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15.国王の間
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ウィリアムがグリーンスリーブスから帰ってきた翌日、屋敷に訃報が届いた。
「陛下がお亡くなりになりました」
秘書のオリヴァーにそう伝えられても、特に大きな喪失感は無い。
陛下が病に臥してから一年以上が経つ。
私は子供の頃から別邸で育てられ、陛下とまともに話をした記憶はない。
父親というよりも、偉大な国王だった。
「わかった。城に向かう」
私は喪服に着替え、馬車に乗り込んだ。
馬車の外で馬に乗っているウィリアムは、いつもと変わらない無表情だ。
昨日はウィリアムの解雇を反故にしてしまったが、ちゃんと考えた方がいいだろう。
ウィリアムは剣の腕もいい。これからザゴラが来るに当たって、私なんかに張り付いているよりも、多くの市民を守った方がどれだけ有意義かしれない。
これから国王の葬儀と、新国王の就任式で城は慌ただしくなる。
騎士団も、ザゴラへの対策で動き出しているはずだ。
新しい専任騎士をこちらに回してもらうのは少し厳しいかもしれない。
しばらくは、警備兵の一人でも連れて歩くか……
国王が眠る部屋に入ると、兄がただじっと椅子に腰掛け、亡骸を見つめていた。
その斜め後ろに立ち、黙祷を行う。
兄にとっては大切な父親である。そして兄の肩にはこれから、王という重責がのしかかる。
何か声をかけたいが、言葉が出てこない。
部屋を去ろうとそっと扉に向かうと、背後から兄に声をかけられた。
「私が王になったら、もうお前の自由にはさせない」
兄の押し殺した声色が、私の胸をえぐる。
元よりそのつもりだった。
貴族の勢力争いに担ぎ上げられている事に気がついた時から、兄が絶対権力を握るまでは、と思っていた。
しかし、積み重なった兄上の感情が、この先和らぐことなどあるのだろうか。優しかった兄の笑顔など、もう幼い頃の薄れゆく幻の中にしか存在しない。
「わかっております」
振り返って兄の背中に返事をするも、その人がこちらを振り返ることはなかった。
※
一週間後に行われた国王の葬儀は、王都中が喪に服し、至る所に黒い布が掲げられた。
王城での葬儀を終え、ぐったりとして屋敷に戻ると、恐れていたものが届いていた。
鳩に括り付けられて届けられたであろう細長く折り畳まれた紙を開けると、短い一文が書かれている。
『九日、出立する。O. G.』
オレウス・ギレム。
本当にこの手紙が来るのか半信半疑だったが、今手の中に確かに存在してしまっている。
想像よりも早かったとも言えるし、最低限の準備をする時間が有ったので良かったとも言える。
国王の交代という嫌でも混乱する時期を突いてくる判断には、まったく血も涙もない。
九日ということは、明後日。
国境に到達するのは歩兵に合わせるならば出軍から七日目辺りか? オレウスならもっと縮めてくるかもしれない。
兄上にお伝えしなくては……
私は重い体に喝を入れて立ち上がった。
夜の闇の中、城の秘密通路を抜け兄上にオレウス大臣からの手紙を報告すると、流石のこのタイミングに、兄上も苦い顔をした。
最悪、就任式と被るかもしれない。
就任式は最小限の規模で迅速に行うと、兄上は言っていた。
戦が始まるというならば、正式な王の所在は確固とした指揮命令系統のためにも大切だ。
兄の時代の厳しい始まりに、できる限りのことをしようと、改めて気を引き締めた。
秘密通路から戻ってくると、ウィリアムが王城内の暗がりに心配そうな表情で待っていた。
「ザゴラが出軍する。お前は明日から騎士団に戻れ」
ウィリアムの顔が一瞬にして強張り、視線が強く突き刺さる。
「……嫌です。アシェル殿下をお守りする任をお与えください」
ウィリアムはそう言うのではないかと思っていたが、これはもう決めていたことだ。
「国を守ることが、私を守ることだ。お前の腕を最も活かせる場所で振え」
「では、誰が殿下をお守りするのですか?」
従順なウィリアムにしては珍しく、食ってかかってくる。
「警備の者を側に置く。それに、私はこれから国外に逃亡した体をとって、安全な場所に身を隠す」
オレウス大臣には、私が国外に逃亡する時間を稼ぐために、進軍の時期を教えてくれと依頼した。
どこまでこちらの言い分を信じているかは別として、引き換えに渡した王城の偽の地図を少しでも信用してもらうためには、私が留まっていると知られたくない。
「王都から離れられるのですか?」
ウィリアムがいつになくしつこい。
「いや、ここにいる」
「……わかりました」
やっとウィリアムが引き下がった。
これから、あの大軍を迎え撃つのだと思うと、リヴァディアがどれだけの痛みを被るのか想像もつかない。
ウィリアムの実力ならば、最も厳しい前線に配置されるだろうか。
私の判断は、こいつを死地に送り込むことになるのだろうか。
死なないでほしい。
こいつの実力ならば、普通の兵士に遅れをとることはないだろうが、多勢に無勢ということもある。
「死んではならない。リヴァディアが落ちそうな時は、逃げよ」
そう伝えたが、じっとこちらを見つめるウィリアムは返事をしなかった。
「陛下がお亡くなりになりました」
秘書のオリヴァーにそう伝えられても、特に大きな喪失感は無い。
陛下が病に臥してから一年以上が経つ。
私は子供の頃から別邸で育てられ、陛下とまともに話をした記憶はない。
父親というよりも、偉大な国王だった。
「わかった。城に向かう」
私は喪服に着替え、馬車に乗り込んだ。
馬車の外で馬に乗っているウィリアムは、いつもと変わらない無表情だ。
昨日はウィリアムの解雇を反故にしてしまったが、ちゃんと考えた方がいいだろう。
ウィリアムは剣の腕もいい。これからザゴラが来るに当たって、私なんかに張り付いているよりも、多くの市民を守った方がどれだけ有意義かしれない。
これから国王の葬儀と、新国王の就任式で城は慌ただしくなる。
騎士団も、ザゴラへの対策で動き出しているはずだ。
新しい専任騎士をこちらに回してもらうのは少し厳しいかもしれない。
しばらくは、警備兵の一人でも連れて歩くか……
国王が眠る部屋に入ると、兄がただじっと椅子に腰掛け、亡骸を見つめていた。
その斜め後ろに立ち、黙祷を行う。
兄にとっては大切な父親である。そして兄の肩にはこれから、王という重責がのしかかる。
何か声をかけたいが、言葉が出てこない。
部屋を去ろうとそっと扉に向かうと、背後から兄に声をかけられた。
「私が王になったら、もうお前の自由にはさせない」
兄の押し殺した声色が、私の胸をえぐる。
元よりそのつもりだった。
貴族の勢力争いに担ぎ上げられている事に気がついた時から、兄が絶対権力を握るまでは、と思っていた。
しかし、積み重なった兄上の感情が、この先和らぐことなどあるのだろうか。優しかった兄の笑顔など、もう幼い頃の薄れゆく幻の中にしか存在しない。
「わかっております」
振り返って兄の背中に返事をするも、その人がこちらを振り返ることはなかった。
※
一週間後に行われた国王の葬儀は、王都中が喪に服し、至る所に黒い布が掲げられた。
王城での葬儀を終え、ぐったりとして屋敷に戻ると、恐れていたものが届いていた。
鳩に括り付けられて届けられたであろう細長く折り畳まれた紙を開けると、短い一文が書かれている。
『九日、出立する。O. G.』
オレウス・ギレム。
本当にこの手紙が来るのか半信半疑だったが、今手の中に確かに存在してしまっている。
想像よりも早かったとも言えるし、最低限の準備をする時間が有ったので良かったとも言える。
国王の交代という嫌でも混乱する時期を突いてくる判断には、まったく血も涙もない。
九日ということは、明後日。
国境に到達するのは歩兵に合わせるならば出軍から七日目辺りか? オレウスならもっと縮めてくるかもしれない。
兄上にお伝えしなくては……
私は重い体に喝を入れて立ち上がった。
夜の闇の中、城の秘密通路を抜け兄上にオレウス大臣からの手紙を報告すると、流石のこのタイミングに、兄上も苦い顔をした。
最悪、就任式と被るかもしれない。
就任式は最小限の規模で迅速に行うと、兄上は言っていた。
戦が始まるというならば、正式な王の所在は確固とした指揮命令系統のためにも大切だ。
兄の時代の厳しい始まりに、できる限りのことをしようと、改めて気を引き締めた。
秘密通路から戻ってくると、ウィリアムが王城内の暗がりに心配そうな表情で待っていた。
「ザゴラが出軍する。お前は明日から騎士団に戻れ」
ウィリアムの顔が一瞬にして強張り、視線が強く突き刺さる。
「……嫌です。アシェル殿下をお守りする任をお与えください」
ウィリアムはそう言うのではないかと思っていたが、これはもう決めていたことだ。
「国を守ることが、私を守ることだ。お前の腕を最も活かせる場所で振え」
「では、誰が殿下をお守りするのですか?」
従順なウィリアムにしては珍しく、食ってかかってくる。
「警備の者を側に置く。それに、私はこれから国外に逃亡した体をとって、安全な場所に身を隠す」
オレウス大臣には、私が国外に逃亡する時間を稼ぐために、進軍の時期を教えてくれと依頼した。
どこまでこちらの言い分を信じているかは別として、引き換えに渡した王城の偽の地図を少しでも信用してもらうためには、私が留まっていると知られたくない。
「王都から離れられるのですか?」
ウィリアムがいつになくしつこい。
「いや、ここにいる」
「……わかりました」
やっとウィリアムが引き下がった。
これから、あの大軍を迎え撃つのだと思うと、リヴァディアがどれだけの痛みを被るのか想像もつかない。
ウィリアムの実力ならば、最も厳しい前線に配置されるだろうか。
私の判断は、こいつを死地に送り込むことになるのだろうか。
死なないでほしい。
こいつの実力ならば、普通の兵士に遅れをとることはないだろうが、多勢に無勢ということもある。
「死んではならない。リヴァディアが落ちそうな時は、逃げよ」
そう伝えたが、じっとこちらを見つめるウィリアムは返事をしなかった。
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