【本編完結】裏切りの転生騎士は宰相閣下に求愛される

碧木二三

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序章 邂逅

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 ある真夏の昼下がり。
 塾の夏期講習からの帰り道だった。
 連日の尋常じゃない暑さのせいで、たぶん熱中症にでもなりかけていたのだろう。
 駅に向かう途中で急に意識が朦朧もうろうとしだし、あ、ヤバいと思ったときには激しいクラクションが至近距離で鳴っていた。
 歩道を歩いていたはずの俺の目前に、どうして大型トラックが迫っていたのか、その理由は何も分からないまま……、

 ──ああ、これは無理だ、避けられない。

 俺は観念し、目を閉ざした。


     * * *


 気がついたら、夜の草原(?)にいた。
 生温なまぬるい風がザワザワと草の間を吹き抜けていく。
 遮蔽物しゃへいぶつがひとつもない見晴らしの良さを評価できないのは、此処ここの色のせいだ。
 果てのない夜空は、曇りがちなのかほとんど星も見えず、天地のすべてが黒灰色によどんで見えた。

 ──まさか、ここって死後の世界、とか?

 ついさっきまで俺は、地獄の釜のような蒸し暑さの中、強い陽射しを照り返すアスファルトの上をふらふらと歩いていたはずだ。
 それが今、自分がどこにいるのかさっぱりわからない。
 どこか現実感のない夢の中にいるような、なんとも言えないもどかしさがまとわりついて気持ちが悪かった。
 自分の思考や体の動き自体が重く、自在に振る舞えていない様な。

 ──まるで、に入っているみたいな。

 違和感をぬぐえないまま、何気なくまた空を見ると、今度は異様に赤みがかった不気味な明るさと熱さに気づく。濃淡のうたんはあれど、ほとんど灰色一色のみに占められていた視界が、徐々に色を取り戻していく……。
 俺はキョロキョロと辺りを見回す。
 そして自分でも焦れったくなるほど緩慢かんまんな動きで振り返り、

「……ッ!!」

 悲鳴をあげたつもりだったが、なぜか声は出ない。
 途端、今まで鈍っていた感覚が一気にクリアになって、まずは嗅覚が凄まじい臭いを訴えてきた。
 何かが大量に焼け焦げる臭い……、それから燃え盛る炎の音、肌を炙るような熱、その全てが同時にどっと襲いかかってくる。
 どうしてに気づかなかったのだろう。
 目の前で家が、それも一軒じゃなく、たくさんの家が燃えていた。

 そして唐突に、脳内で展開される恐ろしい記憶。
 幾重にも精緻せいちかつ周到しゅうとうみ上げられたはずの結界の術式が暴かれ、集落への道とその入口を隠すために張り巡らされていた目には見えないとばりが破られた。
 そこから侵入してきたのは、黒いフードを目深に被った男たち。 誰何すいかの声を上げる住人たちに対し、彼らは無言のままに剣を抜き放ち、次々と斬りかかっていった。
 残りの住人たちがその異変に気づいたときにはもう、何もかもが手遅れだった。彼らもまた次の行動に移る間もなく、一人また一人と凶刃に斃れていった。立ち向かおうとした者も、逃げ惑い、隠れようとした者も皆すべて引き出され、微塵みじん斟酌しんしゃくのない一振りでされていく。
 さらに男たちは、集落中の家に火をつけていき、全てを焼き払い始めた……。

 実際に見ていないはずの光景が、まるで俺自身の記憶のように頭の中で再生されて混乱する。
 自分以外の誰かの記憶が、無理矢理に重なってきたような。
 だがこれは、の事実だと、否応なしに認識させられる。
 頭の中で、誰かが悲愴な声で訴えてくる。

『逃げなさい、早く!』
    
 その瞬間、よろりと足が動いた。
 そこでようやく気づいたが、さっきまで十八歳だったはずの俺は、幼い子供の姿になっていた。
 外見的にはたぶん、七、八歳ぐらいの少年だ。
 体自体が小さくなったために手足は短いし、歩幅もいやに狭い。ひどくまどろっこしかったが、とにかく今は走り続けるしかない。
 ここにいてはいけないと強くそう感じるからだ。本能的に、火の手の上がった集落とは真逆の方向へ、暗い夜の草原に向かって。
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