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第6話 解け絡まる因果

対峙の時

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「ハメられたって……じゃあ、あたし達がここで魔獣と戦ったのも、シトラスだけ魔獣に連れてかれたのも、」

「………全て初めから、黒き明日ディマイン・ノワールの魔族のシナリオ通りだったということ?」

青ざめた様子のキルシェと、苦虫を噛み潰したようなロゼの言葉にレオンは静かに頷く。

「恐らく、奴らの目的は最初からシトラスさんただ一人だったのでしょう。そして、私達も奴らの作戦に巻き込まれた。そう考えるのが一番自然かと」

「……そんな、でもどうして」

「わかりません。ただ、敵対勢力のひとりを手に入れることで相手側の動揺と混乱を招くというのは……いかにも魔界の者が考えそうな作戦です」

「師匠!!」

三人の会話を遮るように、幼い少女の緊迫した声が響く。魔獣の空間から救出された人々の治療にあたっていたはずのポメポメが、杖を持ったまま青い顔でこちらに走ってきたのだ。

「どうしたのですか、ポメリーナ」

「とてつもない魔力の反応がこっちに近付いてきていますポメ!天界人のものでも、魔法少女のものでもなくて……なんだかすごく嫌な感じがするポメ!」

ポメポメの報告と同時に、その場にいた全員も何かを感じ取ったのか一様に顔を強張らせる。

空気が重く、冷たくなっていく。今まで相手してきた魔獣からは、こんな気配を感じなかった。明らかに異質な存在が、ここに接近している。

「レオン、まさかこれって……」

ロゼの言葉に、レオンは無言のまま静かに頷いた。その表情には緊張の色が滲んでいる。

「ええ、間違いありません。これは恐らく─」

その時、地上に黒い光の奔流が降り立った。轟音が響き渡り、土煙が上がる。衝撃の余波が辺りを駆け巡った後、ゆっくりと姿を現したのは─

「……ようやく、構成員自らお出ましか」

赤い長髪に黒い装束を纏い、禍々しい杖を持った魔族の男がひとり。

二人の魔法少女と二人の天界人の姿を認めた琥珀色の瞳は、まるで獲物を見つけた蛇のように細められ、口元には笑みが浮かぶ。それはまさに、これから狩りを始める捕食者の余裕に満ちた表情だった。

「おや、揃ってお出迎えですか。噂に聞いていた通り、人間と天界人は礼節を重んじるものなんですね」

男は値踏みするように四人を見渡した後、深々とお辞儀をする。
一見礼儀正しい紳士のようだったが、その場にいる誰もが彼が普通の人間ではないということを理解していた。

「エリック、さん……?」

男の姿を見たキルシェが思わず呟く。その声に反応した男はキルシェの姿を認めると、僅かに眉を上げた。

「ああ、あの時のお買い物好きなお嬢さんじゃないですか。奇遇ですね、こんなところで会うなんて」

男はにっこりと微笑むと、わざとらしさすら感じるほど穏やかな口調で語りかけてきた。声色こそ柔らかいものの、目は笑っていない。

「……、ほんとに、魔族の人だったんだ」

キルシェは苦々しい表情で呟く。
シトラスが信じたいと願っていた人が、自分たちの倒すべき相手だった。親友の想いが踏み躙られたような気がして、キルシェは奥歯を噛みしめる。

「っ、お前は……」

男の姿を認識したレオンは、途端に険しい顔つきになる。

「レオン……知ってる方なの?」

ロゼが問いかけると、彼は小さく首を縦に振った。

「トルバラン=フォン=エインヘリアル─直接会ったのは初めてですが、噂に聞いたことはあります。

長年に渡って黒き明日ディマイン・ノワールで高い地位に君臨している上級魔族。邪神の右腕とまで称され、魔界で彼を知らない者はいない。同胞である魔族からも恐れられている男だと」

レオンの言葉を聞いた途端、ロゼは表情を強ばらせ、ポメポメは驚きのあまり言葉を失った。

「これはこれは。天界でそのように評価されていたとは、光栄ですね」

恭しく頭を下げる男─トルバランの仕草は洗練されており、どこか芝居がかっているようにさえ映った。

「何をしにここに来た」

レオンはロゼとキルシェ、ポメポメを背に庇うように前に出て、男の言葉を遮る。

「私は総帥たる邪神様の命を受けて来ました。目的はただ一つ、─魔法少女の排除です」

その言葉を聞いた瞬間、その場の全員が目を見開いた。ピリッと張り詰めた空気が、場を支配する。

「シトラスを、どこにやったの!?」 

そんな空気を破るように、鋭い声とともに一歩踏み出したのはキルシェだった。

「そ、そうポメ!シトラスを返せポメ!!」

ポメポメも、キルシェと共にトルバランの方へ詰め寄る。男は二人の少女の睨み顔をそれぞれ見遣りながら、穏やかな口調で語りかける。

「威勢のいいお嬢さんたちですね。安心なさい、彼女ならここに─」

言葉と共に、トルバランの背後にまたも黒い魔力の旋風が巻き起こる。四人は突如巻き起こった突風に思わず顔を背けた。やがて風が止むと同時に目を開き─

「シトラ、ス……?」

ポメポメは、己の目を疑った。
そこにあったのは、身体も魔装ドレスもボロボロになり、意識を失っているシトラスの姿。

トルバランの魔力で空中に浮かばされているのだろうか。
四肢はだらりと力なく垂れ下がっており、ぴくりとも動かない。傷だらけの華奢な身体は、今にも消えてしまいそうな弱々しい存在感を放っていた。

「……うそ、」

想像もしていなかった親友の姿に、キルシェは絞り出すような声で呟く。

「なんてこと……」 

ロゼも思わず口元を押さえ、その光景を呆然と見つめる。

「感動的ですね。仲間の惨状に心を痛める─魔界では中々見られない光景なもので」

「黙りなさい!シトラスちゃんをどうするつもりなの?これ以上彼女を傷付けるのなら、ただでは置かないわ」

毅然とした声で、ロゼは男を睨みつける。しかし男は意に介さずといった様子で肩を竦めただけだった。

「今はただ眠ってもらっているだけです。そのために少々手こずってしまいましたが─命を奪うような真似はしませんのでご安心を、」 

「出来るわけないでしょ、このウソツキ!ピンキー・スイート!!」

キルシェは右手に自らの魔具である魔槍ピンキー・スイートを召喚し、即座に構えた。

「待ちなさいキルシェさん!相手は上級魔族です!今のあなたの実力で通用する相手では─」

レオンが止めるよりも早く、キルシェは地面を蹴って駆け出す。そして目にも止まらぬ速さで相手の懐に飛び込んでいった。

「待って、キルシェちゃん!」

キルシェを追うようにして、ロゼも魔弦バイオレット・スコアを手にトルバランの元へと駆け出していく。

「っ、致し方ない」

二人を止められないと判断したレオンは、手から半透明のクリスタルを取り出す。通信媒体らしきクリスタルが緑色の光を放ったのを確認すると、逸る気持ちを押さえつけながらそこに向かって語りかけた。

「……っ、こちらレオンハルト。緊急事態が発生。現在、ラコルト市街駅前通りにて黒き明日ディマイン・ノワールの幹部クラスと思われる魔族と接触。─至急、『許可』を求む」
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