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第二章 影の魔物

1⒏ 「それ」

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 淀みなく告げた侍従は、扉を大きく開いたまま身を引いて、深々と頭を下げる。

「食堂ではないので手狭だが、まあ話しながら食べるにはちょうど良いだろう」

 エドアルド王太子が言うとおり、執務室の隣に設えられた小部屋(あくまで王宮内の基準である)には、中央に少人数での会議に使われるような立派な円卓が据えられている。
 その上には真っ白なクロスが敷かれ、給仕たちが手際よく料理がのった皿を並べていく様子が見えた。

「とりあえず、腹ごしらえだな」
「アイリーネ殿のお披露目の時間まで、あまり時間がないからな。大事なことを話し合うのも忘れるなよ」
「もちろん忘れてやしませんよ、殿下」

 エドアルドのあとに続くように、ジスティとジオルグも隣の部屋に足を向ける。

「さ、俺たちも行こうか」
「すみません、先に行っててください。すぐに行きます」

 声をかけてくれたカイルにことわり、俺は靴紐を結び直すふりで身をかがめる。
 今ふと思いついたことがあり、そっと自分の影に手を当てた。
 迷ったが、仮称は『シリル』としておく。

(シリル、俺から魔力をいいぞ)
(…………。)

 俺の提案に、迷うような沈黙が返される。

(色々考えるのは後だ。そもそも俺の影の中に入れるなら、俺から魔力も奪えたはずだ。『影形カゲナリ』の能力に目覚めたお前なら)
(…………。)
(とにかく今はそうしろ。悩んでいる時間なんかないぞ)

 このままだと、本当に消滅してしまう。衰弱している『シリル』の答えを待つ間も惜しい俺は、手のひらに意識を集中させて自分の魔力を影の中に送り込むイメージを持つ。やがて……。

(……暖カイ。)

 うっとりと『シリル』が呟く。

(寒かったのか?)
(ウン……。)
(なのに、痩せ我慢なんかして)

 とりあえず安堵した俺は、そのとき何気なく顔を上げ、肩をびくりと震わせた。
 ジオルグが、隣室との境の扉の脇にもたれ、腕組みをしてこちらを見ていた。また、あのこわい目だ。
 俺はふ、と息を吐いて立ち上がる。

「すみません。待っていてくださったんですか」

 俺が歩き出すと、壁から背を離したジオルグが無言のまま手を差し伸べてきた。法衣の袖から、澄んだ翠緑色の魔法石が嵌った腕輪が見える。

「閣下?」
「……反応は無いな。

 ジオルグは、俺のサークレットを指して言った。

「まあ、その程度の魔力量なら、王宮の結界石もとは看做さないだろう。それから、王宮内で魔法を使う時は、結界石が課している制限値に気をつけるように」
「は、はい。あの……」
「それにしても、影形の能力を持つが紛れ込むとはな。もしも、魔力を分けたことで、諦めた方がいい」

 ……魔獣?
 俺はまさかと足元に目を落とす。

「シ……ッ!」

 思わず名前を呼びそうになって、慌てて声を呑む。

 ──隠れていろと言ったのに、なんでまた出てきてるんだ!?

 いや……、いやそうじゃなくて。
 さっきは手乗りサイズだったはずの黒玉が、小さな毛むくじゃらの姿になっている。真っ黒い毛に覆われた瑠璃色の目が不思議そうに俺を見上げていた。

「どうして……」

 俺はまた屈みこんで、そっと触れてみる。紛れもなく、少し硬い毛の感触があった。

(……まほうで、引ッ張ラレタ。)

 やや不満げな声が返ってくる。一応自分の状況は把握出来ているらしく、拙い言葉ながらもきちんと説明してくれた。
 影形の能力が発動している間は影と同化していられるのだが、ジオルグに魔法をかけられて実体化してしまったせいで、影の中に居られなくなったらしい。
 ただ、なぜ黒玉から獣の形に変わったのかは分からないらしく、それを訊ねても首を傾げるばかりだった。

(ずっと、隠レテいたかったのに。)

「シリル、いいからも連れてきなさい」
「え?」
「この私から隠れようなどと。今後、そんな無駄なことをさせない為にも、色々はっきりさせておこう」

 ──さっきから、ジオルグの話が今ひとつ見えないのは、俺だけだろうか。
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