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第十一章 セラザからの迎え

87. 小径で

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    * * *


 セラザの領主館に通じる転移装置は、その敷地内にある広大な原生林の中にあった。
 かししいの木が中心の原始の森。時折、杉やもみなどに似た大高木がまるでドームの天井のように重なる常緑の枝葉を突き抜け、真っ直ぐに上へと伸びている。

「ここは……」

 大きな樫の木の幹から外に出ると、セオがおそるおそるといった風に辺りを見回す。

「すごい魔素だ……。まさか、『昏迷の森オルラント』?」

 いいや、とリーヴェルトは否定する。

「我が領主館の敷地内にある森だよ。精霊種の郷ではないが、一応私の許可無しでの狩猟や伐採は禁止している。だから魔素も濃いのだろう」

 リーヴェルトについて少し歩くと、振り返って見てもどの木が『扉』だったのかまるでわからなくなっていた。
 ふと隣りを歩くカイルを見ると、彼も俺と同じことを試したようで、紫水晶アメジストの瞳が俺を見てきらりと瞬いた。

ようだ。隠蔽の魔法をかけるのにこういう森はうってつけの場所だな」

 足元でもぞりと気配が動く。ルトが頭を上半分だけ出して、瑠璃色の目でキョロキョロと周囲を見回していた。出てきてもいいよと促すと、山猫サイズで影の中から飛び出してくる。

(『扉』の見当はついたか?)
(……ウン。でも『鍵』が無イと開ケラレナイ。)
(それはそうだろうな)

 ルト君! とカイルが嬉しそうに声を上げる。ルトも短いしっぽをお愛想程度に一振りしてみせた。やあ、という挨拶だろうか。

「あ、!」

 セオもルトに気づいて指を差した。カイルが首を傾げる。

「影猫?」
「だってそいつ猫だろ、どう見ても。影形カゲナリなんて呼ぶよりよっぽどうまく言い表してると思うけど」
「でもルトっていう名前があるんですよ」
「じゃあ、影猫のルトで」
「いいな、それ。ぴったりだ」

 妙なことで意気投合した彼らを余所に、ルトは本物の猫のように鼻をひくひくと動かしながら辺りを見回し、時折風が吹いてくると目を閉じてしっぽをぴんと立てたりした。
 この森の魔素がとても気に入ったのだろう。そういえばルトも、さっき神殿で魔力をたくさん消耗したはずだった。
 俺は声に出してルトに話しかけた。

「ルト。しばらくこの森で自由に行動していていいよ。何かあったらすぐに召喚ぶから」
(ウン。分カッタ。)

 ルトは短いしっぽを立ててピコピコと左右に振りながら、梢の間から聞こえてくる鳥の囀りに誘われるように道の脇へと逸れて行った。
 ご機嫌だなと思いながらその後ろ姿を見送っていると、リーヴェルトが俺の傍に寄ってきて囁いた。

「魔力酔いはしてないか? 神殿で、黒月の連中とやりあったばかりだろう?」
「はい、大丈夫です。神殿で回復魔法をかけてもらいましたし、あとはこの森の魔素で充分回復出来そうです」
「それは良かった。さっき君の影形カゲナリも喜んでいたな」

 誰が見てもそうとわかるほど、浮かれて見えていたらしい。

「彼にとってもここは故郷のようなものだ。懐かしいのかもしれないな」
「故郷、ですか?」

 俺が尋ね返すと、リーヴェルトは意味ありげな眼差しで頷いた。

「……だとしたら、ルトには記憶があるのでしょうか。昔の……、月精ラエルと共にいた頃の記憶が」
「さあ。訊いてみたことはあるかい?」
「いいえ」
「そうか。それで、?」

 俺は思わず足を止めた。リーヴェルトも。
 セオとカイルは気づいた様子もなく、俺たちの先を行きながら魔法談議に花を咲かせている。
 このまま木立の間を貫くように造られた小径をまっすぐ行くだけだと教えられたので、はぐれたり迷ったりする心配はなかった。
 彼らとの距離を少し開けてから、俺たちは再び歩き出す。
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