上 下
89 / 105
第十一章 セラザからの迎え

83. 半分(かたわれ)の石

しおりを挟む

半分かたわれの石。まじない石、ですよね? この国では古くからあると言われている、その……」

 確か、ヒースゲイルが説明してくれた。特別な術式をかけられた石を半分に分かち、それぞれを縁のある者同士が持ち合って、離れた場所にいる相手の状態を互いに教え合うための石だと。

「シリルの石は、今は色が黒く変わってしまってるけど、同じ色だよな」
「え? ああ、そういえば」

 俺は、朝よりは少しマシになってきているものの、今は薄く黒ずんでしまっているサークレットの石を手で押さえた。
 確かに。特に気にしていなかったが、像の頭部にあったこの石は、俺のサークレットの石の元の色と同じ少し深い青。だった。

「でも、それはお前の石じゃない。……死んだ月精ラエルにその石を贈ろうとしていたわけか」
「……誰が?」

 セオは俺を見て目を眇めた。

「お前、多分わかってないな。そのまじない石はな。は、騎士が愛する姫君にその瞳の色と同じ色かそれに近い色の石を贈るんだ」

 騎士が姫君に、その瞳の色の石を……?
 ああ、つまりこれは王国流の比喩なのだろう。一般的に、男性側から愛する女性に向けてその瞳と同じ色の高価なまじない石を贈るという風習がまずあって。
 しかし、男性同士や女性同士でも恋愛関係は成立し得る。この石を贈る相手が例え同性であったとしても、は適用されるのだと、それは俺にも理解できた。

 ──だからジオルグも、『騎士』として俺に瑠璃色の まじない石がついたサークレットを贈ってくれた……?

 本当にセオの言う通りだと思う。俺は無知で、大事なことは何ひとつわかっていなかった。

「誰かが愛する月精ラエルにこの石を贈ろうとして。でもその前に、月精ラエルは死んでしまった、から?」

 ──ユリウス殿下、とあの女は何度もその名を口にしていた。

 八回目の時に、聖女と婚約を交わしていながらも、月精のことを愛していたという王太子のことだろう。彼が、恋をした月精ラエルにその瞳と同じ色の石を贈ろうとしたのだとして……。

「それを何故、コリーンが欲しがるんです?」
「お前から地下であったことを聞いた限りじゃあ、あの女はそのユリウス殿下ってのに惚れてたんだろう? だからじゃないか?」
「でも、この石は月精ラエルに贈られたのでしょう?」
「だと思う。でも、あの女のことだから。それは
「え?」

 まさか、と思いかけた俺はコリーンの目の色を思い出す。星月夜を思わせる、明るい闇の色を。

「青、と言えなくもない、けど。でも……」

 ……コリーンの瞳は、色が深すぎる。勘違いするにしても、さすがにそれは少し苦しいのではと混乱しかける俺とは対照的に、セオはさらに淡々と自らの見解を語る。

「例え揺るぎない事実があるにせよ。その石は自分の目の色だと思いたかったんじゃないか? 他の女、ましてや自分の敵である月精のものだなんて、絶対に認めたくなかった」

 ……そういうこと、だったのだろうか。
 魔竜に魔力のほとんどを喰われていたせいで、最後の最後は狂ってしまっていたにしても。
 何らかの手法でユリウス殿下からこの石を奪い、月精ラエルの像の頭部に隠した時点で、本当はそれが誰の為のものであるかはわかっていたはずだった。
 そして、己の本懐を遂げる時が来た日にこそ、その憎き存在の像を破壊し、この石を取り戻すのだと心に決めていた。……狂いはしても、その誓いだけはきっと覚えていた。

「なるほど……。今となってはもう、確かめる術はありませんが。一応、それで説明はつきそうです」
「うん、それとさ……」

 と、セオは瞳を翳らせて言った。ついでに余計なことを言わせてもらうけど、と前置きをして。

「ある意味、あの女は復讐をしていたんだと思う。かつての自分の境遇に対して、呪わしい気持ちがあったんだ。だからを……わざわざティナを選んで、執拗にいたぶった」

 そういうことだったのか。でも、彼女の最終的な標的は、オリーゼじゃなくてセオだった。エドアルド王太子が自ら婚約者として選んだのが、当時それなりの事情があって、オリーゼに成り済ましていたセオであったことがわかったからだろう。
 ようやく、コリーンが今のタイミングで神殿を襲った『』がわかった。さっき、神官長と少しだけ話した時には見えてこなかった『点』を、セオが補ってくれたからだ。
 その代わり、神官長は俺に八回目の事についての全ての謎の答えともなり得る大事な物を託してくれていた。俺は今からそれを持って、ジオルグのいるセラザに向かう。
 いよいよ俺は、この世界に転生してきた自分の『運命』と向き合うときが来たのだと感じていた。
 コリーンが言い放ったように、月精ラエル──いや、俺が。竜種や竜人種にとって──『』にとって真実、敵であるのか否かをに対して直接問う時が。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

悪役令息の死ぬ前に

ゆるり
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

処理中です...