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第四章 お披露目、そして開幕
30. 姿なき援護者
しおりを挟む明るく澄んだ空を思わせる青い瞳に、まだ少し不安げな色が滲んでいる。
我ながら柄じゃないなとは思いつつ、俺は安心させるように微笑み、問いかけた。
「アイリーネ様、その石に触れたとき、何か声などは聞こえてきませんでしたか?」
「え……声、ですか?」
アイリーネはきょと、と目を瞬かせる。
「いいえ、何も聞いていません」
「そうですか」
現実においては、どのような形で選択肢が提示され、またそれらの中からどうやって答えを選択させられるのか、それが知りたかったのだが。
「では、アイリーネ様ご自身が何かを望まれたり、あるいは念じられたりはしていませんか? 例えば、今いるこの場以外の別の場所へ行きたい、とか」
さらに踏みこんで問うと、アイリーネはハッと目を見開き、驚いたように俺を見た。
「あの、望んだというか……、あそこにいるだけでとても怖かったので、お祈りを……、どうか助けてください女神様って……」
「女神……?」
「は、はい、そうです……」
そう言って、何故かアイリーネはひどく恥ずかしそうに顔を赤くして俯き、口をつぐんでしまう。
──女神というのは、創世の女神レンドラのことか?
まだこの世界にやって来て間もない彼女が縋るほどの存在だとは思えないが、何にせよ転移魔法が発動した引き金はおそらくそれだ。ただ、それでなぜこの部屋に飛ばされてきたのか、その理由がよくわからない。
ちなみにゲームでは、初対面である公爵令嬢の傍若無人な立ち居振る舞いに、思わず現実逃避を図りたくなった聖女が、いつの間にか手元に現れていた青い石の存在に気づいて触れたところで、初回プレイのときだったら確かこういった感じの選択肢が表れる。
『この場を離れて今すぐどこかに行けるとしたら、どこへ行きたい?』
一、豪華な家具がある部屋
二、天気が良い広い馬場
一を選べば、執務室にいる王太子のもとに、二を選べば、王宮内にある馬場で乗馬中の王宮護衛師団長のもとにそれぞれ転移する。
この世界が初回のシナリオに沿っているのなら、聖女はエドアルドか、あるいはジスティの元に現れなければならないはずだが、今は二人ともが迎賓館の方に向かっていて、つまりは隣の執務室にも、護衛師団の馬場にも彼らは存在しない。
──ここでもゲームの世界と、現実との間に齟齬が発生している……。
そして、初回以降になるとさらに選択肢は増え、最終的には隠れ攻略キャラクター以外、全員の居場所が出揃う。
三、本がたくさん並ぶ秘密の部屋
四、綺麗な花々が咲く噴水のある広場
周回プレイで三番目の場所を選んだときにようやく、聖女の部屋に石を送り込んだ人物の正体が判明する。
だが当然ながら石の話を聞いたときから、俺もこの騒動の犯人が誰なのかはわかっていた。
「サファイン殿下、ですね」
「ああ間違いない」
最初からそうとわかっていたはずのジオルグが、真顔で大きく頷いてくれる。
「使い切りとはいえ、魔法石にわざわざ転移魔法の術式を組み込むなど……、相変わらず奇矯なことをなさるお方だ」
第二王子、サファイン・ルーヴェ・パノリア。
エドアルドの異母弟にあたる彼は、母親がとある精霊種の王の娘であるという、王家の中でもひときわ異彩を放つ存在である。
このときの魔法石は、魔法が発動した瞬間に跡形もなく消滅してしまうので、証拠は何も残らないのだが、竜人種のジオルグと同等、いやそれ以上の魔法を行使できる人物は、この王宮内において、彼以外には存在しないのだった。
「とりあえず今、カイルにその所在を確認してもらっているが、おそらくサファイン殿下の部屋はもぬけの殻だろうな」
「……そんな」
ジオルグもカイルも、ともに無駄足であるとは承知の上なのだろうが。
「事情を伺おうにもあの殿下のことだ。きっとアイリーネ殿のお披露目にすらお出ましにはならないだろう。やれやれ、骨が折れる……」
まあ、残念ながら、シナリオ通りであるならそれはそのとおりだった。
サファインは、自身の攻略ルート以外ではとことん出惜しむタイプなので、初回プレイとなるとほとんどその姿を見ることはできない。
そうこうするうちに、侍従が部屋の用意が整ったことを知らせにくる。そろそろお披露目の時間が迫っているため、それなりの支度が必要なアイリーネは、迎えに来た侍女たちに慌ただしく連れて行かれてしまう。
アイリーネと入れ違いになっていたエドアルドからも、聖女の世話係のハンナと、何故かオリーゼも連れて直ぐに戻るという魔導通信が入ったそうだ。
「……そういえば」
お披露目の前に一度宰相府に戻るというジオルグをその途中まで送るべく、連れ立って廊下を歩いていた俺は、思わず声に出していた。
「どうした」
「いえ。まあ、ちょっと気になることが」
「聞こうか」
ジオルグが穏やかに促してくる。
「サファイン殿下がいらっしゃるからかとも思いますが、王太子殿下はなぜ、聖女が召喚される前に公爵令嬢と婚約なさったのでしょうか?」
「ああ、八回目の時の話が気になっているのだな?」
「はい。七回目以降、王家の人間は聖女とは婚姻を結べていないのに」
「……さてな」
何か微妙なものを含ませた声音で、ジオルグは呟く。
「まったく。アイリーネ殿の『熱』がどこに向かっているかも知らず、呑気な事だ」
「父上?」
軽くため息まで吐かれ、驚いてその美貌を見上げる。
「それは駄目だ」
「え?」
「だからそれはもう駄目だと言っている」
「え? 何が……」
「官職名は公式の場ではまあ、仕方ないが……」
「はい?」
ジオルグは、金色の双眸でじっと射すくめるように俺を見ながら、厳かに言った。
「今日からは、いかなるときも私を『父上』と呼ぶのは禁止だ。いいな?」
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