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第三章 聖女と月精
22. 封印された真実 ②
しおりを挟む「は?」
円卓に肘をついた姿勢でジスティが片眉を引き上げる。全員の視線を集めた彼は、いや失礼、と表情を改めた。
「特に説明がなかったが、そのときの月精は女性だったのか?」
「当たり前だ。俺がさっき、女神だと言っただろう」
「お前はな、カイル。だけど、お前以外は誰も女性だとは言っていない」
「……あ」
何かに気づいたように、カイルの目が見開かれる。
「そうか。シリル、君が……」
そう。俺も今までずっと、月精は男だと思っていたのだ。
「はい。俺が男なので、てっきりそうなのかと。女神だというのは、単に同じ名前なのかと思ったんです」
いつの間にか、部屋から給仕たちがいなくなっていることに気がついた。空になった食器はとうに片付けられている。
人払いをされた部屋に最後まで残っていた侍従が、新たなティーセットを乗せたワゴンを円卓の傍ら、ちょうどカイルとジスティの間に置いてそっと退出していく。
「つまり、古い時代の月精という名の女神とは、また別の存在だと思ったんだな」
「そうです」
肩から降りたがる素振りの黒い毛玉を手に乗せてやりながら答える。そのまま膝の上に置いてやると、安心したように体を丸めた。もしかすると、眠くなってきたのかもしれない。
「月精と、月精に選ばれた者。さっきのカイルさんの話を聞いて、そういうことだと解釈していました」
「いや、それで合っていると思うぞ」
「そうだな。ひとまず女神の方は置いておこう」
「それで当時の月精の性別は? 王家にしてみればそこは重要な点だろう?」
ジスティが問えば、エドアルドは皮肉げに微笑む。
「聖女との結婚が織り込み済みだったのにか? 例え女性であったとしても許されることはなかったはずだ」
「ということは、やっぱり男か」
「いや、そのときの月精の性別はおろか、名前や出自すら不詳だ。嘆かわしいことに、当時の王が躍起になってその存在ごと抹消した。我が先祖とはいえ、短慮が過ぎると言わざるを得ない」
──性別以前に、「混ざり物」であることの方が忌避されたんだろうな。
ジオルグが言っていたように、影形という魔物もどきが深く関わっているような存在を、いくら聖女と並び立つ存在だとはいえ、王太子の相手として認めるわけにはいかなかっただろう。
それだけではなく、さらに王は臣民に対しても、亡くなった聖女と王太子がまるで相思相愛の仲であったかのように印象づけて広めたという。
その情報操作をされた話の方は、確かにゲームのシナリオとも一致する。
「それで八人目の聖女と王太子については、今も巷間に伝わっている話と事実との間に相違があるわけか」
腕を組み、ジスティがふぅんと唸る。
その横で、ふいに音もなくカイルが立ち上がった。
俺の膝の上で、毛玉がピクンと小さく体を震わせる。真ん丸な目で、カイルの動きを追いかけている。
カイルは、ワゴンに置かれたティーセットからポットを取り上げると、スマートな所作で全員の分の紅茶を淹れ始めた。
「すみません、カイルさん」
「ああ、これは俺の仕事だから気にしないでくれ」
「ありがとう。そろそろお前が淹れるお茶が欲しいと思っていたところだ」
「畏れながら、殿下。これは用意してくれていたものをただ注いでいるだけですよ?」
「それでも他の者がやるよりは、美味いはずだ」
「さて、それはどうでしょうかね」
ちょうど良い加減で蒸らされた紅茶のふくよかな香りに、エドアルドはすでに頬を緩ませている。これは相当な紅茶好きとみた。カイルは、話しながらもこの時間を正確に計っていたのか。
するとジスティも立ち上がり、紅茶が入ったティーカップを一客ずつ、まずはエドアルド、そしてジオルグの前に運ぶ。黒服の侍従や給仕たちの丁寧さとはまた違う、そつのない手慣れた所作だ。
そういえば、この二人は元々、王太子付きの護衛騎士だった。侍従がいない場では、彼らである程度、こうして主人の世話もしてきたのだろう。
俺とジスティの紅茶を置いた後、最後に自分の分を円卓に置いて、カイルも再び席につく。
そして、揃ったかのようなタイミングで、皆がカップを持ち上げた。
「……美味しい」
一口飲んで、思わず呟いてしまった。俺の方を見たカイルが、それは良かったと嬉しそうに微笑む。
エドアルドも満足そうに頷く。ジオルグは表情こそ特には変わらなかったが、軽く目を閉じ、じっくりと味わっている様子だ。
なるほど、これは確かに仕事だなと思う。
ふと、昨日ヒースゲイルの部屋で不慣れな手つきで熱すぎる紅茶を淹れていた従騎士を思い出す。本人がどう捉えていたのかは知らないが、あれも彼にとっては立派な訓練だったわけだ。
よし。屋敷に戻ったら、ルイーズにお茶の淹れ方を特訓してもらおうと、俺は心に決める。
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