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第十二章 竜の正体

94. 竜人種の血 ②

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「さっき、ラドモンド卿に言われました。俺はあのとき、王冠蛇バジリスクの毒に侵されていたと。一般的な常識として王冠蛇バジリスクの毒は魔法では治癒し難い猛毒だと聞いています。抗毒薬となると、毒そのものよりもかなり貴重だとも。あのときは、毒針に仕込まれていたのがそんな恐ろしい毒だったなんて知りませんでしたが」
「そうだな。それで?」
「……だからあのとき。俺に、あなたの血を。竜人種の血を与えてくれたのではありませんか?」

 竜人種の血にどういった作用があるのかはよくわからないが、俺の身体と魔力回路にきっと、解毒薬以上の劇的な効果をもたらしたのだろう。

「竜種の権能のひとつに、この世のあらゆる毒が効かない、というものがある。さらにはその身に流れる血にも強力な毒性があるのだ」
「え?」

 ジオルグの回答に俺は目を瞠る。動揺を宥めるように俺のこめかみに口付けてから、ジオルグは続けた。

「だが、毒に侵された者にとってはその毒を打ち消す効果がある。故に可能であるかどうかは別として、竜種の血を飲めば、その毒は全て体内から消える。それは我ら竜人種の血もしかり。そして、その血を与えた者には我らの権能も少しだけだが付与される」
「それは……俺にも、ですか?」
「そうだ、君にも……。例えば長命種としての寿命、それから魔力。どちらも、君はもとから存分に持ち併せているだろうが、それでもかなり強化されているはずだ」

 寿命については実感がなかったが、魔力が強化されたことについてそうなのだろうと、俺はジオルグに抱擁されたまま黙って頷いた。

「とはいえ、それでも薬として使うにはいささか毒性が強すぎる。ヒースゲイルの言葉を借りれば副作用、というのだったかな。最悪の場合は魔力回路が暴走したり、或いは高熱が出てそのまま熱が下がらず死に至ることもある。故に、解毒の用途であっても魔力が弱い者や人間に対して使うことは禁じられている。もしも相手が精霊種の場合は、血を聖水で薄めたものを飲ませるか、それとも純血の魔力回路を壊されたくないが故に口にすること自体を拒むか」

 大抵はそこで、と実際にそういった経験があるのか、ジオルグは苦く笑った。
 同じ古代種だとは言っても、精霊種と竜人種の間には簡単には言い表し難い隔たりがあるようだ。
 ……なるほど。ダードウィンとジオルグがしばしば月精ラエルのことで揉めていた理由がだんだんと解かってきた気がする。

「つまりダードウィンは、月精ラエルである俺の魔力回路が、竜人種の血によって壊されたという風に思っているのでしょうか?」
「……そうだな。実際には、とひどく嘆いていた。まあ、それもあながち間違ってはいないだろう。何せ私は幼い君に私自身のを、それもで与えたのだから」

 ──純正の血を、口移しで?

 そのいやにたっぷりと含みを持たせた口ぶりに、俺は恐る恐るジオルグの顔を見上げた。

「……ジル、あなたまさか」

 さすがに驚いて身動みじろぐ俺を、この世の誰よりも美しい男は、見たことがないほどの会心の笑みを浮かべて見つめていた。

「何を驚く? 最初から……、あの夜、君と出逢った瞬間から、私はそのつもりだったのだ。だから王冠蛇バジリスクの毒のことは、もちろん結果的にだが、私にとっては僥倖ぎょうこうだった。君を私の伴侶にする為には、いずれ必要となる契約だったからだ」
「ジル……」

 ああ、なんということだろう。
 つまり、例え俺が毒に侵されていなくても、いずれは自分の血を飲ませるつもりであったと、ジオルグはそう言っているのだ。
 曰く。自らの血で抗毒血清を作り、俺の身体に投与して少しずつ竜人種の血の毒に慣らしていきながら、俺の魔力回路の情報を書き換え、竜人種のそれに近づけていくつもりであったのだと。
 それは単に今回のみの思いつきではなく、純血の竜人種の中に伴侶となるべき者が見つからない場合の、一つの方法なのだそうだ。

 ジオルグがこれまで正式な伴侶を持たなかったのは、血族以外にはつがいとなるべき純血の女性がいなかったから。
 ただでさえ古代種の純血、しかも女性はかなり稀少な存在なのだ。
 亡き兄の跡を継ぎ、思いがけずロートバル家の当主となったものの、ジオルグは己の伴侶探しにはさほど力を注いでこなかった。家はいずれ、兄の遺児に継がせればいいと思っていたからだ。
 しかし子は望まないにしろ、家名に恥じぬやんごとない生まれの伴侶は必要だと、一族の長老たちから懇々と諭されたジオルグは、渋々と各精霊種の郷に出向き、純血の姫君たちとの見合いを試みることになった。
 いずれかの郷で見合いが成立したとしても、精霊種側の慣習で基本的にはジオルグの『通い婚』となり、もしも相手との間に子を為した場合は、その子は母方の精霊種の郷に引き取られるという条件だったらしい……、のだが、見合いの結果はジオルグが言うところの『物別れ』の山が築かれていくだけだった。
 竜人種は、自らの血を与えて相手の魔力回路を作り替えなければ、他の種との生殖も魔力譲渡もままならないらしく、古代種の中でも尋常ではないほどの魔力量と寿命を誇るジオルグの血を受け入れ、竜人種の権能を得ることを許諾する姫君はなかなか現れなかったのだ。
 ……乗り気だった姫君も何人かはいたそうだが、皮肉なことにそうした相手の中には魔力譲渡が可能なほど者はいなかったらしい。
 うすうす、この結果が読めていたというジオルグは、早々と伴侶探しを打ち切った。
 カルヴァラにあるあの隠れ家は、伴侶のいないジオルグが、荒れ野の魔素によって定期的に無理なく魔力を回復させるのに必要不可欠な秘密基地でもあったのだ。
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