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第一章 目覚めの朝

11. 「ジスティ」

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     * * *


 この国の貴族の子弟が騎士になるためには、まず十歳から十三歳までの間に王立学術院の騎士・魔法士養成学科に入学し、四年間就学する必要がある。
 卒業後は、志望する騎士団の入団試験を受けて従騎士じゅうきしと呼ばれる騎士見習いとなり、二年にわたって厳しい実地訓練を受けながら、貴族社会における騎士としての作法なども身につけていく。従騎士の期間が過ぎ、騎士団本部にその能力が認められれば、ようやく騎士として正式に叙任されるのだ。
 王宮護衛師団の場合は、叙任後さらに一年から二年の期間、今度は王都以外の都市や地方に赴いて任務につかねばならない。
【俺】がまだ目覚める前、シリルは王国の北方にある王室直轄領で、転地療養中の国王の離宮を警護する任についていた。今回の【聖女召喚の儀】で無事に聖女が召喚された場合の護衛役に任命されたため、北方から王都へ帰還するその途上で、十年ぶりに【俺】が目覚めてしまったのだ。
 自分が否も応なく王宮護衛師団の魔法騎士になっていると知った俺は、シリルの記憶を辿りつつ、なんとか王都での生活を送っている。

 ちなみに魔法士と魔法騎士との違いは、護衛師団の場合は、直接要人の警護にあたるかあたらないかであり、前者が現場後方からの魔法支援が主任務なのに対して、後者は要人を魔法攻撃から守るため、防御系の魔法を操りながら、剣術に秀でた相方バディの騎士と二人一組で警護の任務にあたる騎士を指す。
 経緯は異なるのだろうが、この世界のシリルもゲーム内のシリルと同じく聖女の護衛役に任命されたのだった。



 王宮の北門から入って広い馬場を抜けたところに石造りの大きな三階建ての庁舎がある。
 建物全体が王宮護衛師団の施設になっており、護衛師団司令本部と幹部たちの執務室はその二階にあった。
 俺は二つある副団長室のうち、右側の扉の前に立ってノックをする。
 すぐに中から応答があり、入室を許された。

「失礼します。シリル・ブライトです」
「やあ、シリル。変わりはないかね」

 執務机の向こうにいる王宮護衛師団・副団長のカルゼル・ディ・ヒースゲイルは、シリルと同じ深青色の式典用の礼服(彼は魔法士隊長も兼ねているため、ローブ型である)を着込んだ姿で、白いものが混じり出した眉尻を下げて笑いかけてきた。

「いや、実に感慨深い。あの弱々しかった小さな子供が、立派に成人した姿を見られるのはな」
「……昨日、帰還のご挨拶に伺ったときも同じことを仰っておられましたが」
「おや、そうだったか」

 互いに目線を合わせ、笑いあう。
 副団長のヒースゲイルは、俺がセラザ辺境伯領内で襲われたあの夜、治癒魔法師として命を救ってくれた恩人だ。
 そのときにはもうすでに意識がなかったため、残念ながら俺の記憶には残っていないのだが、王都に連れ帰られたあとも、ジオルグがシリルの主治医として度々屋敷に招いていたことから、護衛師団に入る以前からかなり私的な交流があるようだった。
  昨日がほぼだった俺でも気安く話せるぐらい温厚で朗らかな人だ。

「父からの伝言を家令から聞きまして。本部に行ったらまずこちらに伺うようにと」
「ふむ。まあ、軽く君を診察するようにとな。私も今朝、閣下から仰せつかった。まあ見た限り、顔色は良いようだが」
「え……」

 さっきの今だ。おそらく、徴が現れた俺の身体に何か他にも変化が起きていないかとジオルグが気にしたのだろう。しかし、ここは俺の職場であり、ヒースゲイルは護衛師団における俺の上司だ。屋敷に招いた時ならばいざ知らず、これは公私混同にも程がある。

「申し訳ありません。まさかそんな理由だとは思わなくて……」

 俺が頭を下げると、ヒースゲイルはその恐縮ぶりを面白がる風情で手を振った。

「いや何、かの御仁の人使いの荒さには慣れておる。それにあちらは見た目こそずいぶんお若いが、私よりずっと年長だからな」

 一体おいくつなられたかのう、とヒースゲイルは思案の目付きをする。

「前回の【聖女召喚の儀】の時から、見た目はさほどお変わりないと聞いたが」
「……ええ、そのようです。確か、もうじき百三十歳だったかと」
「おお、私の倍だな」

 この国の民の多くがそうであるように、ヒースゲイルも精霊種の血を引いた家系に生まれた人間である。
 そんな彼が魔力生成量の多い体質に生まれたのは、一種の先祖返り的な現象だとも言われている。ただし老化のスピードにはあまり影響しなかったそうで、寿命もおそらくは平均的な人間のものより多少伸びる程度だろうということだった。

「まあ、今の閣下の歳まで生きられたら御の字だな」
「ご冗談を。貴殿にはもっと長く現役でいてもらわねば困る」

 ふいに扉の方から明朗な声が響く。
 振り向くと、背の高い、燃えるような真紅の髪の男が部屋に入ってくるところだった。
 遠くにいてもパッと目立って人目を引くような、華やかな明るさを持つ美貌。礼服ごしにもよく鍛えられていることが見て取れる男らしい見事な体躯。
 王宮護衛師団・団長、ジストルード・ウィリク・コーゼル。『セイント・オブ・ドラゴン ~竜と魔法の王国~』における、主人公の攻略対象のうちの一人だ。ちなみに、聖女が彼と親しくなれば、「団長」から彼の愛称である「ジスティ」へと呼び名が変わるイベントがあったりする。
 俺は彼の方に向き直り、姿勢を正して一礼する。

「おはようございます、コーゼル団長」
「うん、おはようシリル。相変わらず君は固いなあ」

 翠色の目を細めて面白そうに俺を見る。

「相変わらず、ですか?」

 と、ほっとする気持ちで思わず言ってしまった。

「お、すごく良いものをつけてるじゃないか。どうしたんだそれ」

 彼は目を瞠り、自分の額をツンツンと指さした。

「それはそうでしょう。なにしろ宰相閣下からの贈り物ですからな」

 俺が答える前に、何故かヒースゲイルが代わりに胸を張る。
 そうか、おそらくこのサークレットを造るのに、魔法士の彼も一役買っているのだろう。

「うん、よく似合ってるな。ところでシリル。今日からの任務では、俺が君と組むことになっているからな。あらためて、どうかよろしく頼む」

 手を差し出され、握手を求められる。
 そうなのだ。聖女を護衛するもう一人の騎士が、護衛師団長である彼であり。
 ゲーム内のシリルが不幸に陥れるキャラクターは、聖女やジオルグだけではない。に入ってしまえば当然彼も、不幸な展開に巻き込まれることになる。
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