俺の魔力は甘いらしい

真魚

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7話 <ルイ視点>

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 ――あと五日で、俺はエブラに帰らなくてはいけない――

 もう少しで、サシャが仕事から帰ってくる時間だ。
 サシャと一緒にいる日々は、昔寮で一緒だった頃のように楽しくて、まだ帰りたくない。
 エブラに帰ってしまったら、次サシャに会えるのはいつになるだろうか。

 そして、エブラにはエディトが待っている。
 あの日、エディトに『親友だと思っているのはあなただけ』と言われたのがショックだった。
 聡い彼女ならば、その言葉がどんなに俺を苦しめるか、分かっていただろうに。
 何であんな事を……

 いや、分かっている。
 彼女は傷ついたんだ。俺が彼女よりサシャを優先したから。
 俺がもっと彼女を大切にしていれば、彼女はあんな事を言わなかったと思うけれど、それでも、彼女との心の距離を埋めようとする気持ちが出てこない……

「ルイ、ただいま」
 カチャリとドアを開ける音と共に、サシャが帰ってきた。

「今日はルイにお土産があるんだ」
 リビングに入ってきたサシャは荷物を置くと、ジャケットのポケットから小さな革袋を取り出した。

「少し頭下げて」
 言われるまま俯くと、サシャは革袋から取り出したチェーンを俺の首にかけた。
 チェーンの先にあるリングを手に取ってみると、それは青い石が埋め込まれた、何やら細かい紋様が刻まれた綺麗な指輪だった。

「これ、今日できた試作品なんだ」
 満足そうにサシャが説明し始めた。
「効果は一ヶ月ほどしか持続しないんだけど、これすごいんだ。ほとんどの魔法を無効化できる。お前の剣の腕に敵う奴なんてなかなかいないだろ。これを身につけていれば、無敵だな」

「え……ありがとう。嬉しいよ」
 思わずサシャを抱きしめようとすると、サシャがサッと身を引いた。

「お触りNGです」
 そう言って笑うサシャの頬に、触れたいと思う。
 何なら、他の色々な男が触れてたであろうその唇に口付けて、上書いてしまいたい。

 サシャは俺のこんな気持ちを、サシャの魔力が甘いせいだと言うが、違うと思う。
 いつからこう思うようになったのだろう……
 サシャの性愛対象が男性だと知ってからだろうか……
 いや、他の男がサシャに、俺よりも近しい距離で触れているのを見た時からだろうか……

「明日はさぁ……なんか王宮から召集の令状が来ていて……面倒くさいんだけどさぁ……」
 台所に行ったサシャが何か言っている。

 夕飯の準備を二人でするのも、すごく楽しい。
 二人で食べれば、どんな料理もご馳走だ。

 夕飯の後のんびりと二人でソファーで話をする時は、できれば俺の膝の中にサシャを抱えてその甘い匂いを堪能したいのだけど、それは許されない。
「俺、今日クタクタ……」と、早めにベッドに入ってしまったサシャの寝顔を、ゆっくりと眺める。

 俺はサシャのことを……
 その唇をなぞろうとして、手を止める。

 サシャは親友だから……
 侵してはいけない距離がある。

 あと五日……

 俺は優しい光の中ぐっすりと眠るサシャを、いつまでも眺めていた。

   *

 次の日、サシャは日付が変わっても、アパルトメントに帰ってこなかった。
  
 眠れぬ夜を過ごした翌日、俺は王城入り口の門の前まで行き、行き交う人々の中にサシャがいないかひたすら探した。
 しかし、漆黒の髪をもつ彼の姿はどこにも見あたらない。

 卒業式の翌日にサシャが姿を消してしまった時の焦りが、ぶり返す。
 おかしい……
 一昨日までは、サシャに変わった様子など何も無かったのに……

 いや、卒業式のあの日だって、俺はサシャがどこかに行ってしまうなど、微塵も思っていなかった。
 また?
 サシャは指輪だけ置いて、俺から去ろうとしていたのか?

 日が落ち黄昏の空の下、行き交う人々の判別も難しくなってきた。
 ……サシャと入れ違いになってしまっただろうか……

 アパルトメントに帰ろうかと思ったその時、見たことのある長い銀髪の男が城門から出てきた。

「すみません」
 覚えたばかりのガルムナンド語で話しかけると、銀髪の男はこちらを見て、その整った顔を不快そうに歪めた。
「あの……サシャがどこにいるか、知りませんか?」
 俺の辿々たどたどしいガルムナンド語を、男は鼻で笑った。

「サシャはもう、帰ってきませんよ」
 男がゆっくりと言い聞かせるように言った。
「え?」
 ガルムナンド語が分からない訳ではない。その言葉の示す意味が分からないのだ。

「サシャはもう、お前のところには戻らないって言ってるんだよ」
 男からは、明らかにこちらに対する敵意を感じる。
「え……じゃぁ、どこに?」
 俺はこの場から去ろうとする男に追いすがった。
 この男はサシャの行方を知っている。

 面倒くさそうにこちらを振り返った男は、じっと俺のことを品定めするように眺めた。
「はっ。ちょっと顔がいいだけの、脳筋野郎じゃないか……」
 ブツブツと銀髪の男が呟く。
「サシャはもう王太子殿下の性奴隷だ。ボロ雑巾になるまで、城の外には出られない」
 男が意味の分からない事を言う。
 俺のガルムナンド語の理解は間違っていないはずだ……
 確かに性奴隷と言った。

「何で?」
 俺は銀髪の男の襟元をつかみ、絞め上げた。
「……お前が、悪いんだ……何で、再びサシャの前に現れた? 三年もかけて……やっとサシャからお前の影が消えてきたところだったのに……」
 憎悪の表情そのものの男の目に、微かな悲しみが見える。

 理解できない。自分が好きになった人をおとしめるなんて、俺には理解できない。
 だけど、今そんなことはどうでもいい。
 サシャが囚われて、酷い目に遭っている。

 王城の方に目をやり、再び男に問いかける。
「サシャは王城のどこにいる?」
「……中央塔だろ、きっと」
 そう答えた男から、俺は手を離した。

 男は襟元を整え、最後の言葉を残して去って行った。
「まぁ、お前が城の中に入るのは不可能だけどな」
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