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1.朝の教会
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黒髪の騎士ウィリアムは、静かな朝の教会で跪き、その人が現れるのを待っていた。
前に誰かが立ち、硬質な物体が肩に置かれる。
「ウィリアム・グレク。おまえを、私アシェル・リヴァディアの騎士として任命する」
頭上から響いたのは、微妙なビブラートを含むアルトボイスだった。
ゆっくりと首を上げ、見上げた新しい主人の姿に息を呑む。
――噂通り、眩いばかりの美男だな。
赤い絨毯が敷かれた一つ上の壇上に立つ第二皇子は、作り物めいた表情で剣先を俺の肩に置いている。
彼の緩く波打つブロンドヘアは背にしたステンドグラスの光に煌めき、青い瞳は湖の深淵を覗き込むかのようだ。
「命を賭してアシェル殿下をお守りいたします」
騎士たるもの、どんな主人であれ命掛けで守り抜くのが仕事だ。
たとえそれが、見た目だけが取り柄の能無し皇子の護衛であっても、そつなくこなしてみせる。
「しかと務めよ」
俺は皇子が水平に差し出した剣を、ただ恭しく受け取った。
※
任命式の後そのまま向かったアシェル皇子の住居は、美しい庭園に面する、すっきりとした白亜の二階建ての屋敷だった。派手に享楽にふけっているという割には、意外なほど落ち着いた佇まいだ。
案内されて向かった二階の執務室では、窓際の机に真面目そうな男が座っていた。
一歩机に向かって進み、礼をとる。
「新しく騎士の任を承りました、ウィリアム・グレクです」
男が立ち上がり、こちらを値踏みするような視線を投げかけてきた。
「秘書のオリヴァー・ホーキングです」
秘書と名乗った男は、グレーの長髪をきっちりと後ろに束ね、眼鏡から覗かせるフォレストグリーンの瞳は理知的な印象だ。
秘書は、手元の書類にチラと目を落とした。
「ウィリアム・グレク元少尉。剣技は騎士団でも一、二を争う腕前。引退されたお父上も騎士団相談役として未だご活躍」
この任務を任された理由が淡々と読み上げられる。
「……幼い頃からの婚約者エミリー・ブロア嬢を非常に大切にしており、品行方正。むしろストイックに鍛錬に勤しむ性格」
当然調査済みではあろうが、プライベートな事を読み上げられるのはあまり気分の良いものではない。
「念のためお伺いしますが、男色の嗜好などお持ちではないですよね?」
「は?」
思いもよらぬ質問に失礼な返答をしてしまう。
「前任の騎士は、三ヶ月も持たずアシェル殿下に懸想し、解任されました」
そうだったのか。
確かに、殿下は男も女も虜にすると聞くが、仕える主人に劣情を抱くなど、前任者は随分と意志の弱い男だったのだな。
「そのようなご心配には及びません」
はっきりと言い切れる。
そもそもあまり、色恋には興味がない。騎士団にいた時も、同僚が次から次へ女性の話に現を抜かすのが不思議だった。まして、いくら美しかろうと殿下は男性だ。
美しい皇子の身持ちが心配なら、この仕事に俺はうってつけだろう。
「頼もしいですね」
秘書は口の片端をわずかに上げ、束ねた書類を持ってこちらに歩いてきた。
「ここでの規則を記しています。しっかりと頭に叩き込んでください」
細かい字がみっしりと書き込まれた二十枚はありそうな書類を受け取る。
「くれぐれも、殿下の人柄や私生活を、外部に漏らすことのないようにお願いします」
「承知いたしました」
そんな当たり前のことをあえて注意するというのは、噂以上に殿下の私生活は酷いものなのだろうか。
「早速今晩から、殿下の外出の警護をお願いします」
そう言った秘書の顔は、若干物憂げに見えた。
前に誰かが立ち、硬質な物体が肩に置かれる。
「ウィリアム・グレク。おまえを、私アシェル・リヴァディアの騎士として任命する」
頭上から響いたのは、微妙なビブラートを含むアルトボイスだった。
ゆっくりと首を上げ、見上げた新しい主人の姿に息を呑む。
――噂通り、眩いばかりの美男だな。
赤い絨毯が敷かれた一つ上の壇上に立つ第二皇子は、作り物めいた表情で剣先を俺の肩に置いている。
彼の緩く波打つブロンドヘアは背にしたステンドグラスの光に煌めき、青い瞳は湖の深淵を覗き込むかのようだ。
「命を賭してアシェル殿下をお守りいたします」
騎士たるもの、どんな主人であれ命掛けで守り抜くのが仕事だ。
たとえそれが、見た目だけが取り柄の能無し皇子の護衛であっても、そつなくこなしてみせる。
「しかと務めよ」
俺は皇子が水平に差し出した剣を、ただ恭しく受け取った。
※
任命式の後そのまま向かったアシェル皇子の住居は、美しい庭園に面する、すっきりとした白亜の二階建ての屋敷だった。派手に享楽にふけっているという割には、意外なほど落ち着いた佇まいだ。
案内されて向かった二階の執務室では、窓際の机に真面目そうな男が座っていた。
一歩机に向かって進み、礼をとる。
「新しく騎士の任を承りました、ウィリアム・グレクです」
男が立ち上がり、こちらを値踏みするような視線を投げかけてきた。
「秘書のオリヴァー・ホーキングです」
秘書と名乗った男は、グレーの長髪をきっちりと後ろに束ね、眼鏡から覗かせるフォレストグリーンの瞳は理知的な印象だ。
秘書は、手元の書類にチラと目を落とした。
「ウィリアム・グレク元少尉。剣技は騎士団でも一、二を争う腕前。引退されたお父上も騎士団相談役として未だご活躍」
この任務を任された理由が淡々と読み上げられる。
「……幼い頃からの婚約者エミリー・ブロア嬢を非常に大切にしており、品行方正。むしろストイックに鍛錬に勤しむ性格」
当然調査済みではあろうが、プライベートな事を読み上げられるのはあまり気分の良いものではない。
「念のためお伺いしますが、男色の嗜好などお持ちではないですよね?」
「は?」
思いもよらぬ質問に失礼な返答をしてしまう。
「前任の騎士は、三ヶ月も持たずアシェル殿下に懸想し、解任されました」
そうだったのか。
確かに、殿下は男も女も虜にすると聞くが、仕える主人に劣情を抱くなど、前任者は随分と意志の弱い男だったのだな。
「そのようなご心配には及びません」
はっきりと言い切れる。
そもそもあまり、色恋には興味がない。騎士団にいた時も、同僚が次から次へ女性の話に現を抜かすのが不思議だった。まして、いくら美しかろうと殿下は男性だ。
美しい皇子の身持ちが心配なら、この仕事に俺はうってつけだろう。
「頼もしいですね」
秘書は口の片端をわずかに上げ、束ねた書類を持ってこちらに歩いてきた。
「ここでの規則を記しています。しっかりと頭に叩き込んでください」
細かい字がみっしりと書き込まれた二十枚はありそうな書類を受け取る。
「くれぐれも、殿下の人柄や私生活を、外部に漏らすことのないようにお願いします」
「承知いたしました」
そんな当たり前のことをあえて注意するというのは、噂以上に殿下の私生活は酷いものなのだろうか。
「早速今晩から、殿下の外出の警護をお願いします」
そう言った秘書の顔は、若干物憂げに見えた。
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