上 下
107 / 117
第十二章 竜の正体

101. 竜の声 ☆

しおりを挟む
 

    * * *


 ──雑音が五月蝿うるさい、とゼフェウスは言った。

『雑音?』

 太い眉を寄せて、ルシアが聞き返す。

『ああ。イーシュトールがしきりに何かを訴えてきているのだが、魔竜が喚く声の方が大きくてよく聞きとれない。何とかして、を黙らせたいのだが』
『お前、竜の言葉がわかるのか』
『我ら竜人種の異能の一つだからな』

 へえ、と言ってルシアは、少し離れた場所でうずくまったままのジオルグをちらりと見た。

『あっちは聞こえてねえようだが』
『……魔力切れ寸前だからな。竜の声を聞く余裕はないだろう』

 魔力値そのものについては、ゼフェウスよりも弟の方が圧倒的だった。しかし、ジオルグが竜殺しの召喚を行なった直後の今に限っては、ゼフェウスの方が逆転している。
 しかもただでさえ弱っているところに、魔竜から秋波を送られていた。その誘惑に抵抗するため、ジオルグは意識的に己の心を閉ざしている。あれではイーシュトールの声など聞き取れはしまい。
 矢傷を負った魔竜は、咆哮を上げながらまだ地団駄を踏むように暴れている。ルシアとゼフェウスは、竜とは一定の距離を保ちつつ、その背後に回り込んだ。

『あの矢、飛んでくるまで射手の気配が全くしなかったが、あっちの谷の向こう側からだった。顔はフードで隠してやがったが、お前らの仲間か?』
『いいや、敵』

 ゼフェウスがすっぱり言い切るのを聞いて、ルシアは目を瞬かせる。というか、その谷自体がここからはかなりの距離があるのに、よくそれを肉眼で捉えることが出来たな、とゼフェウスは感心する。
 さっきまでの魔竜との戦いぶりといい、異世界の存在だとはいえ、人間というモノはここまで進化をするものかという驚きを禁じ得なかった。

『魔竜がさっきからずっと怒り狂っているからな。〝あの女、よくも我に魔滅の矢を射掛けたな! 裏切り者、赦さん〟って』
『あの女って?』

『ああ、なるほどな』

 自分の簡潔すぎる説明もどうかと思うが、ルシアはそれで何をどう納得したのか、ふむ、と無精髭が生える顎を撫でた。

『魔術式付きにせよ、俺を狙ったにしちゃあ、妙な矢筋だなと思った』
『まあ、まだ生きているなら、何かしら手を出してくるだろうとは予想していたが。だが、あの矢のおかげで魔竜に封じられていたイーシュトールの意識が浮上しかけている。今さらかもしれないが、一体何を言っているのかを聞き出したい』
『なら、うるせえ方を黙らすか?』

 ルシアが大剣を突き立て、不規則なリズムで数回地面を突く。すると、大剣はたちまち切っ先から分厚い鞘に覆われていった。
 なるほど、この鞘自体に魔法がかけられているのだな、とゼフェウスは納得した。こんな異様なデカブツをわざわざ背に負っている意味がわかった。どうやって引き抜いたのかと思っていたが、剣の柄を握ると鞘の方が消える仕掛けだったのだ。
 矢といい鞘といい、あらかじめ物体にかけられている魔法には、竜人種の魔法封じの結界もまるで効果がない。あの女コリーンはさすがによくわかっているな、とゼフェウスはここでも妙な感心をする。ジオルグならば、目を吊り上げてさらに強固な結界を生み出す研究に精を出すかもしれないが。
 
『どうするつもりだ?』
『とりあえず、こいつで殴って、黙らせるっ』

 言うなりルシアは助走をつけて高く飛び上がり、竜の脳天に鞘ごと大剣を振り下ろした。

  
    * * *


「……ん、」

 ジオルグの話を聞いているうちに、いつの間にか俺は微睡まどろんでしまっていたようだ。
 ほんの数分だと思うが、不思議なことに今聞いていた話の内容が、そのまま夢になって出てきたような気がする。夢の中で俺は、時にジオルグになったり、ゼフェウスになったりしていた。

 ──……え、あれ?

 俺の体が横向きになっている。しかも俺の頬に当たっているのって……。

 ──もしかして、膝の、上? ジオルグの……。

 俺と肩と頭に、ジオルグの手が乗せられている。肩に置かれた方の手は、時折、ぽん、ぽん、と軽くゆっくりとあやすように動く。まるで子供を寝かしつけている母親みたいに。
 だが、俺は確か、長椅子にかけていたリーヴェルトにその隣りの場所を勧められて座ったはず。その対面、リーヴェルトの前にはセオ、俺の前の席にはカイルが座っていた。
 そしてジオルグは、テーブルの上座側の短辺に座っていたのだが……。

 ──俺が眠ってしまったから……、リーヴェルトと場所を入れ替わったのか。

 薄目を開けたまま、起きあがろうかどうしようかと迷っているうちに、ジオルグがまたおもむろに話し始める。

「あとで知ったが、魔竜が矢に撃たれたときから、兄にはイーシュトールの声が聞こえていたらしい。だが、私には……何も。何も聞こえていなかった。……そして、兄と何かを話していたルシアは、いきなり鞘に納めた大剣で魔竜の頭を殴りつけて気絶させた」

 セオとカイルは顔を見合せた。

「我々もさっき、ルシア殿から一応聞いてはいたのですが」
「本当に魔竜を剣で殴ったのか……。あいつ、話し方がものすごく適当で、途中から全部、荒唐無稽な話に聞こえてきちゃって……。しかもこっちが混乱している間に、話の途中でいきなりふらっと出て行ってしまうし!」
「あの、魔竜を気絶させた後、ゼフェウス様は衰弱しているイーシュトールと話をして、そのあと、その……本当に?」

 カイルが言い淀むと、ジオルグは俺の肩を撫でていた手の動きを止めた。

「本当に、とは?」

 カイルは意を决したように問いを重ねた。

「ゼフェウス様が魔竜を……、いえ。?」

 いや、とジオルグは言った。

「致命傷となったのはおそらく、魔滅の矢だ。だが、ルシアと兄も竜を直接的に傷つけた。竜殺しのルシアはいいが、兄はそのために呪いを受けて、死んだのだ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...