俺の魔力は甘いらしい

真魚

文字の大きさ
上 下
2 / 8

2話

しおりを挟む
 三年ぶりに見るルイは、一層ガッチリとした胸元や肩周りが立派な騎士装束に栄え、もう学生の甘さなど消えたすっきりとした頬に大人の色気を漂わせている。
 でも、俺は知っている。
 感情を押し殺してじっとこちらを見るあの目は、かなり怒っている時のルイの目だ。

 万事休す――
 俺はルイから目を逸らし、ガルムナンド外交官の先頭の男の横に立った。

「ようこそガルムナンドへいらっしゃいました」
 エブラ語に訳しながら、俺も仕事用の笑顔を使節団に向ける。
 そして、見覚えのある華やかに波打つブロンドにエメラルドの瞳の美女が、使節団の左後方にいることに気がついてしまった。

 うわっ。ルイの彼女じゃないか………
 勘弁してくれ……
 この後に待ち受けるであろう自分の傷を予期してか、胸のあたりがズキリと痛む。
 
 ここから逃げたい……
 どんよりと重いものを感じながらも、通訳は他のことを考えながらできる仕事ではない。
 俺はクラクラとする頭を無理やり、通訳の仕事に引き戻した。
 挨拶を終えた一行は、早速使節団に王城を案内するべく、迎賓館の外にゆっくりと移動し始めた。

 ガルムナンド城はもはや小さな町と言っていいような大きさの城で、その中央には、どこからでも見上げることができる立派な塔が建っている。

「こちらの中央塔からは、城全体を覆うバリアが昼夜はられております」
 俺の通訳に、使節団が感心してうっすらと虹のように光るバリアを見上げる。

「どうやってバリアの中に入れる者と入れない者を分けているのですか? あぁ、もし差し支えなければ……」
 向こうの通訳がガルムナンド語で使節団長の問いをこちらに伝えてきた。

 俺はガルムナンドの外交官の回答をそのまま訳して伝えた。
「強い破壊的意思を持つ者は入れません」
「なるほど」
 使節団の一向が興味深げに頷いている。

 俺もこの巨大なバリアを初めて見た時、圧倒された。
 ガルムナンドの魔法技術の高さ云々で片付けられるレベルの話では無い。
 このバリアを張っているガルムナンド王族の圧倒的魔力量は、次元が違う。

 それから一向はガルムナンド城の名所をゆっくりと巡回し、迎賓館に戻って昼食の時間となった。

 俺は通訳の仕事から解放された昼休憩の時間、一人迎賓館の外の庭のベンチに座り込んだ。
 午前中はルイや、ルイの彼女(確かエディトさんという名前だった)と接触する機会もなく、やり過ごせた。
 でもチラチラと二人の視線は感じていた。

 もう疲れた……
 とても昼食など食べる気も起きず、俺は林檎のひんやりとしたジュースを喉に通した。
 新緑の季節、高く昇った太陽の光が木々の間からこぼれ落ちている。

 大丈夫……
 これからルイとエディトさんのその後の話を聞いたりするかもしれないが、大丈夫。
 もう既に心はノックアウトされている。
 ちょっと、ぼうっとするくらいだ……
 人間の心は衝撃を麻痺させるように、きっとできているんだ。
 大丈夫。辛くない……怖くない……

 ため息をついた俺の背後から、急に懐かしい声がした。
「サシャ」
 気配を見せず現れたルイを振り返る。
「……ルイ……久しぶり」
 多分、今俺の顔には硬い笑顔が張り付いている。

「久しぶり、じゃぁないだろう」
 少し怒りを含むその声に、俺はぞくっとしたものが背筋を這うのを感じた。
 こんな時に、ルイのイケボに痺れているなんて、俺はアホなのか……

 ルイは責めているんだ。
 なんの前置きも無しに国外に出て行ってしまったから……

「あ、あぁ。ちゃんと話す時間もなしに、卒業してしまったもんな……」
「時間が? なかった?」
 ルイのゆっくりとした問いに、あぁ、これはダメなやつだ……と、腹をくくる。

「すまなかった。一言伝えるべきだった」
 ルイが望む言葉を吐き出すが、あの頃の俺を何十回やり直しても、俺がルイに行方を伝えるとは思えない。
 もしこいつが俺の連絡先を知っていたら、必ず連絡してくる。

「……ずっと探していたんだ」
 ベンチの隣に座ったルイが、俺の手をつかんだ。
「孤児院には時折お前から寄付金が届いていたから、どこかで生きているとは思っていたけど」
 ルイの握る手が痛い。

 やはり、俺の出身の孤児院には問い合わせたのか……
 ルイが俺のことを探しているんじゃないかとは、心の片隅で案じていた。
 ルイの友情は重い。学生時代、その距離の近さに何度戸惑ったかしれない。

「悪かった」
 ひたすら謝る俺に、ルイはやっと手を離してくれた。

「今日仕事が終わったら、サシャの所に行っていいか?」
 少し明るさを取り戻したルイの誘いに、俺はビクリと一瞬固まった。

 今晩、この三年間を埋める積もる話でもするのか?
 それを聞くのが嫌で、ここまで逃げて来たんだ。

「すまない。今日は約束があって……」
「そうか……大丈夫だ。使節団は四日間もこの国にいるし、俺はその後二週間の休暇を取ってきた」
 ルイの爽やかな笑顔に、俺は気が遠くなりそうになった。

「あぁ……ちょっと今、仕事が忙しい時期で上手く空けられるか分からないけど、調整できたら伝えるよ」
 俺の返答に、また少しルイがムッとした。
「遅い時間でも構わない。今日だって、お前の部屋で待たせてもらっても別にいい」
 ルイにしては珍しい強引な押しに、俺はたじろいだ。
 ――やめてくれ。レイモンとヤった後、怠い時はそのままあいつの部屋にいることもある……

 俺は「そんな訳にはいかない」と、ルイをなだめ、なんとかその場を濁して、逃げるように午後の通訳の仕事に戻っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

くっころ勇者は魔王の子供を産むことになりました

あさきりゆうた
BL
BLで「最終決戦に負けた勇者」「くっころ」、「俺、この闘いが終わったら彼女と結婚するんだ」をやってみたかった。 一話でやりたいことをやりつくした感がありますが、時間があれば続きも書きたいと考えています。 21.03.10 ついHな気分になったので、加筆修正と新作を書きました。大体R18です。 21.05.06 なぜか性欲が唐突にたぎり久々に書きました。ちなみに作者人生初の触手プレイを書きました。そして小説タイトルも変更。 21.05.19 最終話を書きました。産卵プレイ、出産表現等、初めて表現しました。色々とマニアックなR18プレイになって読者ついていけねえよな(^_^;)と思いました。  最終回になりますが、補足エピソードネタ思いつけば番外編でまた書くかもしれません。  最後に魔王と勇者の幸せを祈ってもらえたらと思います。 23.08.16 適当な表紙をつけました

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

【完結】子供が欲しい俺と、心配するアイツの攻防

愛早さくら
BL
生まれ変わったと自覚した瞬間、俺は思いっきりガッツポーズをした。 なぜならこの世界、男でも妊娠・出産が可能だったからだ。 から始まる、毎度おなじみ前世思い出した系。 見た目が幼い、押せ押せな受けと、たじたじになっていながら結局押し切られる大柄な攻めのごくごく短い話、になる予定です。 突発、出オチ短編見た目ショタエロ話!のはず! ・いつもの。(他の異世界話と同じ世界観) ・つまり、男女関係なく子供が産める魔法とかある異世界が舞台。 ・数日で完結、させれればいいなぁ! ・R18描写があるお話にはタイトルの頭に*を付けます。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

恋愛スイッチは入っていません! 宰相補佐と近衛騎士様では何も起こらないと思っていたら、婚約してました

nano ひにゃ
BL
仕事のためになれなれしくしていた相手と噂になっていたのを無視していたら、本当に婚約してしまっていた。相手は近衛兵の副隊長でさらに公爵家の血筋。それに引き換え自分は宰相に取り立ててもらって補佐の仕事はしているが身分はなんとかギリギリ貴族を名乗れる家の出。 なんとか相手から解消してもらえないかと相談することにしたが、なんとも雲行きが怪しくなっていく。 周りからかなり評判のいいスパダリ溺愛攻めと隠れスパダリの受けが流されながらもそれなりに楽しくやっていくお話です。 R表現は予告なく入ります。無理やりはないですが、不本意な行為が苦手な方はご注意ください。 ストーリーに変更はありませんが、今後加筆修正の可能性があります。 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...