魔法少女は訳アリ敵幹部に溺愛されている!

御鈴

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第5話 揺れ動くココロ

塗りつぶせない希望

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「きゃああああっ!!」

ドサッ、と鈍い音を立てながら、シトラスの身体は地面の上に投げ出される。受け身を取れずまともに背中から落ちてしまい、一瞬息が詰まった。

痛みに耐えつつなんとか身体を起こすが、もう既に影はシトラスに追撃を加えようと迫ってきている。

「『防壁バリエ』!!」

間一髪、目の前に現れた防御壁によって攻撃を防ぐことが出来たが、このままでは防戦一方になってしまうことは目に見えて明らかだ。

そしてもうひとつ、シトラスには懸念があった。

(なんでだろう……魔法が出しづらくなってる)

防御魔法ひとつ使うだけなのに、しっかりと足を踏ん張っていないと倒れそうになるほどの疲労感を感じる。
単純に体力を消耗したからだとか、そういうことではなくもっと根本的な─魔法を使うためのエネルギーが足りていないような感覚だ。

(もしかして……ここに長く居過ぎたせい……?)

ひとつの仮説に辿り着いたその刹那─シトラスの防壁バリエはパリン、と軽い音を立てて粉々に砕け散る。

「うそ……!!」

呆然と呟く間にも、影は容赦なく攻撃を仕掛ける。回避行動を取ろうとする間も与えられず、防壁を突き破った影は太い鞭のようにシトラスの身体を弾き飛ばした。

「─きゃああぁあぁッッ!!!」

全身に走る激痛に悲鳴を上げながら、シトラスは数回地面をバウンドしてようやく止まることができた。

「っ……く、う……」

痛みに呻きながらも何とか立ち上がろうとするが、上手くいかない。身体のあちこちに受けた打撲や擦り傷のせいで全身がズキズキ痛む上に、思うように身体に力が入らなくなってきていた。

「起き……てよ、わたしが、やらなきゃ……みんな、が……」

必死に自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、何とか上半身を腕の力で起こす。だが、自分の身体を見下ろしたシトラスは、己の眼を疑った。

「っ!?なに、これ………!!」

右腕から腹部にかけて─先程影の攻撃が直撃した部分が、黒く染まっている。この魔獣の身体の一部と、同じように。

「そんな……どうなってるの……?」

擦り合わせてみても、手についた黒色は一向に落ちる気配がない。それどころかじわじわと侵食するようにその範囲を広げていく。

「……っ!」

恐怖のあまり言葉を失うシトラスに追い打ちをかけるように、今度は背後から影が襲いかかってきた。咄嗟に避けようとするものの、身体が追いつかない。鈍い反応を嘲笑うように影はもう一撃、シトラスの背中に重い打撃を加えた。

「──ッ!!ぐ、ぁ……!!!」

激痛に息が止まり、視界が暗転する。そのまま為す術もなく地面に崩れ落ちた彼女の身体は、半分以上黒に染められた。

「……っ、ぅ………」

煌びやかで愛らしい魔装ドレスのオレンジ色は、ほとんど黒く塗り潰されている。手と脚の大部分にも黒は侵食しており、辛うじて元の色を留めているのは胸元のブローチと顔くらいだろうか。

(どうしよう、身体に力が入らなくて起き上がれない……)

身体が黒く染まれば染まるほど、エナジーがどんどん失われていく。

身体が黒くなる前から魔法が発動しづらいという形で兆候はあった。もしかすると、この空間に連れ込まれた時点から消耗は少しずつ始まっていたのかもしれない。

身体を起こそうとすることすら出来なくなったシトラスの元に、再び影が伸びていく。ただこれまでのように彼女の身体を打ち付けようとする勢いはない。

太い一本の縄のような影は、まるで獲物を狙う大蛇のように、倒れたシトラスに巻き付いてその体を持ち上げた。

「や、はなして…………」

抜け出そうと身体を捩るが、体力を奪われたシトラスの抵抗を影の握力は遥かに上回っている。首から下の自分の身体は見えないが、恐らく先程以上に黒く染まっているだろう。

(だめ、このままじゃ……)

このままだと、本当に取り返しがつかないことになってしまう。そう直感的に悟ったシトラスを嘲笑うかのように、宙に持ち上げた魔獣はそのまま彼女の身体を締め上げ始めた。

「い゛っ……ああぁあァアアッ!!!」

全身をぎちぎちと締め上げられながら、シトラスの口から苦悶の声が漏れる。骨が軋み、内臓が圧迫される苦痛に、その表情はどんどん歪んでいく。

「ぐっ、うぅうっ……!やめ、てぇええぇッ!!!」

必死の叫びも空しく、魔獣は更に力を強めていった。はくはくと口を開閉させるが、一向に酸素を取り込むことができない。次第に意識が朦朧とし始め、目の前が霞んでいく。

(私……ここで終わるの?ここに捕まった人たちも、エリックさんも助けられないで……?キルシェやロゼ先輩に心配かけて、レオンさんともちゃんと話せてないし、

……ポメポメとも、ちゃんと仲直りできてないのに……?)

そんなの、嫌だ──。

だがそんな思いとは裏腹に、シトラスの視界は闇に覆われ始めていた。




***




「うああああっ!!」

悲鳴と同時に、キルシェの身体は勢いよくコンクリートの地面へと叩きつけられる。大きく窪んだ地面の中心で、キルシェは仰向けで倒れ込んでいた。

「くっ、うう……」

「キルシェちゃん!」

ロゼがすぐさま回復魔法の旋律をバイオレットスコアで奏で、彼女の傷と体力を回復させる。全身から痛みが引いたキルシェは、すぐに上半身を起こした。

「大丈夫?」

「ありがとうございます!……っ、ただでさえシトラスにそっくりでやり辛いっていうのに……!」

ピンキースイートを杖代わりに立ち上がったキルシェの視線の先では、シトラスの姿を模した影人間がゆらゆらと佇んでいた。その姿はまさに本物と見紛うほどの精度であり、戦闘能力も本人と同等かそれ以上だと思われた。

否─本物のシトラスにある優しさや理性が無い分、より厄介かもしれない。

先程まで相手していた影人間とは比にならないほどの強さに、二人は苦戦を強いられていた。

「街の人と他の影人間はレオンとポメちゃんが引き受けてくれている。わたし達で止めないと……!」

「はい!でも……どうして急に」

ロゼの魔法で意思疎通を取れていたシトラスからの反応が突然途絶え、入れ替わるようにして現れたのがこのシトラスに酷似した影人間だった。

背格好も攻撃の仕方もまるで本人をコピーしたかのようなそれは、気のせいなのかシトラスと同じ気配すら感じる。キルシェが攻撃しづらいと感じたのも、それが原因だ。

「恐らくだけど……シトラスちゃんも魔獣にエナジーを奪われたのかもしれないわ」

苦虫を噛み潰したような顔で呟くロゼの言葉に、キルシェは顔を青ざめさせた。

「そんな……!」

「あの魔獣は捕らえた人達からエナジーを奪い取って、その人のコピーを影で作り出して操っている。シトラスちゃんも同じ目に遭っているのだとしたら、あいつがシトラスちゃんにそっくりなのも説明がつくわ」 

もしそうだとするならば、一刻も早くシトラスを助け出さなければならない。だがどうやって─ 考えを巡らせる二人の前で、黒いシトラスの影は再度攻撃をしようと槌を構えている。

「どうしよう、ロゼ先パイ……!」

「落ち着いて、キルシェちゃん。シトラスちゃんは魔法少女よ。今は変身しているからエナジーを奪われたとしても、すぐに命に直結することはないはず。ただ、もしあの空間の中で……」

ロゼはそこまで言って口を噤む。それから、脳裏に浮かんだ可能性を追い払うように被りを振った。

「……いいえ。シトラスちゃんを信じて、出来ることをしましょう!」

ロゼがバイオレットスコアに弓を滑らせて短いフレーズを奏でる。瞬間、淡いラベンダー色の光がキルシェの身体を優しく包み、キルシェは自身の体力が回復したのを感じた。同時に魔力まで漲ってくるような感覚を覚える。

「シトラスちゃんは攻撃力に特化しているから一撃一撃のダメージは重い。だけどスピードはキルシェちゃん、あなたの方が上よ。一気に畳み掛けましょう!」

「はい!!」

二人の魔法少女は再び魔具を構え直し、目の前の敵を見据える。 親友と同じ姿の、それでいて親友とは全く異なる紛い物。

先に動いたのは、影の方だった。オレンジ・スプラッシュによく似たハンマーに魔力を込めて、走りながら振り上げる。

(あの構えは……『隕石メテオライト』だ!)

シトラスの得意とする魔法で、ハンマーに自身の魔力を大量に込めてその勢いで敵に打撃を与える─文字通り隕石のような必殺技。その魔法で魔獣を浄化しているところをキルシェは何度も見ている。

(『隕石メテオライト』は強いけど、その分パワーを溜めるのにタイムラグがあって……だからシトラスはいつも敵が弱ってから発動してた)

だけど、今のキルシェとロゼは違う。二人分の魔力を合わせれば、その隙を埋めることは容易なことだ。

「キルシェちゃん、怯んじゃだめよ!」

ロゼの奏でた優しい旋律の魔力は、キルシェの脚に宿った。その瞬間、まるで風になったかのようにふわりと身体が軽くなる感覚を覚える。一歩踏み出すごとに、全てを追い越せてしまえそうだ。

(これなら発動する前に、止められる!!)

今にも『隕石メテオライト』を発動せんとするシトラスの影に、キルシェは真正面から突っ込んでいく。残像が見えるほどの一瞬で間合いを詰められたことが計算外だったのか、シトラスの影の動きが一瞬緩慢になる。

その僅かな間に、キルシェはピンキー・スイートに魔力を込めて─

「『さくらんぼのタルトトルテ・オ・スリーズ』!!」

ピンキー・スイートの先端から、桜色の魔力の奔流が放たれる。その威力は凄まじく、直撃を受けた影の身体は魔力をぶつけられた箇所から徐々に分解され始めた。

(このエナジー……やっぱりシトラスのだ!)

分解された影のかけらの合間に、覚えのある気配を感じ取る。やはりこのシトラスの影人間は、捕らえたシトラスからエナジーを奪い取って動力源にしていたのだとキルシェは確信した。

「その力はキミのじゃないよ!ちゃんと元の持ち主に返してもらうからね!!」

ピンキー・スイートの柄を握り直し、更に出力を上げる。キルシェの意志に応えるように先程よりも大きな光が溢れ出し、影人間の胴に開いた穴がどんどん大きくなっていく。やがてそれは上半身全体に広がり─

ついには、桃色の光の中に完全に溶けて消えていったのだった。
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