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第四章 お披露目、そして開幕

28. はじまり、はじまり

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「アイリーネ殿、ゆっくり降ろしますのでどうか落ち着いて、体の力を抜いてください」

 ジオルグが瞬時に召喚した風竜エアの力で、落下する【聖女】の体を一旦空中に 浮遊うかせて持ち上げてから、風竜エアを制御し、ゆっくりと降下させていく。
 結界が解けたと同時に能力が戻ったのか、俺に抱えられていた毛玉は、ぴょんと床に飛び降りると、そのままぐにゃりと溶けるように形を崩して影の中に入っていった。何かブツブツ言っていたのは、ジオルグに対する恨み言だろうか。とりあえず、今は放っておくことにする。そのうちまたひょっこり出てくるだろう。
 俺の目の前に、身体を横にしたままふわふわとアイリーネが降りてくる。失礼しますと断りを入れ、両手を差し出す。いわゆる『お姫様抱っこ』で受け止めようすると、

「……シリル様っ!」
「──ッ!?」

 勢いよく首に抱きつかれて体がよろめく。傍にいたカイルの補助もあって、何とか倒れずにアイリーネを着地させることが出来たが、アイリーネは俺に強くしがみついたまま、大きくしゃくりあげた。

「ア、アイリーネ様?」
「良かった……、い、いきなり体が浮いて、それから落ちて……びっくりして……!」

 それは誰だって、あの高さからいきなり仰向けの状態で落ちれば驚くし怖いだろう。この部屋の天井は、日本の二階建て住居ぐらいなら余裕で入るぐらいの高さがある。

「アイリーネ様、もう大丈夫ですよ。ここは王太子殿下のお部屋です」
「……殿下の?」

 アイリーネは、ぽかんとした表情で俺を見つめてから、ようやくぎこちなくあたりを見回す。
 ゲームの公式設定では、アイリーネの年齢は確か十六歳だ。美しいが、まだあどけなさの残る顔には血の気が戻りきっていない。
 廷臣や貴族たちへのお披露目の時間まで、迎賓館ゲストハウスの一室で待機していたはずの彼女が一体どうしてこの部屋に転移してきたのか、肝心の本人でさえよくわかっていないようだ。
 そして、俺にもわからない。ジオルグは一人だけ思い当たる相手がいると言っていたが、まさかそれがアイリーネのはずはないだろう。

「わたし、どうして……?」
「我々もそれを知りたいのですが、まずはアイリーネ様が落ち着かれてからにしましょう」

 カイルが穏やかに言って、とりあえずこちらに、と椅子を引いて勧める。

「は、はい、ありがとうございます」

 アイリーネはまだかすかに震えが残る声で礼を言い、腰を下ろした。



「さっき殿下が出て行かれたのは、東庭園の迎賓館ゲストハウスにいる護衛師団員からの魔導通信が入ったからだ。ところが殿下が向かわれたあとに、アイリーネ殿がこちらに転移してこられた。どうやら完全に入れ違いになったようだな」
「迎賓館から? 一体何があったんです?」

 円卓の部屋にはまたワゴンを押した侍従と給仕たちがやってきて、ティーセット以外にも果実水(色的にはオレンジジュースに見える)が入った水差し、サンドイッチなどの軽食や、ドライフルーツ入りの焼き菓子がどっさり盛られた籠が置かれていく。
 はじめは少し硬さを見せていたアイリーネも、丁寧なもてなしをされているうちに気持ちが解れてきたのか、お菓子や果実水にも徐々に手を伸ばし始めた。
 その様子を見守りながら、俺は部屋の隅で宰相閣下と立ち話をしている。アイリーネがする直前、ジオルグは侍従に話を聞きに行っているので、ある程度の経緯は掴めているようだ。
 先にカイルに指示を与え、彼を何処いずこかへと走らせたジオルグは、聖女付きの俺にも事の次第を語ってくれている。

「それがだな……」

 眉間を寄せたジオルグが一旦口を噤む。もったいをつけるというよりは、口にするのも億劫だという感じだろうか。

「オリーゼ・クリスティナ・スタウゼンを知っているか」
「……王太子殿下の婚約者の方、ですよね」

 なんか似たようなやり取りをつい最近どこかでしたなと思いつつ、だし抜けなその問いに答える。
 あろうことか、このときの俺は肝心なことを失念していた。

「そうだ、そのオリーゼ嬢がな……。アイリーネ殿が休んでいた迎賓館に乗り込んできて、聖女に会わせろと迫ったらしい」
「……あ」

 ──そうか、しまった。

「どうした?」
「い、いえなんでもありません。それで?」
「護衛師団の者たちも一応は断ったらしいが、彼女曰く殿下のお許しは頂いていると。まあ、結局それで押し切られる形になってしまったようだ」
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