるローテーブルは四隅に金色の繊細な葉の模様があった。金色の縁取りや猫足の曲線は優雅さを醸し出し、この部屋の雰囲気を応接間らしく引き締めていた。
二階の洗面所にも同じような模様があった気がするけれど、誰の趣味だろう? なんとなくマスターには似合わない気がした。
母屋の応接間はカフェとはガラッと雰囲気が違い、居心地の良さやくつろぎなんてものはどこかへすっ飛んでしまっていた。きちんとした空気に囲まれているうちに、僕は知らず知らず、まるで恭しくもてなされたお客さんのような気分になっていた。なんだか落ち着かない。マスター、まだ支度終わらないのかな……。
手持ち無沙汰に部屋の右手にある一角に向かうと、まるで骨董品店にあるような重厚な雰囲気の木製の机が壁際に接するように置いてあった。
卓上にはガラス製の万年筆にペン立て、インク壺、ミツロウで手作りしたと思われる使いかけのロウソク、貝殻の形をしたガラス製のペーパーウェイト、年季の入った古い地図のような小さい地球儀。
どれ一つとして同じものはないのに、小さな卓上の世界は不思議と調和していた。ひとつひとつがそれぞれに存在感を放ち、小さな舞台の上には物語の世界のような神秘的な世界が広がっていた。
ふと、机の上のコルクボードに目がとまった。
照明の落ちたカフェは静まりかえり、短い廊下の中ほどに、中庭へつうじるキッチンの入り口からオレンジの光が差し込んでいた。
ときおり光を遮る大きな影が、短い廊下に現れた影絵の世界をせわしなく行ったり来たりしていた。マスターと奥さんがせわしなく夕食の準備をする姿が目に浮かんだ。
きっと手伝いを申し出たところでまた断られてしまうだろうし……。
僕はお言葉に甘えて家の中を少し見てまわることにした。
ペーパー・ムーン・カフェは一見普通の一軒家に見えるのだけれど、よく見れば中庭を挟むようにカフェと母屋が並ぶように建っていて、短い廊下で二つの建物が繋がっていた。
カフェにもキッチンはあるけれど、中庭のすぐ隣にもう一つ母屋のキッチンがあり、なぜかいつも扉を開けっぱなしの入り口は短い廊下に面していた。たいていマスターと奥さんは仕事以外のときはこちらで過ごしているらしく、今夜もあとで中庭横のキッチンに集合ということだった。
影ぼうしが影絵の世界をよこぎって、オレンジの光が短い廊下に揺らめいた。
僕は階段から真っ直ぐ伸びる長いほうの廊下を進んだ。カタカタと響く賑やかな気配がうしろに遠ざかると、長い廊下の前方には母屋の玄関が見えた。
見上げた天井は高く、まるで教会のバラ窓を思わせるステンドグラスの欄間から、鮮やかな五彩の光が差し込んでいた。
足元にはクリーム色のつやつやしたタイルが敷き詰められ、四方に散らばる五彩の光を映した玄関ホールは広々として明るかった。
動くものは何もないのに、静まり返った物言わぬ世界では、一つ一つのものがまるで役者のように、存在感を増しているような気さえした。――
玄関脇の広い応接間に入ると、僕はその広さと豪華さに圧倒された。入り口正面には大きな暖炉があり、その脇に大きなクリスマスツリーが飾ってあった。
中央にはまるでホテルのロビーにありそうな豪華で品のあるクリーム色のソファーセットが一式、きちんと並んでいた。
光沢のあるローテーブルは四隅に金色の繊細な葉の模様があった。金色の縁取りや猫足の曲線は優雅さを醸し出し、この部屋の雰囲気を応接間らしく引き締めていた。
二階の洗面所にも同じような模様があった気がするけれど、誰の趣味だろう? なんとなくマスターには似合わない気がした。
母屋の応接間はカフェとはガラッと雰囲気が違い、居心地の良さやくつろぎなんてものはどこかへすっ飛んでしまっていた。きちんとした空気に囲まれているうちに、僕は知らず知らず、まるで恭しくもてなされたお客さんのような気分になっていた。なんだか落ち着かない。マスター、まだ支度終わらないのかな……。
手持ち無沙汰に部屋の右手にある一角に向かうと、まるで骨董品店にあるような重厚な雰囲気の木製の机が壁際に接するように置いてあった。
卓上にはガラス製の万年筆にペン立て、インク壺、ミツロウで手作りしたと思われる使いかけのロウソク、貝殻の形をしたガラス製のペーパーウェイト、年季の入った古い地図のような小さい地球儀。
どれ一つとして同じものはないのに、小さな卓上の世界は不思議と調和していた。ひとつひとつがそれぞれに存在感を放ち、小さな舞台の上には物語の世界のような神秘的な世界が広がっていた。
ふと、机の上のコルクボードに目がとまった。
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