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第三章 聖女と月精
27. 仲間
しおりを挟む「今の話でおかしなところがあれば、言ってください。全部ただの憶測なので」
「八回目の魔竜退治については、誰が何を言ったところで憶測の域を出ないが、まあ君の話は一応、筋が通ってはいる。聖女と月精の役割ついてはこの場で話すつもりだったが、先に君が気がついてしまった」
「本当に?」
「本当だ。竜人種の禁忌についても、別に君が気に病む必要はない」
「……知らなかったから驚いたんです。心配したらいけませんか?」
「杞憂だと言っている。魔竜に直接手出しすることはできなくとも、君を守る手だてならいくらでもある。私も、君を一人で魔竜と戦わせるつもりは毛頭ないからな」
俺のささやかな挑発をあっさりいなした宰相閣下は、侍従と話してくると言って、一旦執務室の方へと出て行った。さっき出て行ったエドアルドのことが気にかかるのだろう。侍従を呼びつけるベルの音がこちらにも聞こえてくる。
「じゃあ、今回は君が魔竜と戦うんだな」
「ええ、そうですね」
カイルの言葉に、俺はぼんやりと頷いた。
──このまま魔竜の介入がなければ、おそらくは……。
そう考えたとき、またひとつ思いついてしまう。
──ゲームの中のシリルは、月精として覚醒出来なかった。だから、聖女が魔竜と戦わなければならなかった。
いや、違う……、あのゲームでは、最初から聖女自身が戦うものとされていた。
この世界でもそうだ。民のほとんどがおそらく月精を知らず、魔竜が現れるたび、聖女が戦って斃すものだと思っている。
俺自身も、はじめから月精という存在への違和感は強くあった。ゲームの中でのあの妙にとってつけたような不自然な扱い。そしてこの世界においてさえ、月精という存在に対する認知度はかなり低いものだとわかった。
それも、例の八回目が発端になったというわけではないだろう。……そう思わせたかった何者かの意図はあったにせよ。
おそらく、七回目も、六回目も、その前も、そのまた前でも、月精は……。
「そうか。なら俺も魔竜退治の一員に加えてくれ。至らないかもしれないが、出来得る限り俺も君を支えたい」
思いに耽りかけた俺の耳に、カイルの快活な声が響く。
「カイルさん……」
「なんだ、きょとんとして」
俺の顔を見てカイルが笑う。全開で笑うと可愛いなこの人と思いながら俺は小さく「でも」と言った。
「魔竜、は。とんでもなく強いですよきっと」
「まあそうだろうが、師団長もいるからな。あいつ……いや彼は相当強いぞ。なんたって【焔竜の剣】の使い手だ」
確かに。俺も現王宮護衛師団長の強さは知っている。ゲームのジスティルート(勿論グッドエンドだ)で魔竜にとどめを刺したのは、間違いなく彼だった。
戦闘能力という一点においては、おそらく王国最強の存在だろう。
カイルは、ゲーム内では所々でチラッと出てくる程度のキャラクターだったが、王宮護衛師団の副師団長という肩書きからしても、戦力としては申し分ない。
「ありがとう、ございます」
気の利いた言葉を何も思いつけず、ただ頭を下げてお礼を言った。誰かにこんなふうに言ってもらえるなんて思いもしなかったのだ。
「エド……殿下もきっと、師団長と俺が、月精である君に協力して共に魔竜を斃すことを望まれている。だから、俺たち二人もここに招かれたんだよ」
「では、父上だけじゃなく、殿下もご存知だったんですね」
「ああ、きっと……」
ふいに口をつぐみ、カイルはあたりを見回す。そのまま眼鏡を外してまたかけ直す。
そのときちらりと見えた彼の瞳の色にドキリとした。一瞬のことだったが、いつもは灰色がかった紫色という不思議な色合いの瞳が、鮮やかな紫水晶の色に見えたのだ。
「──何ッ!?」
カイルが鋭い声を上げる。
遅れて、俺も膨大な魔力を感知した。その途端、目には見えない波のようなものが襲いかかってくる。強烈な精神干渉魔法だ。
「シリルッ」
叱りつけるような厳しい声で呼ばれたときにはもう、俺は床に膝をついた体勢で誰かの腕の中にいた。
黒い毛玉が、俺の礼服の飾緒にしがみつくようにぶら下がって暴れている。たしたしたしっと蹴りつけてくるのを片手で抱きかかえてやってから、周囲の状況を見ようと顔を上げる。
「大丈夫か?」
彫像のように端正な顔がじっと見下ろしてくる。
「ジル……、様?」
「様?」
ジオルグの眉が片方だけぴくりと動く。
「……注文が多い」
「何か言ったか?」
「いえ何でもないです、ジル」
──何故か、今。目覚めて以来、初めて呼んでみたがなんだこれ思った以上にものすごい恥ずかしい!
敬称をつけるのが駄目なんだったら、俺にはこの呼び方は絶対に無理だ。だからとりあえずふだんは、俺の中では前世から呼んでいた通り。これまで通りにファーストネーム呼びで。もちろん本人に対しては父上もしくは閣下……まあ、特別に気が向いた時以外には。
……実際には揺れていないはずだが、部屋全体が激しく揺さぶられている感覚が続いている。逃げ場のない圧力が、まるで部屋全体を覆いつくしているようだった。
カイルが俺たちの傍らで干渉を和らげる結界を張ってくれているが、当人の酷い頭痛を堪えるような表情を見るに、あまり効果はないようだ。
ちなみに俺はまたもや平気である。元々魔力酔いしにくい体質なのだろう。空間がぐらぐら揺れている感覚が続く気味の悪さはあるが。
「これは、一体?」
「……さあ、な」
ジオルグは不機嫌な表情でため息を吐いた。
「いや、ひとつ思い当たったところだが……私の所為か、これは」
「あなたの?」
「転移魔法……。誰かがこの部屋の結界を外から破ろうとしている」
「……結界? あ!」
俺は、また飾緒の先にじゃれつこうとしている毛玉を見下ろす。
「この子が悪さをしないために、さっき張っていた結界ですか?」
「ああ。この部屋の中でのあらゆる魔法を禁じたからな……気の毒だが、カイルの防御結界も無効化されている」
「転移魔法は、この王宮内ではあなたと王族以外、使うことは許されていないんですよね?」
「そうだ。故に、思い当たるのは一人しかいない」
ジオルグは俺の腰に手を回したままで立ち上がり、口内で結界解除の呪文を唱える。すると俺たちの頭上、高い天井の近くでぽんっと何かが弾けるような音がして。
「きゃあっ!」
──え?
白い衣を纏った【聖女】が突然宙に現れ、降ってきた。
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