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第二章
まやかしの魔法
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気づけば僕たちは人通りもまばらな街のはずれの裏通りまで来ていた。
細い曲がりくねった小道を下ると、目の前には街の中ほどまで続く川が流れていた。街の喧騒やきらめきはいつしか微かな囁きとなって、川沿いをそよぐ冬の透き通った風に乗ってどこかへ姿を消したようだった。
川には二羽、オレンジ色の嘴をした白鳥たちが寒さも感じさせず賑やかに泳いでいた。
そんなに大きな街でもないけれど、ルークはこのあと学校の課題を終わらせる為に街の図書館へ行くと言っていたので、僕たちは街の中ほどまで川沿いを通って引き返すことにした。
「学校の課題結構かかりそう?」
「ううん、すぐ終わるんだけど、古い文献をちょっと引用しないといけなくて。どの資料か見当はついてるからすぐ片付くよ」
ルークは学校で魔法の成り立ちと魔法の現代科学とかいう小難しい課題に取り組んでいるらしい。なんだか僕にはさっぱりわからない世界だった。それでも、ルークの真っ直ぐな琥珀の瞳を見ながら聞いていたらなんだか僕にまでその探究心がうつってしまって、僕は知らず知らず歩きながらルークの話に真剣に耳を傾けていた。
「星時計はある意味世界を二つに別ける魔法なんだ」
ルークは軽く握ったこぶしで顎をトンと叩きながら考え込むように歩き続けた。
「星時計の中に世界の光を閉じ込める一方で、まわりの闇はいっそう濃くなる」
僕は話の内容よりも、ルークが星時計の存在をあたりまえのように話しているということに、なんだか嬉しくなってしまった。星時計の話はよほど宇宙好きの人たちぐらいしかしないし、なにしろ僕が星時計の話を最後に聞いたのはマヌーと風の吹く丘で過ごしたとき以来だったから。
「ルークは星時計って本当にあると思う?」
「それはもちろん。まあ正確には、幻の星時計のお話を元に誰かが造ったつくりものの星時計ってことだけど」
「つくりもの……?」
「そう、つくりものの魔法。世界を二つに別ける魔法、光と闇を別ける魔法。キミはそんなまやかしの魔法を信じるかい? そんなまやかしの魔法に頼った世界を、信じられるかい? きっと世界はこれからもっと明確に光と闇に別れて行くよ。そしていずれ、世界は完全に二つに別けられる」
ルークの疑いのないハッキリした口調になんだか少し怖い気さえしてきた。僕にはルークが具体的に何をさして言っているのかよくわからなかったけれど、僕にとってその怖さとは、どこか現実離れした遠い物語の中の世界のちょっと怖いお話のようなものだった。
僕は話の内容ではなくむしろそのお話を語るルークの話しぶりに少し怖くなって、考えるふりをしながらただ何も言わずに黙々と歩きつづけた。ひと息に歩きつづけたので思わず息が上がって不意に足どりが少し鈍った。すると僕を追いかけるように歩いていたルークが急におどけたように言った。
「冗談だよ」
ルークの声に振り向くと彼は笑っていたけれど、琥珀の瞳の奥には初めて彼と会ったときのようなあのなんとも言えない陰りが、サッと走ったような気がした。
「難しい話はわからないけど……」
僕は息が整うのを待ってから、さもいまこの世界について一人前に考えていたんだぞと言わんばかりにハッキリした口調で自分の意見を述べた。
「まやかしの魔法に頼っては、いけないと思う」
ルークは少し目を見開いたかと思うと、今度は何か懐かしむような微笑みかけるような不思議な顔をしていた。夜空を思わす琥珀の瞳が静かに僕を見つめていた。
「うん……ぼくもそう思う。それに……まやかしの魔法だって、いつかほんとうの魔法になるかもしれない」
話に夢中になるうちに、僕たちはもう街の中ほどまで戻って来ていた。あのきらめきも賑わいも相変わらずそこにあった。川にはこの街ではあまり見かけない赤い嘴の黒鳥が、川の流れに逆らうように一羽で静かに泳いでいた。――
僕たちは街の図書館前の広場で別れた。この街の図書館はやはり石造りで、円形の歴史を感じさせる建物は遠目から見ても雰囲気抜群だった。
ふと見上げると、薄曇りだった空は傾き始めた太陽の少し赤みがかった光を受けて薄いヴェールのように輝いていた。図書館の尖塔が突き出すように空に伸びて、尖塔越しに見た空にはまるでヴェールのむこうの太陽を優しく見守るように、互い違いになった二重のまるい虹がうっすらと彩っていた。
ルークと別れたあと、僕はまた行きつけのカフェに向かった。あれからマスターとよく話すようになって、その日も僕はカウンター席に腰掛けた。――
細い曲がりくねった小道を下ると、目の前には街の中ほどまで続く川が流れていた。街の喧騒やきらめきはいつしか微かな囁きとなって、川沿いをそよぐ冬の透き通った風に乗ってどこかへ姿を消したようだった。
川には二羽、オレンジ色の嘴をした白鳥たちが寒さも感じさせず賑やかに泳いでいた。
そんなに大きな街でもないけれど、ルークはこのあと学校の課題を終わらせる為に街の図書館へ行くと言っていたので、僕たちは街の中ほどまで川沿いを通って引き返すことにした。
「学校の課題結構かかりそう?」
「ううん、すぐ終わるんだけど、古い文献をちょっと引用しないといけなくて。どの資料か見当はついてるからすぐ片付くよ」
ルークは学校で魔法の成り立ちと魔法の現代科学とかいう小難しい課題に取り組んでいるらしい。なんだか僕にはさっぱりわからない世界だった。それでも、ルークの真っ直ぐな琥珀の瞳を見ながら聞いていたらなんだか僕にまでその探究心がうつってしまって、僕は知らず知らず歩きながらルークの話に真剣に耳を傾けていた。
「星時計はある意味世界を二つに別ける魔法なんだ」
ルークは軽く握ったこぶしで顎をトンと叩きながら考え込むように歩き続けた。
「星時計の中に世界の光を閉じ込める一方で、まわりの闇はいっそう濃くなる」
僕は話の内容よりも、ルークが星時計の存在をあたりまえのように話しているということに、なんだか嬉しくなってしまった。星時計の話はよほど宇宙好きの人たちぐらいしかしないし、なにしろ僕が星時計の話を最後に聞いたのはマヌーと風の吹く丘で過ごしたとき以来だったから。
「ルークは星時計って本当にあると思う?」
「それはもちろん。まあ正確には、幻の星時計のお話を元に誰かが造ったつくりものの星時計ってことだけど」
「つくりもの……?」
「そう、つくりものの魔法。世界を二つに別ける魔法、光と闇を別ける魔法。キミはそんなまやかしの魔法を信じるかい? そんなまやかしの魔法に頼った世界を、信じられるかい? きっと世界はこれからもっと明確に光と闇に別れて行くよ。そしていずれ、世界は完全に二つに別けられる」
ルークの疑いのないハッキリした口調になんだか少し怖い気さえしてきた。僕にはルークが具体的に何をさして言っているのかよくわからなかったけれど、僕にとってその怖さとは、どこか現実離れした遠い物語の中の世界のちょっと怖いお話のようなものだった。
僕は話の内容ではなくむしろそのお話を語るルークの話しぶりに少し怖くなって、考えるふりをしながらただ何も言わずに黙々と歩きつづけた。ひと息に歩きつづけたので思わず息が上がって不意に足どりが少し鈍った。すると僕を追いかけるように歩いていたルークが急におどけたように言った。
「冗談だよ」
ルークの声に振り向くと彼は笑っていたけれど、琥珀の瞳の奥には初めて彼と会ったときのようなあのなんとも言えない陰りが、サッと走ったような気がした。
「難しい話はわからないけど……」
僕は息が整うのを待ってから、さもいまこの世界について一人前に考えていたんだぞと言わんばかりにハッキリした口調で自分の意見を述べた。
「まやかしの魔法に頼っては、いけないと思う」
ルークは少し目を見開いたかと思うと、今度は何か懐かしむような微笑みかけるような不思議な顔をしていた。夜空を思わす琥珀の瞳が静かに僕を見つめていた。
「うん……ぼくもそう思う。それに……まやかしの魔法だって、いつかほんとうの魔法になるかもしれない」
話に夢中になるうちに、僕たちはもう街の中ほどまで戻って来ていた。あのきらめきも賑わいも相変わらずそこにあった。川にはこの街ではあまり見かけない赤い嘴の黒鳥が、川の流れに逆らうように一羽で静かに泳いでいた。――
僕たちは街の図書館前の広場で別れた。この街の図書館はやはり石造りで、円形の歴史を感じさせる建物は遠目から見ても雰囲気抜群だった。
ふと見上げると、薄曇りだった空は傾き始めた太陽の少し赤みがかった光を受けて薄いヴェールのように輝いていた。図書館の尖塔が突き出すように空に伸びて、尖塔越しに見た空にはまるでヴェールのむこうの太陽を優しく見守るように、互い違いになった二重のまるい虹がうっすらと彩っていた。
ルークと別れたあと、僕はまた行きつけのカフェに向かった。あれからマスターとよく話すようになって、その日も僕はカウンター席に腰掛けた。――
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