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第十一章 セラザからの迎え
83. 半分(かたわれ)の石
しおりを挟む「半分の石。呪い石、ですよね? この国では古くからあると言われている、その……」
確か、ヒースゲイルが説明してくれた。特別な術式をかけられた石を半分に分かち、それぞれを縁のある者同士が持ち合って、離れた場所にいる相手の状態を互いに教え合うための石だと。
「シリルの石は、今は色が黒く変わってしまってるけど、同じ色だよな」
「え? ああ、そういえば」
俺は、朝よりは少しマシになってきているものの、今は薄く黒ずんでしまっているサークレットの石を手で押さえた。
確かに。特に気にしていなかったが、像の頭部にあったこの石は、俺のサークレットの石の元の色と同じ少し深い青。瑠璃色だった。
「でも、それはお前の石じゃない。……死んだ月精にその石を贈ろうとしていたわけか」
「……誰が?」
セオは俺を見て目を眇めた。
「お前、多分わかってないな。その呪い石はな。恋人同士の場合は、騎士が愛する姫君にその瞳の色と同じ色かそれに近い色の石を贈るんだ」
騎士が姫君に、その瞳の色の石を……?
ああ、つまりこれは王国流の比喩なのだろう。一般的に、男性側から愛する女性に向けてその瞳と同じ色の高価な呪い石を贈るという風習がまずあって。
しかし、男性同士や女性同士でも恋愛関係は成立し得る。この石を贈る相手が例え同性であったとしても、騎士と姫君の関係性は適用されるのだと、それは俺にも理解できた。
──だからジオルグも、『騎士』として俺に瑠璃色の 呪い石がついたサークレットを贈ってくれた……?
本当にセオの言う通りだと思う。俺は無知で、大事なことは何ひとつわかっていなかった。
「誰かが愛する月精にこの石を贈ろうとして。でもその前に、月精は死んでしまった、から?」
──ユリウス殿下、とあの女は何度もその名を口にしていた。
八回目の時に、聖女と婚約を交わしていながらも、月精のことを愛していたという王太子のことだろう。彼が、恋をした月精にその瞳と同じ色の石を贈ろうとしたのだとして……。
「それを何故、コリーンが欲しがるんです?」
「お前から地下であったことを聞いた限りじゃあ、あの女はそのユリウス殿下ってのに惚れてたんだろう? だからじゃないか?」
「でも、この石は月精に贈られたのでしょう?」
「だと思う。でも、あの女のことだから。それは自分の物だと勘違いをしていた可能性がある」
「え?」
まさか、と思いかけた俺はコリーンの目の色を思い出す。星月夜を思わせる、明るい闇の色を。
「青、と言えなくもない、けど。でも……」
……コリーンの瞳は、色が深すぎる。勘違いするにしても、さすがにそれは少し苦しいのではと混乱しかける俺とは対照的に、セオはさらに淡々と自らの見解を語る。
「例え揺るぎない事実があるにせよ。その石は自分の目の色だと思いたかったんじゃないか? 他の女、ましてや自分の敵である月精のものだなんて、絶対に認めたくなかった」
……そういうこと、だったのだろうか。
魔竜に魔力のほとんどを喰われていたせいで、最後の最後は狂ってしまっていたにしても。
何らかの手法でユリウス殿下からこの石を奪い、月精の像の頭部に隠した時点で、本当はそれが誰の為のものであるかはわかっていたはずだった。
そして、己の本懐を遂げる時が来た日にこそ、その憎き存在の像を破壊し、この石を取り戻すのだと心に決めていた。……狂いはしても、その誓いだけはきっと覚えていた。
「なるほど……。今となってはもう、確かめる術はありませんが。一応、それで説明はつきそうです」
「うん、それとさ……」
と、セオは瞳を翳らせて言った。ついでに余計なことを言わせてもらうけど、と前置きをして。
「ある意味、あの女は復讐をしていたんだと思う。かつての自分の境遇に対して、呪わしい気持ちがあったんだ。だから王太子の許嫁を……わざわざティナを選んで、執拗にいたぶった」
そういうことだったのか。でも、彼女の最終的な標的は、オリーゼじゃなくてセオだった。エドアルド王太子が自ら婚約者として選んだのが、当時それなりの事情があって、オリーゼに成り済ましていたセオであったことがわかったからだろう。
ようやく、コリーンが今のタイミングで神殿を襲った『動機』がわかった。さっき、神官長と少しだけ話した時には見えてこなかった『点』を、セオが補ってくれたからだ。
その代わり、神官長は俺に八回目の事についての全ての謎の答えともなり得る大事な物を託してくれていた。俺は今からそれを持って、ジオルグのいるセラザに向かう。
いよいよ俺は、この世界に転生してきた自分の『運命』と向き合うときが来たのだと感じていた。
コリーンが言い放ったように、月精──いや、俺が。竜種や竜人種にとって──『世界』にとって真実、敵であるのか否かを彼に対して直接問う時が。
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