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第十一章 セラザからの迎え
88. ブライトの一族
しおりを挟む「だしぬけにこんなことを訊いたりしてすまない。しかし、君を宰相閣下のもとに送り届ける前に少しでも話がしたかった」
リーヴェルトの真摯な声音に、俺はかぶりを振った。
「いいえ、構いません。それに、あなたの親戚筋に当たるダードウィンは、ブライトの一族とも関わりが深いと伺っています」
つまり、月精についてもダードウィンは俺以上に詳しく知っている可能性がある。ジオルグはあまりいい顔をしないだろうが、いずれは直接会って話してみたいと思う相手でもあった。
「俺の月精としての記憶はまだ完全なものではありません。それどころか、ここ十年間の記憶でさえも……。一度は完全になったとも思ったのですが、そう思った矢先にまた別の記憶の断片が蘇ったりして」
例えば、さっき思い出しかけたランスでの記憶も。あと一歩で思い出せそうだったのが、またするりとすり抜けていってしまった。
「では、宰相閣下は君には話していないのかな? 月精とこの地の関わりについて」
「月精がブライトの一族から生まれる存在だということは、知っています」
ただそれはゲームを通して知り得たことであって、この世界のジオルグからは直接、詳しいことは何も聞いてはいない。
俺の知識レベルをなんとなく察してくれたのだろうか。リーヴェルトは言葉を選びながら、ごくごく簡潔に語ってくれた。
……曰く。精霊種には、未来予知の異能を持つ者がいる。
ビルンの大草原に、十回目の魔竜討伐をする月精が生まれることは先に彼らによって予知されていた。ブライトの一族にはおよそ百年に一度、影形が憑いた子供が生まれてくる。その子供が月精なのだと。
それが古い時代からの『世界』との約束だった。
原種の血はとうに魔物によって汚され、純血の存在も絶えて久しい弱い精霊種の血統に何故古き月の女神が宿るのかと妬み嫉む輩もいたが、ダードウィンを始めとするセラザにある大きな郷の主である精霊種たちは、ブライトの一族が棲む集落を永く隠し続け、庇護し続けてきた。
しかし九回目の時、月精が生まれ出ることはなかった。その原因が八回目の時の王家や聖竜神殿の仕儀によるものであると怒り狂ったダードウィンによって、十回目のその予言は王都の者たちには徹底的に秘された。
ジオルグが、何年も遅れて予言の事実を知ったのはその為だという。
そもそも、イーシュトールが眠りにつくためにリグナ・オルムガに降臨するのが、かっきり百年に一度というのではなく、おおよそで九十年から百年に一度であるという不確かさがまず前提としてあった。さらには眠る期間が短くても数年、長い時には十年以上に及ぶこともあってまちまちな為に、その期間を合わせると一連の儀式が行われるのは「およそ百年に一度」と言い表すことが多い。
つまり、予知の異能なくして月精が誕生する正確な年月日を事前に把握するのは難しいのだった。
……まあ、それはそうとして。
「ところで、十年前のことでひとつ、疑問があるのですが」
「うん、何かな」
「ダードウィンのことです。そんなに大事に隠しておいた月精が襲われたのに、あの時は俺が知る限り一度も姿を見せなかった。ジオルグが……、閣下が駆けつけてくださらなかったら、おそらく俺の命はあの襲撃時に終わっていました」
ああ、とリーヴェルトは何故か晴れやかな笑顔になった。悪戯者の食えない子供のような顔だ。
「それには勿論、大変な理由があるよ。今のこの状況を生んだ最大の要因でもあるし、アレの沽券に大いに関わる話でもある」
まあそのあたりのことは、事が落ち着いたら宰相閣下にでも訊ねてみるといい、とリーヴェルトが含みのある口調で言った時、
「うわッ、何だ──?」
森が開けたところまで先に行っていたセオの声が響き渡った。
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