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第十一章 セラザからの迎え
90. ジオルグの無謀 ②
しおりを挟む「砦ごとなんて……、そんな馬鹿な。無茶苦茶だ!」
セオが叫ぶのも、もっともだった。己一人を運ぶ転移魔法でさえ、魔法士の中でも行使できる者はほんの一握りしかいない。かつてジオルグが王宮内で俺を含む複数人を連れて一気に王太子の部屋まで跳んだのも、今思えばとんでもない大魔法だった。
──それを、砦の中にいる者たちも含めて、建物ごと跳んだ?
いくらなんでもありえなさすぎて、事実に対する理解が追いつかない。
「転移魔法と同時に宰相閣下が展開した防御結界は、我が領主館の森にまで及ぶものだった。おかげでこのあたり一帯は爆風にも巻き込まれず、火の海になることからも免れた」
想定外の魔竜の出現に、そしてその規格外の魔力を前にして、果たしてラドモンドの結界石だけではここまで完璧に守りきれたかどうか、とリーヴェルトも感じ入ったように話す。
砦にいた者たちの命だけではなく、ジオルグが救った動植物の生命は無数だった。
それでもセラザの地全体としては、たった一晩の魔竜の暴虐で各地に手痛いダメージを受けてしまったのだが。
そして、それまで砦があった場所には魔竜が吐き出した火焔の塊が落ちて爆発し、直下の地面はその爆発によって大きく抉られ、焼け爛れた大きな穴がぽっかり口を開けているという。
「ま、あれが火事場の馬鹿力ってヤツかねぇ」
と、今更真顔になってルシアはしみじみと言った。
結界を張るだけでは、おそらく砦の中にいた全員が焼け死んでいたと、そんな恐ろしい事実を平然と付け加える。
俺はどうにか我に返ると、改めて周囲を見渡した。互いに声を掛け合いながら、賑やかに瓦礫を運び出す人足たちの作業にはどこか長閑ささえ漂っていて、どう見ても人命救助をしているような緊迫感はなく。念の為にと気配を探ってみるが、瓦礫の下に人が埋もれている様子もなかった。
カイルも同じ結論に達したようで、俺たちは顔を見合わせて頷く。
その様子に目ざとく気づいたルシアが、切れ上がった目元を僅かに緩ませながら言った。
「砦が崩壊れたのは、この場所に転移した後だ。俺たちを含め、中にいた連中はすぐ外に飛び出して退避した。全員が出るまで結界がもたなくて、何人か怪我人は出ちまったんだが、それもたいした傷じゃねえしな。なんといってもその転移のおかげで皆、命拾いをした。……ジオの奴はいっとき、深刻な魔力不足に陥ったけどな」
治癒魔法師たちが一晩中、回復魔法をかけ続けてくれたらしいが、俺がロームの市街地で倒れた時と状況は同じだった。ジオルグの元々の魔力量が膨大すぎて、ほとんど焼け石に水といった状態だったのだ。
さっき通ってきた森もそうだったが、セラザもカルヴァラと同様に魔素が強い地域ではある。ただし、場所ごとに魔素にも特性があるのか、精霊種にとってはまさに天恵となるこの地の魔素も、純血の竜人種であるジオルグにはあまり滋養にならなかったらしい。
それでも徐々に回復はしているようだと教えられ、俺は胸を撫で下ろした。
──確か、ルーも言っていた。竜人種は、他種族との魔力譲渡がかなり難しい種族だと。
神殿での、公爵夫人の悍ましい行為もけっして許容はしたくないがそれで頷ける。
魔竜の呪いに魂魄まで侵され、蝕まれた身ではあっても、どうしてもかつての自分と同じ竜人種の魔力が必要だったのだろう。
「まあ、そんなわけで我々は、宰相閣下に大きな借りを作ってしまった形でね。それで彼に言われるがまま、君やヒースゲイルにも本当のことを告げることができなかった」
申し訳なかった、と言われて俺は小さくかぶりを振る。
「いいえ……どうか、謝らないでください。俺の方こそ、そんな事情があるとは知らず……」
──ジオルグは、魔竜と戦ったわけじゃなかった。
彼自身、いきなり空から襲ってきた相手が魔竜かどうか、咄嗟には判別がつきかねたのだろう。故に砦ごと退避することを選んだ。常軌を逸した判断だったが、彼の魔力量ならぎりぎりでそれが可能だと踏んだのだ……。
俺がセラザに来ることがないよう宰相府の部下たちにまで言い含めて嘘をついたのは、この地が未だ魔竜の脅威に晒されているからなのか、それとも……。
暗い思考に嵌りかけていた俺の肩に、カイルがそっと促すように手を置いた。
「シリル……」
セオも何か言いたげな顔をしたが、カイルに目配せをされて黙った。
俺は弱気を払うように顔を上げ、リーヴェルトの前に出る。
「ラドモンド卿。今すぐ、宰相閣下に会わせて頂けますか」
リーヴェルトは艶やかに微笑んだ。
「無論だ。すぐに案内させよう」
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