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第十一章 セラザからの迎え

82. 竜の山

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 リグナ・オルムガ。大陸の古い言葉で『竜の山』という意味だ。
 そして、その頂にあるのがリグナ・マーシャ。およそ百年に一度、至天の竜ハイ・ドラゴンが眠りにつくために降りてくる竜を祀る祭壇リグナ・マーシャだ。今は、その山頂全体が虹色の光を放つ竜雲と呼ばれる美しい雲に覆われている。
 至天の竜ハイ・ドラゴンがそこに降臨している証だった。
 その辺り一帯には竜種と竜を祀る祭壇リグナ・マーシャの祭司、つまりジオルグによる強力な結界が常に張られていて、余人が立入ることは一切許されない。
 ただし、竜が降臨した満月の日から初めての新月の夜だけは別だ。その夜、リグナ・オルムガの山頂には魔竜が襲来する。その呪われた存在を追い払い、今にも眠りにつかんとする竜種を守るのがこの世界に召喚された聖女と月精の役割だとされてきた。
 ……少なくとも、八回目までは確かにそうだったはずなのだが。

 リグナ・オルムガの中腹にある聖竜神殿前の広場。石の大階段、その最上段に転移装置の改修を待っている俺とセオは、竜雲に覆われた山頂を見るとはなしに眺めながら、並んで腰を下ろしていた。
 セオを公爵家の令息と知った神官が恐縮し、彼を客人として中に案内しようとしたのだが、セオは外で風に当たりたいからと言って丁重にそれを断った。
 俺は、ゼフェウスと一緒に神殿に来てからのことをセオに話した。
 そして、とうに現身うつしみを喪っていた彼女の正体を。呪われることで、いや魔竜の呪いを自ら進んで身に宿すことで『魔女』として生まれ変わっていたその命を、俺が解呪することで否応なしに終わらせたことも。

「なんだあの女。……最期は案外、呆気なかったな」

 あの檄文の内容を聞いた時から、なんとなくその予感はあったのだとセオは語った。
 セラザに魔竜が現れたと聞いたときからずっと、何かがおかしいと感じていたのだとも。
 だからセオは、ここに自分の目で確かめに来たのだ。

「しかも、よりにもよって純血の竜人種とか。父上が聞いたら絶対に憤死する。大っ嫌いだからな」

 そういえば、生まれながらにして魔力量が少なかったスタウゼン公爵は、魔法に対してただでさえ根深い劣等感があった上に、望んでいた宰相位までジオルグに奪われていた。実際、大嫌いどころでは到底おさまらない感情だろう。

「セオは気づいてなかったんですか? 公爵夫人が竜人種だったということに」

 俺は、あの竜人種特有の見事な銀髪を思い出しながら言った。

「うん、まあ、あの魔力量だからな。僕たちみたいに古代種の血は混ざってるんだろうとは思ってたけど。なんせ外見は父上好みの金髪碧眼で、常に帝国風の身なりをしてたからな」

 敵ながらうまく化けてたもんだと、セオは皮肉げに笑った。
 なるほど。彼女はかなり念入りな下準備をした上で、明確な意図を持ってスタウゼン公爵に近づいたようだ。

「じゃあ、この石については何か?」

 俺は胸ポケットから、青くて丸い石を取り出してセオに見せてみた。

「それは?」
「公爵夫人……いえ、コリーンが、神殿の地下に取りに来たモノです。昨日話した例の月精ラエルの像の頭部に埋めてありました」

 俺はあの女を斃したあと、女神の首を持って逃走しようとしていた黒衣の男の身柄もルトと共に押さえ、ようやく地下まで駆けつけてきた聖竜騎士団に引き渡した。
 中に埋められていた青い石は、男から取り上げた月精ラエルの頭部を腕に抱いた途端、何故かするりと俺の掌の上に転げ出てきたのだ。

「ああ、それで『女神の首を奪え』か」

 そう言って、セオは何故か俺の目をじっと見つめた。

「何ですか?」
「お前の瞳の色だな、と思った。半分かたわれの石だよな、それ」

 そう言われて、俺は手の中にあるその石をじっと見下ろした。
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