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第三章 聖女と月精
26. 月精の真実
しおりを挟む「シリル、今のはどういうことか説明を……」
俺とジオルグの様子を幾分気遣ってのことなのか、カイルがそっと言いかけたとき、部屋にノックの音が響いた。
「お話中のところ、失礼致します。ただいま、至急の魔導通信が入りましたので」
エドアルドが入室を許すと、どことなく張りつめた顔つきの侍従が歩み寄り、主人の耳許で何事かを告げる。
「……わかった」
エドアルドはほとんど表情を変えることなく、ただ短く吐息して席を立った。
「こちらが招いておきながら申し訳ない。緊急の所用が出来たので私はこれで外す。コーゼル師団長も一緒に来てくれ」
「承知しました」
真紅の髪の護衛師団長は立ち上がりざま、副師団長に囁く。
「そっちは任せる」
「了解」
あとの者はゆっくりしていってくれていいと言い置いて、エドアルドはジスティとともに侍従が開けた扉の向こうに消える。
主人を送り出した侍従が戻ってきて、カイルの横にあるワゴンに手をかける。
「ユーディ様、新しいお茶をお持ちいたしましょうか」
「いや、ありがとう。これを飲んだら我々も失礼するよ。それまで少し話していても構わないか?」
「かしこまりました。何かあればお呼びください」
ワゴンを押した侍従が出ていくと、ちょうど二つ目の鐘が鳴り出した。もう朝の八時か。
ずっと俯いたままで無言だったジオルグも、ようやく我を取り戻したらしい。俺のこぶしに重ねていた手を離し、彼らしからぬ雑な手つきで髪をかきあげながら睨むように俺を見る。
「……いつからだ」
「何がです?」
「とぼけるな。月精のことだ。いつからそんな風に思っていた?」
俺の心の中までも見透かそうとするかのような、強い視線で問いつめられる。
「ずっと考えていましたから。あなたが思うより、たくさん時間をかけて」
「まるで、ずいぶん前から月精を知っていたような口ぶりだが」
「まさか。月精という名前さえ、昨日までは知りませんでしたよ」
初めて、ジオルグに対して堂々と嘘をついた。それこそ、もっとうまくとぼけて取り繕えばいいのに。
「……シリル、俺もさっきの発言について知りたい」
またカイルが、遠慮がちに言ってくる。この人は俺に大きなヒントを与えてくれたのだが、気づいているだろうか。
そして、エドアルドも。ジオルグや王太子が語ってくれた八回目の話は、内容は薄いわりに実は重要なポイントをいくつか俺に示してくれていた。
「構いませんか?」
「ああ」
ジオルグの了承を得てから、俺は話し始める。
「聖女と月精について、殿下は先程こう仰いました。二人は表裏一体の存在であり、どちらかが欠けてしまえば意味がないのだと。まるで二人が、同じ使命を果たすべく存在するのだと、そんなふうにも取れる言葉でしたが……。カイルさんはおかしいとは思いませんでしたか?」
「そうだな……両者の扱いの差は、気になったかな」
眼鏡の奥から灰紫の目をひたりとこちらに向け、まさに俺が求めていた通りの回答を口にする。
そう、エドアルドの言ったことが真実であるとするならば、月精に選ばれた者にも聖女が受けるものと同様の恩恵があって然るべきだ。
王室の男子との婚姻についてはともかくとして、創世の女神と至天の竜から与えられる不老と長寿、そうした誰の目にも明らかな強い加護がもし月精にも与えられていたとすれば、その名と存在はもっと国中の多くに広まっているはずなのだが。
「更に言うと、パノン王家と竜を祀る祭壇の祭司。そして、女神の魔法で召喚される聖女。この三者の関係はとても分かりやすい。だが、月精だけがなんというか浮いている気がする」
「ええ。仰る通りです」
「それはやはり、月精が精霊種側の守り手だからか?」
「そうなのかもしれませんが、まずそもそもの役割が異なるのだと思います」
「ああ、そう言っていたな。月精の役目は、結界を守ることではないと」
「この国の昼と夜の結界を守る、とはよく言ったものだと思います。殿下はご存知なく仰られたのかもしれませんが、それはおそらく、真実を知る者によって意図的に記述された喩えでしょう。竜が眠る間、結界を守るのは、女神の代行者として光魔法を具現する聖女ただ一人の役目であり、それこそが『昼の結界を守る』という意味になるはずです」
「聖女ただ一人の役目……ということは」
カイルが、ぽつりと呟くように言う。
「はい。一方で『夜の結界を守る』とは、黒夜に現れる魔竜を退治すること。月精に選ばれた者の本当の役目は、この一夜のみにあるのだと思います」
「では、月精が魔竜と戦い、聖女は……戦わないのか? いや、月精は聖女の身代わり……?」
「……もしかしたら、傍には控えているのかもしれませんが、聖女と魔竜が直接戦うことはないはずです。魔竜といえども、女神の眷属である竜種の端くれ。竜人種ほど強力なものではなくても、聖女にも何かしらの呪いがかかるかもしれません。せっかく苦労して召喚した者を、わざわざそんな危険な目に遭わせたりはしないでしょう。ただ八回目に限っては……何らかの事故が起こり、そのような状況になってしまったのではないかと推察します」
……不測の事態が起こり、月精が魔竜を斃す前に亡くなったか、あるいは戦えない状況に陥ってしまったのかもしれない。
「それで八人目の聖女が魔竜と戦い、あとから呪いで亡くなったのか?」
「その可能性はあると思います」
「まるで、見てきたかのように言うな……」
天井を仰ぎ、ジオルグが嘆息する。
「君がそんなに饒舌に話すのを初めて見た」
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