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序章 邂逅
⒉ 転生
しおりを挟む二十一世紀を迎えてほどない日本に生まれ、早いうちに両親(父親に至っては一度も顔を合わせることなく)を亡くした俺は、中学二年生のときに、母方の伯母の家に引き取られた。
そしてその家で従姉に勧められてプレイしたのが、『セイント・オブ・ドラゴン ~竜と魔法の王国~』というゲームだった。
ジャンル的には、全年齢対象の乙女系ゲームというものだったらしいが、俺はそれまで、いわゆるサブカルチャー的なもの全般にほとんど触れることのない環境で育ってきたので、「女性向け恋愛シミュレーション」だの「乙女ゲー」だのというよりは、タイトル通りに竜や魔法が存在するファンタジーっぽい世界が舞台のストーリーといった印象の方が強かった。
それにプレイした理由はただ単純で、普段はあまり愛想の良くなかった従姉が、このゲームの話になると饒舌になり、俺が遊び始めるとよりいっそう構ってくれるようになったからだった。
それで、男である自分が遊ぶことにもさほどの抵抗は感じなかったし、まあそれなりにハマってもいたのだ。
だから、今のこの異様な状況に覚えがあるのは当然だ。
どうやら俺は、前世でプレイしていたそのゲームの世界のキャラクターとして転生してしまったらしい。
今はまだ幼い少年である彼は、いずれゲーム内における重要人物へと成長する。
あけすけに言ってしまうと、今ここで殺されることはない。
……ないのだが。
──よりにもよって、なぜこのシーンで、前世の記憶が戻ったのだろう?
それに生まれ変わったとしても、ふつうは転生前のことなど思い出したりしないのでは? とも思うが、それはまあ置いておくとして。
この場面は、ゲーム本編の進行中に語られる過去の回想シーンのひとつ。
はじめ、世界そのものが昏い灰色に覆われていたことからもそれは明白だ。このゲームの回想シーンでは、その演出が多く使われている。
色がついたのは、この少年の中で俺の意識が目覚め、同時に記憶も戻ったせいだろうか。
俺はやり切れない気持ちで、溜め息をつく。
この少年がいずれ迎えることになる悲運な結末は、さっき起こったばかりの恐ろしい事件から端を発している。
それを知る俺が、彼が肉親を殺された直後にいきなりその全てを思い出す羽目になって、平静でいられるはずもなく。
──そう、これはまだ物語が始まる前の、過去の場面。
だが、この少年の悲惨な未来とその結末を変えたいのなら、今この瞬間から始める必要がある……。
「さあ、あなたも早く母親と同じところに逝きたいでしょう? 長く苦しまないよう、一瞬で楽にしてあげるわね」
黙って聞いていれば、よくもまあ悪びれもせず、勝手なことばかりほざく女だ。
ゲームのシナリオらしい、いかにもな悪役の台詞にはいい加減、うんざりする。
馬を降り、剣を抜きながら近づいてくる男たちの気配を感じながら。まあここで死ぬことはないにしろ、斬られて痛いのは嫌だしなあ、などと考える余裕のある自分が少しおかしい。
知らぬ間に涙に濡れていた顔をあげ、フードの女を見据える。
──決めた。
ゲームの中の【彼】のように、ショックのあまり、ここで殺されかけたことを忘れて生きていくことはしない。
この女の顔も声も、俺は忘れない。
次に会うときまで、必ず。
「調子に乗んなよ、オバサン。ごちゃごちゃ言ってないで、やるんならさっさとやれ!」
「なんですって」
──お、声色が変わったな。
女が応じたことで、男たちの動きも束の間止まる。
圧倒的に優位な側にいながら、こんなあっさりと子供の挑発に乗るなんてとは思うが、何にせよ好機には違いなかった。
発し慣れない言葉に舌をもつれさせないよう集中し、俺はゲームで知り覚えた召喚呪文を早口で唱える。
「──我、霊種六位に叙せらる者。我が召喚の理に拠り命ず。汝、声も姿もなき風竜よ。ただその力をもって汝の威を示せ!」
「なっ……!?」
女の口から短い悲鳴が上がる。
草が大きくザワリと揺れた刹那、俺の体を中心に辺りを薙ぎ払う小さな旋風が起こった。
男たちは後ろに飛び退き、両腕を顔の前に交差させて凌ぐが、そこから俺に近づくことはおろか、前に進むことも出来ない。
異変に怯えた馬たちが甲高く嘶いた。
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