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第十二章 竜の正体

93. 竜人種の血 ①

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「君がなんと思おうが、私は君が昨夜、私のそばにいなくて良かったと思っている。でなければ本当に君をこわしかねなかった。命の危機に陥るほどの魔力不足を起こした竜人種がどれほど凶暴で手がつけられないものか、君は知らないだろう? 伴侶が居る者は特にだ。……そんな身勝手極まりない暴挙など、君は永遠に知らなくていい」 
「……でも、ゼフェウスやヒースゲイルさんは、俺がここに来られるようにって協力してくれましたけど」
「それは、あまりにも君が必死だったからだろう。彼らに一体何を言ったのだろうな。いつかのように、竜人種の私が魔竜には刃向かえないことを持ち出したのか……。挙句には今すぐ『扉』を開けないとガレート周りで、苦手なはずの馬に乗って来るとまで言い出したのだろう?」
「いえ、それは……」

 ゼフェウスを通じてガレート周りで行くことを提案してくれたのはジスティだったが、結果的にはそれが宰相府にも伝わり、ある程度の魔力値が回復するまでは俺と顔を合わせるつもりがなかったジオルグを、とうとう根負けさせたのだった。
 もし俺が、神殿でコリーンと鉢合わせてさえいなければ、明日の正午にルシアが転移装置で王宮まで迎えに来てくれる手筈になっていた。
 と、ジオルグはおもむろに自分が着ている法衣の袖をまくって俺に見せた。露わになった両の手首には、痛々しい拘束の跡があった。
 これは鉄の手枷の痕だとジオルグは言った。

「伴侶が側にいなければ、見境なく他の者を襲いかねない。念の為にだが、ラドモンド卿に言って一晩中ベッドの支柱に繋いでもらっていた」

 ……あとになってリーヴェルトから話を聞いたところによると、ジオルグは苦悶しながらも暴れ出すようなことはなく、治癒魔法師に回復魔法をかけてもらいながら、鋼鉄はがねの精神力で凄まじい飢餓感を耐えきったそうだ。それでいて同種族の魔力しか腹の足しにはならぬいうのだから気の毒にと、いたく同情もしていた。
 俺はジオルグの左手を取り、そっと持ち上げてみる。
 左の手首に嵌められた銀の腕輪の下にも赤い痣のようなものが覗いていた。

「……シリル?」

 腕輪の位置を少しずらしながら、赤く傷になっているその生々しい痕に唇を寄せる。
 ……馬鹿だなあと少し哀しく思いながら。まったく、痩せ我慢にもほどがある。
 ちょうど口付けたそのそばに、腕輪に嵌められている石があった。
 少し深い青……瑠璃色の、半分かたわれの石。
 
 ──そうか、こんなところに……。

 俺はまじまじとその石を見る。俺のサークレットの石の半分かたわれはここにあったのだ。
 その反対側には、翠緑色の石が嵌っていた。これは? と問うように顔を見れば、ジオルグは「兄の形見だ」と言った。
 本来はその半分かたわれの石を持つ妻君に返すべきものだったが、夫の遺志をどうか受け継いでいってほしいと妻君はジオルグが持つことを望んだのだそうだ。

 ──ジオルグの兄。九回目の儀式を執り行った竜を祀る祭壇リグナ・マーシャの祭司……。

 彼は一体、何をジオルグに託して逝ったのだろう。

「ならば、あなたも。どうか約束してください。俺を置いて一人で死なないと。……あなたが逝く時には、必ず俺も一緒です」
「ああ、無論」

 そのつもりだ、と。抱き締められて、耳許で熱く囁き返される。

「……さっき君は、君の魔力が私の魔力の足しにはならないとか言っていたな。自分が竜人種ではないから、と。本当にそう思うか?」

 俺は顔を上げてジオルグのけぶるような金の双眸を見た。部屋の扉を開けた時とは打って変わって生気が戻ったを。
 もし、もしもだが、今、俺と少し触れ合っただけで魔力が回復出来ているのなら、たった一つだけ思い当たる要因があった。

「あの……、これまでも何人かに指摘はされていたのですが。俺自身にはまったく覚えがなくて」
「ほう?」

 面白そうに相槌を打ってジオルグが目を細める。

「その……、って。もし本当に飲んだのだとしたら十年前のあの夜、ですよね?」

 そう、十年前。
 ジオルグに引き取られたばかりの頃、俺はしょっちゅう体調を崩していた。食も細く、ジオルグやルイーズにどれだけ心配をかけたかわからない。
 倒れる度にヒースゲイルに診てもらいつつ、時間の経過とともにだんだんと持ち直していったのだが、今にして思えば、あれは多分魔力切れを起こしていたのだと思う。あの頃の俺の容態については、保護者であるジオルグの方がより詳しい話を聞いているに違いない。
 そして十日前。
 聖女が召喚される日の朝に俺の額に月精ラエルの徴が現れ、その数日後に俺はロームの市街地で魔力切れを起こして倒れた。原因は、俺の魔力値がなんらかの理由で急激に跳ね上がった為に、その変化に追いつけなかった魔力回路が短絡事故ショートを起こしたせいだと診断されている。
 ならばやはり、十年前の俺の身体にも同じことが起こっていたのだ。
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