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第七章 悪役令嬢の秘密
58. オリーゼの話
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オリーゼ・クリスティナ・スタウゼンは、今から十九年前にパノン王国の大貴族、アルバの領主スタウゼン公爵の娘として生まれた。
スタウゼン家の当主は代々、世襲貴族から選出される貴族院議会の有力な議員であり、オリーゼの父ギヨームも、若くして爵位を継いだ後は順当に議員に選出されて政界入りを果たしている。
ギヨームは当時から非常に押し出しが良く、年に見合わぬほどの辣腕ぶりで知られた人物だった。その一方で漁色家としても名を馳せており、正妻以外にも身分を問わず多くの女性と関係を持ったそうだが、なぜか彼の子を身篭ったのはただ一人、精霊種の血を引く美しい娘で、しかも彼女が産み落としたのは男女の双子だった。
オリーゼの双子の兄の名は、セオデリク・アシュリー・スタウゼン。母に似て潔癖な性質の彼は父親を忌み嫌っており、十歳で王立学術院の騎士・魔法士養成学科に入学して寄宿舎に入ってからは、父親がいる屋敷には滅多に寄り付かなくなってしまった。その四年後には首席で卒業し、現在は魔術都市アーマに遊学しているらしい。
そして、双子の母親は……出産直後に亡くなっていた。ギヨームから双子の養育を任された正妻は、幼い彼らが自分にはない比類なき美しさと高い魔力を持っていることに耐えきれず、夫に離縁を申し出るなり、実家の領地へと帰って行ってしまった。
それでもギヨームの放蕩は一向に直らず、そこに多忙な政務の時間も併せると、我が子らがいる屋敷に留まる時間はほとんどなかった。
兄のセオデリクが王立学術院の寄宿舎に入るのと同時に、オリーゼも同じく学術院の女子科に通い始めた頃(女子科は全寮制ではなく、家が遠方にある者以外の寄宿舎は設けられていない)……、突然父のギヨームが再婚を発表する。
相手は、その少し前からオリーゼの養育係兼家庭教師としてスタウゼン家に雇われていたテシリア出身の女で、名前はメリジェンヌ・ディ・リングス。そのときギヨームは、国境線上での諍いが絶えない隣国との関係改善を訴えて議会の支持を集め、念願だった外務卿の座に就いたばかりだった。
オリーゼの人生における最初の大きな転機は、その三年前。彼女が七歳のときに、八歳年上の王太子の婚約者候補に選ばれたことだった。
……その頃の彼女は、自分が目立つことをひどく嫌う大人しい性格だったという。
娘が早々にエドアルド王太子の婚約者に内定しかけていたということもあってか──これはあくまでもスタウゼン側の派閥の言い分ではあるが──、当時のギヨームは次期宰相の呼び声も高かったそうだ。
しかし八年前、現国王シャルム二世が次の宰相に任命したのは、竜を祀る祭壇の祭司であり、竜人種の長でもあるカルヴァラ大公ジオルグ・ジルヴァイン・ロートバルだった。
失意のためか、或いはそれまでの度を越した放蕩ぶりが祟った所為なのか、ギヨームは次第に心身を弱らせていき、やがてはベッドから起き上がることもままならなくなってしまった。
* * *
昼時になったら迎えに来ると言っていた宰相閣下は、急遽外せない予定が入ったらしく、代わりにルーの部屋まで俺を迎えに現れたのは、護衛師団副師団長のカイル・ユーディだった。
カイルは私服姿の俺を見て一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにその涼しげな顔立ちを緩ませた。
「おや、一体どこのお貴族様かと思ったよ。良いね、とてもよく似合っている」
「ありがとうございます。……でも俺は、騎士装束のカイルさんが羨ましいです」
「ん? どうしてさ」
「いえ、なんというか……、もっと気を引き締めていたくて」
今の俺の居心地の悪さをなんとなく察しているだろうに、カイルはふふ、と小さく笑ってそれを受け流す。
そのまま屋敷まで送ってくれようとしたカイルに、まだ王宮での用事が残っていると言うと、なら護衛師団の詰所で一緒に昼食を食べようと誘われた。護衛師団本部に行くなとは言われたが、詰所に行くなとは言われていないので、俺は誘われるままにそこに向かうことにした。
護衛師団の詰所は、実は広い王宮内のあちこちにあるのだが、俺たちが向かったのはその中でも一番大きな部屋……、食堂を兼ねた広い談話室のようなところで、そこでカイルと一緒に王宮の厨房から大型のワゴンで運ばれてくる昼食──今日のメイン料理はコールドポークと、魚介の白ワイン煮込みだった──を摂ることにする。
宰相府で出される昼食も、ここと同じメニューなのだろうか。あそこは皆が忙しいから、もっと簡単に食べられる軽いものが出るのかもしれない。ジオルグの場合は特に、会食以外の食事の時間は惜しむようで、屋敷のシェフが作ったサンドイッチを持参して済ませることもあるらしい……。向かいあった席で食事しながら、とりとめもなくそんな話をしていると、フォークで白身魚を口に運ぼうとしていたカイルが、ふと少し考えるように間を空けてから、
「今は重要な会議中だから、食事にありつけるのがいつになるかわからないな。もしも昼食付きなら、いつもよりは豪華かもしれない。……食べる余裕があるかどうかは別にして」
聞けば、王太子とジオルグは今、国務卿、軍務卿、外務卿、法務卿、それから王立第一及び第二騎士団それぞれの幹部と王宮護衛師団長のジスティらを招集して、緊急の会合を開いているのだとか。
「……王立騎士団ということは、もしかして例の魔法石のことで、ですか?」
ついさっき、ルーの部屋で聞いた話を思い出して言うと、
「うん、まあ、他にも色々とね。というか、主な議題は多分魔竜討伐についてかな。もう何年も前から準備をしてきて、今は各所でその最終の調整をしているところに、あの石の騒ぎで君が倒れたものだからさ。聖竜騎士団の団長は、宰相閣下にかなり締め上げられたらしいよ」
「待ってください。あの魔法石と魔竜とが関連している……? というのは一体どこから? 賊はスタウゼン邸に逃げ込んだはずでは? それにあの呪いは……」
現時点で、魔竜の介入であるというその確信があるのは、俺とルーだけのはずなのに。
すると、カイルは眼鏡をくいと指で押し上げてから、あのね……、と呆れたように言った。
「今の時期に聖女や月精の周りに何かあれば、まず第一にそこを疑うのは当然だろう? もし仮に、こちらの魔竜討伐の騒ぎに乗じた帝国の仕業だとしても、根っこは同じものだ。もしかしたら、帝国は何らかの方法ですでに魔竜とも繋がっているのかもしれない。大袈裟ではなく、それぐらいのことは我々も……いや、宰相閣下は本気でお考えになっている」
「では、オリーゼ嬢とあの魔法石の関係は……」
「純然たるスタウゼン家の裏切り、という線もなくはないだろうが、当の公爵が仮病を使っているのでもない限り、単純に考えるなら帝国か、魔竜か。それかその両方に利用されている可能性が高いと思う」
……そういった話の流れから、俺は改めてオリーゼについてのプロフィールをカイルに教えてもらうことにした。カイルは学術院時代からの王太子の親友でもあるので、憶測や偏見に左右されない程度には、彼女の家庭の事情を知っているのではと思ったのだ。
結果、ゲームシナリオとの決定的な差異は、やはりこの二点だった。スタウゼン公爵が病に倒れたことと、メリジェンヌという名の女の存在。
「……宰相に任命されなかったその翌年あたりから、かつて飛ぶ鳥を落とす勢いだったスタウゼン公爵の凋落が始まったと言われている。あんなに欲していた外務卿の座も自ら辞したぐらいだ。彼の病気はきっと本物だろう。今じゃ軍務卿のコーゼル閣下の元腹心が外務卿に就任していて、国の外交は実質、帝国には手厳しい王室寄りだという向きもあるにはある」
「非常にわかりやすい解説をして頂き、ありがとうございます」
「いやいや、君の飲み込みの早さと解釈の正確さがあってこそだよ。こちらも話しやすくて助かる」
「ちなみに、そのコーゼル閣下というのは、もしかして」
「ああ、軍務卿は俺の親父殿だよ、シリル」
不意に背後から、長い腕で肩を抱き込まれる。
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