上 下
30 / 107
第三章 聖女と月精

27. 仲間

しおりを挟む

「今の話でおかしなところがあれば、言ってください。全部ただの憶測なので」
「八回目の魔竜退治については、誰が何を言ったところで憶測の域を出ないが、まあ君の話は一応、筋が通ってはいる。聖女と月精の役割ついてはこの場で話すつもりだったが、先に君が気がついてしまった」
「本当に?」
「本当だ。竜人種の禁忌についても、別に君が気に病む必要はない」
「……知らなかったから驚いたんです。心配したらいけませんか?」
「杞憂だと言っている。魔竜に直接手出しすることはできなくとも、君を守る手だてならいくらでもある。私も、君を一人で魔竜と戦わせるつもりは毛頭ないからな」

 俺のささやかな挑発をあっさりいなした宰相閣下は、侍従と話してくると言って、一旦執務室の方へと出て行った。さっき出て行ったエドアルドのことが気にかかるのだろう。侍従を呼びつけるベルの音がこちらにも聞こえてくる。

「じゃあ、今回は君が魔竜と戦うんだな」
「ええ、そうですね」

 カイルの言葉に、俺はぼんやりと頷いた。

 ──このまま魔竜の介入がなければ、おそらくは……。

 そう考えたとき、またひとつ思いついてしまう。

 ──ゲームの中のシリルは、月精として。だから、聖女が魔竜と戦わなければならなかった。

 いや、違う……、あのゲームでは、最初から聖女自身が戦うものとされていた。
 この世界でもそうだ。民のほとんどがおそらく月精を知らず、魔竜が現れるたび、聖女が戦って斃すものだと思っている。
 俺自身も、はじめから月精という存在への違和感は強くあった。ゲームの中でのあの妙にとってつけたような不自然な扱い。そしてこの世界においてさえ、月精という存在に対する認知度はかなり低いものだとわかった。
 それも、例の八回目が発端になったというわけではないだろう。……そう思わせたかった何者かの意図はあったにせよ。
 おそらく、七回目も、六回目も、その前も、そのまた前でも、月精は……。

「そうか。なら俺も魔竜退治の一員に加えてくれ。至らないかもしれないが、出来得る限り俺も君を支えたい」

 思いに耽りかけた俺の耳に、カイルの快活な声が響く。

「カイルさん……」
「なんだ、きょとんとして」

 俺の顔を見てカイルが笑う。全開で笑うと可愛いなこの人と思いながら俺は小さく「でも」と言った。

「魔竜、は。とんでもなく強いですよきっと」
「まあそうだろうが、師団長もいるからな。あいつ……いや彼は相当強いぞ。なんたって【焔竜の剣】の使い手だ」

 確かに。俺も現王宮護衛師団長の強さは知っている。ゲームのジスティルート(勿論グッドエンドだ)で魔竜にとどめを刺したのは、間違いなく彼だった。
 戦闘能力という一点においては、おそらく王国最強の存在だろう。
 カイルは、ゲーム内では所々でチラッと出てくる程度のキャラクターだったが、王宮護衛師団の副師団長という肩書きからしても、戦力としては申し分ない。

「ありがとう、ございます」

 気の利いた言葉を何も思いつけず、ただ頭を下げてお礼を言った。誰かにこんなふうに言ってもらえるなんて思いもしなかったのだ。

「エド……殿下もきっと、師団長と俺が、月精である君に協力して共に魔竜を斃すことを望まれている。だから、俺たち二人もここに招かれたんだよ」
「では、父上だけじゃなく、殿下もご存知だったんですね」
「ああ、きっと……」

 ふいに口をつぐみ、カイルはあたりを見回す。そのまま眼鏡を外してまたかけ直す。
 そのときちらりと見えた彼の瞳の色にドキリとした。一瞬のことだったが、いつもは灰色がかった紫色という不思議な色合いの瞳が、鮮やかな紫水晶アメジストの色に見えたのだ。

「──何ッ!?」

 カイルが鋭い声を上げる。
 遅れて、俺も膨大な魔力を感知した。その途端、目には見えない波のようなものが襲いかかってくる。強烈な精神干渉魔法だ。

「シリルッ」

 叱りつけるような厳しい声で呼ばれたときにはもう、俺は床に膝をついた体勢で誰かの腕の中にいた。
 黒い毛玉が、俺の礼服の飾緒にしがみつくようにぶら下がって暴れている。たしたしたしっと蹴りつけてくるのを片手で抱きかかえてやってから、周囲の状況を見ようと顔を上げる。

「大丈夫か?」

 彫像のように端正な顔がじっと見下ろしてくる。

「ジル……、様?」
「様?」

 ジオルグの眉が片方だけぴくりと動く。

「……注文が多い」
「何か言ったか?」
「いえ何でもないです、

 ──何故か、今。目覚めて以来、初めて呼んでみたがなんだこれ思った以上にものすごい恥ずかしい!

 敬称をつけるのが駄目なんだったら、俺にはこの呼び方は絶対に無理だ。だからとりあえずふだんは、俺の中では前世から呼んでいた通り。これまで通りにファーストネーム呼びで。もちろん本人に対しては父上もしくは閣下……まあ、

 ……実際には揺れていないはずだが、部屋全体が激しく揺さぶられている感覚が続いている。逃げ場のない圧力が、まるで部屋全体を覆いつくしているようだった。
 カイルが俺たちの傍らで干渉を和らげる結界を張ってくれているが、当人の酷い頭痛を堪えるような表情を見るに、あまり効果はないようだ。
 ちなみに俺はまたもや平気である。元々魔力酔いしにくい体質なのだろう。空間がぐらぐら揺れている感覚が続く気味の悪さはあるが。

「これは、一体?」
「……さあ、な」

 ジオルグは不機嫌な表情でため息を吐いた。

「いや、ひとつ思い当たったところだが……私の所為か、これは」
「あなたの?」
「転移魔法……。誰かがこの部屋の結界を破ろうとしている」
「……結界? あ!」

 俺は、また飾緒の先にじゃれつこうとしている毛玉を見下ろす。

「この子がをしないために、さっき張っていた結界ですか?」
「ああ。この部屋の中でのあらゆる魔法を禁じたからな……気の毒だが、カイルの防御結界も無効化されている」
「転移魔法は、この王宮内ではあなたと王族以外、使うことは許されていないんですよね?」
「そうだ。故に、思い当たるのは

 ジオルグは俺の腰に手を回したままで立ち上がり、口内で結界解除の呪文を唱える。すると俺たちの頭上、高い天井の近くでぽんっと何かが弾けるような音がして。

「きゃあっ!」

 ──え?

 白い衣を纏った【聖女】が突然宙に現れ、
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、

ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。 そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。 元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。 兄からの卒業。 レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、 全4話で1日1話更新します。 R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。

使い捨ての元神子ですが、二回目はのんびり暮らしたい

夜乃すてら
BL
 一度目、支倉翠は異世界人を使い捨ての電池扱いしていた国に召喚された。双子の妹と信頼していた騎士の死を聞いて激怒した翠は、命と引き換えにその国を水没させたはずだった。  しかし、日本に舞い戻ってしまう。そこでは妹は行方不明になっていた。  病院を退院した帰り、事故で再び異世界へ。  二度目の国では、親切な猫獣人夫婦のエドアとシュシュに助けられ、コフィ屋で雑用をしながら、のんびり暮らし始めるが……どうやらこの国では魔法士狩りをしているようで……?  ※なんかよくわからんな…と没にしてた小説なんですが、案外いいかも…?と思って、試しにのせてみますが、続きはちゃんと考えてないので、その時の雰囲気で書く予定。  ※主人公が受けです。   元々は騎士ヒーローもので考えてたけど、ちょっと迷ってるから決めないでおきます。  ※猫獣人がひどい目にもあいません。 (※R指定、後から付け足すかもしれません。まだわからん。)  ※試し置きなので、急に消したらすみません。

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

処理中です...