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第三章 聖女と月精
24. 白日夢
しおりを挟むゼフェウス・アルドウィン・ロートバル。
前回の聖女召喚の儀を取り仕切ったという【竜の祭壇】の祭司。
俺はその名を今、初めて知った。しかも、彼がジオルグの実の兄だったとは。ゲームでは、【祭司の男】とだけ記された名前の無いキャラクターだったのだ。
「我々は、九回目の儀式が行なわれる日までに、なんとか月精を見つけ出そうとした」
「では、そのときには月精のことをご存知だったのですね?」
俺が尋ねると、ジオルグは重々しい表情で頷いた。
「……兄は八回目の仕儀について、さる精霊種の王から耳打ちされていたようだ。王家や神殿に対する激しい非難とともにな。精霊種にとっては、イーシュトールや聖女などよりも、月精の方がはるかに重要な存在なのだ」
だが、ついに月精は現れなかった。そして、聖女召喚の儀もまた失敗に終わる。俺がゲームで見た神官長時代のジオルグの回想シーンのとおりに。
「あの日は、イーシュトールの降臨からして異様だった。今回のような虹色の光を放つ銀白の竜雲などなく、黒く禍々しい雷雲がリグナ・オルムガの山頂を覆い、そこから早くも魔竜が出現しようとしていた」
魔竜は、聖女召喚の儀から数えて初めての黒夜、つまり新月の夜に現れる。
今回の儀式からで数えると、およそ半月後ということになる。
「幾度試そうと、もはやあの状況下で聖女召喚の儀が成功するとは誰一人考えなかった。兄は即座に異界から【竜殺し】を喚ぶ決断をした。その理由はただひとつ、この世界には、魔竜を斃せる者が存在しなかったからだ」
精霊種の原種でさえ適わぬほどの強大な魔力を有する魔竜に打ち勝てるのは、月精と聖女のみ。王国最強の魔力量を誇る竜人種は、こと魔竜退治においてはまるで役に立たないのだとジオルグは淡々と話した。
「我ら竜人種は、竜種の言葉を解し、その権能の一部を有している種族だ。故に如何なる理由があれど竜を害することは出来ない」
「……それは禁忌に触れると聞きました。竜人種が竜種に刃向かうと、呪われて死に至ると」
「……ッ!?」
俺は円卓の上に置いていた右手を、ギュッと固く握りしめる。
今、なんて言った……カイルは、なんて?
「シリル?」
名前を呼ばれ、俺はハッと顔を上げる。よっぽどひどい顔つきになっているのか、ジスティが怪訝そうに俺を見ている。
「どうしたんだ、真っ青な顔で……」
「本当、ですか?」
俺は隣りに座っているジオルグを見つめる。
「だったら何故あなたは……!」
「シリル?」
──俺は知らない……、知らなかった。
まるで白日夢のように、ゲーム内でのシリルの最期のシーンが頭の中で再生される。
シリルは、プレイヤーがどのルートをどう進もうが、必ず死ぬ。
魔竜に散々いいように操られた挙句に喰われ、さらに膨大な魔力を魔竜に与えてしまう。最後まで、シリルが月精ではないかという希望を持っていたジオルグを失望させて……。
あとは、そのまま王国を滅ぼすバッドエンドを迎えるか。はたまた、聖女が攻略対象キャラクターと共闘し、無事に魔竜を打ち負かしてグッドエンドを迎えるか。
そして、トゥルーエンドの場合でも。魔竜と同化したシリルを、聖女の魔法で月精として目覚めさせることが出来た場合でも、結局シリルは死を迎えることになる。
──それは、いい。シリルのことは。だけど、ジオルグは…………、駄目だ。
全ルート上での死が確定しているのは、シリルだけじゃない。ジオルグもそうだ。それも全て、魔竜となったシリルの所為で。
ゲームが発売された当初は、最後の隠し攻略キャラクターではないかと一部のプレイヤーたちをざわめかせたジオルグだったが、終わってみれば何ひとつ救いのない、いわゆる【死にキャラ】だった。それがわかったときの落胆した従姉の顔も、つい昨日のことのように思い出す。
俺は、自分の記憶力には自信がある。竜人種の禁忌のことなど、シナリオでは一切触れられていなかった。
「どうした? 私が、何かしたか?」
竜種の目と同じ色だという、金の瞳が静かに俺を見つめ返している。
ジオルグの手が、固く握られた俺のこぶしの上に重なった。宥めるように、そっと摩られる。
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