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2話
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三年ぶりに見るルイは、一層ガッチリとした胸元や肩周りが立派な騎士装束に栄え、もう学生の甘さなど消えたすっきりとした頬に大人の色気を漂わせている。
でも、俺は知っている。
感情を押し殺してじっとこちらを見るあの目は、かなり怒っている時のルイの目だ。
万事休す――
俺はルイから目を逸らし、ガルムナンド外交官の先頭の男の横に立った。
「ようこそガルムナンドへいらっしゃいました」
エブラ語に訳しながら、俺も仕事用の笑顔を使節団に向ける。
そして、見覚えのある華やかに波打つブロンドにエメラルドの瞳の美女が、使節団の左後方にいることに気がついてしまった。
うわっ。ルイの彼女じゃないか………
勘弁してくれ……
この後に待ち受けるであろう自分の傷を予期してか、胸のあたりがズキリと痛む。
ここから逃げたい……
どんよりと重いものを感じながらも、通訳は他のことを考えながらできる仕事ではない。
俺はクラクラとする頭を無理やり、通訳の仕事に引き戻した。
挨拶を終えた一行は、早速使節団に王城を案内するべく、迎賓館の外にゆっくりと移動し始めた。
ガルムナンド城はもはや小さな町と言っていいような大きさの城で、その中央には、どこからでも見上げることができる立派な塔が建っている。
「こちらの中央塔からは、城全体を覆うバリアが昼夜はられております」
俺の通訳に、使節団が感心してうっすらと虹のように光るバリアを見上げる。
「どうやってバリアの中に入れる者と入れない者を分けているのですか? あぁ、もし差し支えなければ……」
向こうの通訳がガルムナンド語で使節団長の問いをこちらに伝えてきた。
俺はガルムナンドの外交官の回答をそのまま訳して伝えた。
「強い破壊的意思を持つ者は入れません」
「なるほど」
使節団の一向が興味深げに頷いている。
俺もこの巨大なバリアを初めて見た時、圧倒された。
ガルムナンドの魔法技術の高さ云々で片付けられるレベルの話では無い。
このバリアを張っているガルムナンド王族の圧倒的魔力量は、次元が違う。
それから一向はガルムナンド城の名所をゆっくりと巡回し、迎賓館に戻って昼食の時間となった。
俺は通訳の仕事から解放された昼休憩の時間、一人迎賓館の外の庭のベンチに座り込んだ。
午前中はルイや、ルイの彼女(確かエディトさんという名前だった)と接触する機会もなく、やり過ごせた。
でもチラチラと二人の視線は感じていた。
もう疲れた……
とても昼食など食べる気も起きず、俺は林檎のひんやりとしたジュースを喉に通した。
新緑の季節、高く昇った太陽の光が木々の間からこぼれ落ちている。
大丈夫……
これからルイとエディトさんのその後の話を聞いたりするかもしれないが、大丈夫。
もう既に心はノックアウトされている。
ちょっと、ぼうっとするくらいだ……
人間の心は衝撃を麻痺させるように、きっとできているんだ。
大丈夫。辛くない……怖くない……
ため息をついた俺の背後から、急に懐かしい声がした。
「サシャ」
気配を見せず現れたルイを振り返る。
「……ルイ……久しぶり」
多分、今俺の顔には硬い笑顔が張り付いている。
「久しぶり、じゃぁないだろう」
少し怒りを含むその声に、俺はぞくっとしたものが背筋を這うのを感じた。
こんな時に、ルイのイケボに痺れているなんて、俺はアホなのか……
ルイは責めているんだ。
なんの前置きも無しに国外に出て行ってしまったから……
「あ、あぁ。ちゃんと話す時間もなしに、卒業してしまったもんな……」
「時間が? なかった?」
ルイのゆっくりとした問いに、あぁ、これはダメなやつだ……と、腹を括る。
「すまなかった。一言伝えるべきだった」
ルイが望む言葉を吐き出すが、あの頃の俺を何十回やり直しても、俺がルイに行方を伝えるとは思えない。
もしこいつが俺の連絡先を知っていたら、必ず連絡してくる。
「……ずっと探していたんだ」
ベンチの隣に座ったルイが、俺の手を掴んだ。
「孤児院には時折お前から寄付金が届いていたから、どこかで生きているとは思っていたけど」
ルイの握る手が痛い。
やはり、俺の出身の孤児院には問い合わせたのか……
ルイが俺のことを探しているんじゃないかとは、心の片隅で案じていた。
ルイの友情は重い。学生時代、その距離の近さに何度戸惑ったかしれない。
「悪かった」
ひたすら謝る俺に、ルイはやっと手を離してくれた。
「今日仕事が終わったら、サシャの所に行っていいか?」
少し明るさを取り戻したルイの誘いに、俺はビクリと一瞬固まった。
今晩、この三年間を埋める積もる話でもするのか?
それを聞くのが嫌で、ここまで逃げて来たんだ。
「すまない。今日は約束があって……」
「そうか……大丈夫だ。使節団は四日間もこの国にいるし、俺はその後二週間の休暇を取ってきた」
ルイの爽やかな笑顔に、俺は気が遠くなりそうになった。
「あぁ……ちょっと今、仕事が忙しい時期で上手く空けられるか分からないけど、調整できたら伝えるよ」
俺の返答に、また少しルイがムッとした。
「遅い時間でも構わない。今日だって、お前の部屋で待たせてもらっても別にいい」
ルイにしては珍しい強引な押しに、俺はたじろいだ。
――やめてくれ。レイモンとヤった後、怠い時はそのままあいつの部屋にいることもある……
俺は「そんな訳にはいかない」と、ルイを宥め、なんとかその場を濁して、逃げるように午後の通訳の仕事に戻っていった。
でも、俺は知っている。
感情を押し殺してじっとこちらを見るあの目は、かなり怒っている時のルイの目だ。
万事休す――
俺はルイから目を逸らし、ガルムナンド外交官の先頭の男の横に立った。
「ようこそガルムナンドへいらっしゃいました」
エブラ語に訳しながら、俺も仕事用の笑顔を使節団に向ける。
そして、見覚えのある華やかに波打つブロンドにエメラルドの瞳の美女が、使節団の左後方にいることに気がついてしまった。
うわっ。ルイの彼女じゃないか………
勘弁してくれ……
この後に待ち受けるであろう自分の傷を予期してか、胸のあたりがズキリと痛む。
ここから逃げたい……
どんよりと重いものを感じながらも、通訳は他のことを考えながらできる仕事ではない。
俺はクラクラとする頭を無理やり、通訳の仕事に引き戻した。
挨拶を終えた一行は、早速使節団に王城を案内するべく、迎賓館の外にゆっくりと移動し始めた。
ガルムナンド城はもはや小さな町と言っていいような大きさの城で、その中央には、どこからでも見上げることができる立派な塔が建っている。
「こちらの中央塔からは、城全体を覆うバリアが昼夜はられております」
俺の通訳に、使節団が感心してうっすらと虹のように光るバリアを見上げる。
「どうやってバリアの中に入れる者と入れない者を分けているのですか? あぁ、もし差し支えなければ……」
向こうの通訳がガルムナンド語で使節団長の問いをこちらに伝えてきた。
俺はガルムナンドの外交官の回答をそのまま訳して伝えた。
「強い破壊的意思を持つ者は入れません」
「なるほど」
使節団の一向が興味深げに頷いている。
俺もこの巨大なバリアを初めて見た時、圧倒された。
ガルムナンドの魔法技術の高さ云々で片付けられるレベルの話では無い。
このバリアを張っているガルムナンド王族の圧倒的魔力量は、次元が違う。
それから一向はガルムナンド城の名所をゆっくりと巡回し、迎賓館に戻って昼食の時間となった。
俺は通訳の仕事から解放された昼休憩の時間、一人迎賓館の外の庭のベンチに座り込んだ。
午前中はルイや、ルイの彼女(確かエディトさんという名前だった)と接触する機会もなく、やり過ごせた。
でもチラチラと二人の視線は感じていた。
もう疲れた……
とても昼食など食べる気も起きず、俺は林檎のひんやりとしたジュースを喉に通した。
新緑の季節、高く昇った太陽の光が木々の間からこぼれ落ちている。
大丈夫……
これからルイとエディトさんのその後の話を聞いたりするかもしれないが、大丈夫。
もう既に心はノックアウトされている。
ちょっと、ぼうっとするくらいだ……
人間の心は衝撃を麻痺させるように、きっとできているんだ。
大丈夫。辛くない……怖くない……
ため息をついた俺の背後から、急に懐かしい声がした。
「サシャ」
気配を見せず現れたルイを振り返る。
「……ルイ……久しぶり」
多分、今俺の顔には硬い笑顔が張り付いている。
「久しぶり、じゃぁないだろう」
少し怒りを含むその声に、俺はぞくっとしたものが背筋を這うのを感じた。
こんな時に、ルイのイケボに痺れているなんて、俺はアホなのか……
ルイは責めているんだ。
なんの前置きも無しに国外に出て行ってしまったから……
「あ、あぁ。ちゃんと話す時間もなしに、卒業してしまったもんな……」
「時間が? なかった?」
ルイのゆっくりとした問いに、あぁ、これはダメなやつだ……と、腹を括る。
「すまなかった。一言伝えるべきだった」
ルイが望む言葉を吐き出すが、あの頃の俺を何十回やり直しても、俺がルイに行方を伝えるとは思えない。
もしこいつが俺の連絡先を知っていたら、必ず連絡してくる。
「……ずっと探していたんだ」
ベンチの隣に座ったルイが、俺の手を掴んだ。
「孤児院には時折お前から寄付金が届いていたから、どこかで生きているとは思っていたけど」
ルイの握る手が痛い。
やはり、俺の出身の孤児院には問い合わせたのか……
ルイが俺のことを探しているんじゃないかとは、心の片隅で案じていた。
ルイの友情は重い。学生時代、その距離の近さに何度戸惑ったかしれない。
「悪かった」
ひたすら謝る俺に、ルイはやっと手を離してくれた。
「今日仕事が終わったら、サシャの所に行っていいか?」
少し明るさを取り戻したルイの誘いに、俺はビクリと一瞬固まった。
今晩、この三年間を埋める積もる話でもするのか?
それを聞くのが嫌で、ここまで逃げて来たんだ。
「すまない。今日は約束があって……」
「そうか……大丈夫だ。使節団は四日間もこの国にいるし、俺はその後二週間の休暇を取ってきた」
ルイの爽やかな笑顔に、俺は気が遠くなりそうになった。
「あぁ……ちょっと今、仕事が忙しい時期で上手く空けられるか分からないけど、調整できたら伝えるよ」
俺の返答に、また少しルイがムッとした。
「遅い時間でも構わない。今日だって、お前の部屋で待たせてもらっても別にいい」
ルイにしては珍しい強引な押しに、俺はたじろいだ。
――やめてくれ。レイモンとヤった後、怠い時はそのままあいつの部屋にいることもある……
俺は「そんな訳にはいかない」と、ルイを宥め、なんとかその場を濁して、逃げるように午後の通訳の仕事に戻っていった。
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