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第5話 揺れ動くココロ
暗黒の世界
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「……ここは、」
地面に倒れていたシトラスはゆっくりと身体を起こす。辺りを見回す限り薄暗く、鮮やかな色彩が一切視界に入らない異様な光景が広がっている。そして何より不気味なことに、この空間には自分以外の人の気配が全くしなかった。
「みんなは……?」
彼女は一人呟く。だが当然返事など返ってこない。
(もしかして、あの魔獣の作った空間?)
だとしたら、この黒々とした景色にも納得ができる。どこまでも薄暗いモノクロの空間が広がっており、自分が今どこにいるのかも分からない。まるで夢の中にいるような、不確かさを感じる世界だった。
(どうしよう……とりあえず歩いてみよう)
このままじっとしていても仕方がないと思い立ち歩き出そうとした瞬間── 突如、足元から真っ黒な影が草木が急速に伸びるように生えてきた。
「なっ、なに?!」
生えてきた影に囚われないよう咄嗟に後ろに下がり、魔槌オレンジ・スプラッシュを手に持つと臨戦態勢に入る。しかし─
「あれ……?」
地面から伸びた影は、シトラスに襲い掛かっては来なかった。影はそのまま枯れ木のような形になり、シトラスの方へ何かを見せるように垂れ下がる。
恐る恐る近づいて、その全貌を捉えたシトラスは愕然とした。
「これって……!!」
影で出来た木々の幹に、老若男女を問わない大勢の人々が無数の枝に巻き付かれる形で囚われている。皆一様にぐったりとした状態で意識を失っており、生気をまるで感じられない。
そして、その中に─
「エリックさん……!?」
シトラスが引き摺り込まれる直前に姿を消したエリックの姿があった。
他の多くの人々と同じように気を失っているらしいエリックは、青白い顔をして力なく項垂れている。
(早く助けなきゃ……!)
オレンジ・スプラッシュの柄をぎゅっと握り直したその瞬間─シトラスの背後で地面を突き破る音がした。裂け目からどす黒い奔流が溢れ出し、そしてそれはやがて─巨大な蛇のような風貌のひとつの影となって現れた。
「あれが、本体……?!」
影の中央に、鈍く光る球体が見える─恐らくあれが核(コア)だろう。シトラスは魔槌を構え直すと、魔獣に向かって駆け出した。
「もうあなたの思い通りにはさせない!」
地面を蹴って飛び上がり、オレンジ・スプラッシュに魔力を集める。しかし─魔獣は核を守るかのように無数の影人間を出現させると、一斉にシトラスに向かって襲い掛かってきた。
「っ、邪魔しないで!!」
シトラスは空中で体勢を変えると、そのまま影人間の群れの中に飛び込んでいく。影人間達はあっという間にシトラスを覆い隠すが─
「『光星』!!」
次の瞬間─シトラスの周辺にいた影達は閃光と共に一気に弾け飛んだ。
***
「っ─!シトラス……?」
地上で影人間の軍勢と対峙していたキルシェはハッと顔を上げる。
それまで人間達から吸い上げたエナジーを動力源に無限ともいえる勢いで沸いていた影人間の増殖が、突然ぴたりと止まったからだ。
それと同時に今地上にいる影人間の動きも緩慢になり、キルシェはこれを好機と捉えて魔槍ピンキー・スイートを振り回し次々と敵を倒していく。その攻撃の最中で、覚えのある魔力を確かに感じ取った。
「ロゼ先パイ、いま……!」
「ええ、わたしも感じたわ」
ロゼもまた、シトラスの気配に気づいたらしい。レオンとポメポメも同様に、険しい表情で遠くを見つめていた。
「どうやら無事のようですね。彼女も魔獣の空間の中で戦っているようです」
「よ、よかったポメ……!シトラス……」
ポメポメは安堵の声を漏らすが、レオンの表情は依然として厳しいままだ。
「……ですが、この状況が長時間続くとまずいかもしれません。魔獣の作り出した空間の中ということは、彼らのホームグラウンドでもありますから」
敵にとって最も有利な場所に、シトラスはひとりで戦っていることになる。例え今は健闘していたとしても、この状態がいつまで保つかわからない。
「『奏鳴曲:共鳴』」
ロゼは詠唱と共に弓を滑らせる。バイオレットスコアから放たれた紫色の光は、その場にいた各々の元へ届き、その身に溶け込むようにスッと消えていった。
何をしたのだろう、とキルシェがロゼを見つめていると
「シトラスちゃん?聞こえるかしら」
ロゼはまるで、その場にいるかのように語りかけ始めた。
『ロゼ先輩?みんな、そこにいるんですか?』
「シトラス!!」
頭の中に直接響いてくるようなその声に、思わず声を上げるキルシェだったが、すぐにそれがシトラスの声だと気付く。
「魔法が届く範囲で良かったわ。ひとまず、こっちはみんな無事よ」
『よかった……!』
安堵の声が伝わってくる。しかしそれも束の間のことで、再び緊張した声が脳内に響いた。
『あの、聞いてください!魔獣の本体は地上にいる方ではありません!』
「えっ……、どういうこと?!」
キルシェが目の前の影人間をピンキースイートで払いながら、聞き返す。レオンも同じく驚きの表情を見せていたが、やがて何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべた。
「なるほど、そういうことでしたか」
納得した様子のレオンとは対照的に、キルシェには何が何だかわからないといった様子だ。
「私も先程間近まで行って探しましたが、確かにコアは見当たりませんでした。つまり、地上で暴れているのはあくまで魔獣の一部に過ぎない。本体は今シトラスさんのいる空間にいて、そちらがコアを持っているのですね」
『そうです!捕まった人達もみんなこっちにいて、コアの場所もわかったんですけど……っ!?』
そこまで言った時だった。突然切れた電話のように、シトラスの声がぷつりと途切れる。
「シトラス!?どうしたの、何かあったの?!」
キルシェが焦って呼びかけるが、返事はない。先程まで言葉を交わせていたのが嘘のように、いくら呼びかけても応答はなかった。
「『共鳴』が妨害されるなんて……」
ロゼは信じられないと言った様子で呟いた。
「キルシェ、ロゼ!!前を見るポメ!!」
緊迫した様子のポメポメの声に二人が顔を上げると─そこにはいつの間にか新たな影人間が立ち塞がっていた。
先程まで相手していたそれよりも黒々としていて、まるで本物の人のような存在感すら感じる。
「え、」
しかしキルシェが驚いたのはそこではない。その影人間の背格好、髪型、服装─その輪郭のすべてが、見知った人物に酷似していたのだ。
「……シトラス?」
そしてその手には─シトラスの持つオレンジ・スプラッシュによく似たハンマー状の武器があった。
地面に倒れていたシトラスはゆっくりと身体を起こす。辺りを見回す限り薄暗く、鮮やかな色彩が一切視界に入らない異様な光景が広がっている。そして何より不気味なことに、この空間には自分以外の人の気配が全くしなかった。
「みんなは……?」
彼女は一人呟く。だが当然返事など返ってこない。
(もしかして、あの魔獣の作った空間?)
だとしたら、この黒々とした景色にも納得ができる。どこまでも薄暗いモノクロの空間が広がっており、自分が今どこにいるのかも分からない。まるで夢の中にいるような、不確かさを感じる世界だった。
(どうしよう……とりあえず歩いてみよう)
このままじっとしていても仕方がないと思い立ち歩き出そうとした瞬間── 突如、足元から真っ黒な影が草木が急速に伸びるように生えてきた。
「なっ、なに?!」
生えてきた影に囚われないよう咄嗟に後ろに下がり、魔槌オレンジ・スプラッシュを手に持つと臨戦態勢に入る。しかし─
「あれ……?」
地面から伸びた影は、シトラスに襲い掛かっては来なかった。影はそのまま枯れ木のような形になり、シトラスの方へ何かを見せるように垂れ下がる。
恐る恐る近づいて、その全貌を捉えたシトラスは愕然とした。
「これって……!!」
影で出来た木々の幹に、老若男女を問わない大勢の人々が無数の枝に巻き付かれる形で囚われている。皆一様にぐったりとした状態で意識を失っており、生気をまるで感じられない。
そして、その中に─
「エリックさん……!?」
シトラスが引き摺り込まれる直前に姿を消したエリックの姿があった。
他の多くの人々と同じように気を失っているらしいエリックは、青白い顔をして力なく項垂れている。
(早く助けなきゃ……!)
オレンジ・スプラッシュの柄をぎゅっと握り直したその瞬間─シトラスの背後で地面を突き破る音がした。裂け目からどす黒い奔流が溢れ出し、そしてそれはやがて─巨大な蛇のような風貌のひとつの影となって現れた。
「あれが、本体……?!」
影の中央に、鈍く光る球体が見える─恐らくあれが核(コア)だろう。シトラスは魔槌を構え直すと、魔獣に向かって駆け出した。
「もうあなたの思い通りにはさせない!」
地面を蹴って飛び上がり、オレンジ・スプラッシュに魔力を集める。しかし─魔獣は核を守るかのように無数の影人間を出現させると、一斉にシトラスに向かって襲い掛かってきた。
「っ、邪魔しないで!!」
シトラスは空中で体勢を変えると、そのまま影人間の群れの中に飛び込んでいく。影人間達はあっという間にシトラスを覆い隠すが─
「『光星』!!」
次の瞬間─シトラスの周辺にいた影達は閃光と共に一気に弾け飛んだ。
***
「っ─!シトラス……?」
地上で影人間の軍勢と対峙していたキルシェはハッと顔を上げる。
それまで人間達から吸い上げたエナジーを動力源に無限ともいえる勢いで沸いていた影人間の増殖が、突然ぴたりと止まったからだ。
それと同時に今地上にいる影人間の動きも緩慢になり、キルシェはこれを好機と捉えて魔槍ピンキー・スイートを振り回し次々と敵を倒していく。その攻撃の最中で、覚えのある魔力を確かに感じ取った。
「ロゼ先パイ、いま……!」
「ええ、わたしも感じたわ」
ロゼもまた、シトラスの気配に気づいたらしい。レオンとポメポメも同様に、険しい表情で遠くを見つめていた。
「どうやら無事のようですね。彼女も魔獣の空間の中で戦っているようです」
「よ、よかったポメ……!シトラス……」
ポメポメは安堵の声を漏らすが、レオンの表情は依然として厳しいままだ。
「……ですが、この状況が長時間続くとまずいかもしれません。魔獣の作り出した空間の中ということは、彼らのホームグラウンドでもありますから」
敵にとって最も有利な場所に、シトラスはひとりで戦っていることになる。例え今は健闘していたとしても、この状態がいつまで保つかわからない。
「『奏鳴曲:共鳴』」
ロゼは詠唱と共に弓を滑らせる。バイオレットスコアから放たれた紫色の光は、その場にいた各々の元へ届き、その身に溶け込むようにスッと消えていった。
何をしたのだろう、とキルシェがロゼを見つめていると
「シトラスちゃん?聞こえるかしら」
ロゼはまるで、その場にいるかのように語りかけ始めた。
『ロゼ先輩?みんな、そこにいるんですか?』
「シトラス!!」
頭の中に直接響いてくるようなその声に、思わず声を上げるキルシェだったが、すぐにそれがシトラスの声だと気付く。
「魔法が届く範囲で良かったわ。ひとまず、こっちはみんな無事よ」
『よかった……!』
安堵の声が伝わってくる。しかしそれも束の間のことで、再び緊張した声が脳内に響いた。
『あの、聞いてください!魔獣の本体は地上にいる方ではありません!』
「えっ……、どういうこと?!」
キルシェが目の前の影人間をピンキースイートで払いながら、聞き返す。レオンも同じく驚きの表情を見せていたが、やがて何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべた。
「なるほど、そういうことでしたか」
納得した様子のレオンとは対照的に、キルシェには何が何だかわからないといった様子だ。
「私も先程間近まで行って探しましたが、確かにコアは見当たりませんでした。つまり、地上で暴れているのはあくまで魔獣の一部に過ぎない。本体は今シトラスさんのいる空間にいて、そちらがコアを持っているのですね」
『そうです!捕まった人達もみんなこっちにいて、コアの場所もわかったんですけど……っ!?』
そこまで言った時だった。突然切れた電話のように、シトラスの声がぷつりと途切れる。
「シトラス!?どうしたの、何かあったの?!」
キルシェが焦って呼びかけるが、返事はない。先程まで言葉を交わせていたのが嘘のように、いくら呼びかけても応答はなかった。
「『共鳴』が妨害されるなんて……」
ロゼは信じられないと言った様子で呟いた。
「キルシェ、ロゼ!!前を見るポメ!!」
緊迫した様子のポメポメの声に二人が顔を上げると─そこにはいつの間にか新たな影人間が立ち塞がっていた。
先程まで相手していたそれよりも黒々としていて、まるで本物の人のような存在感すら感じる。
「え、」
しかしキルシェが驚いたのはそこではない。その影人間の背格好、髪型、服装─その輪郭のすべてが、見知った人物に酷似していたのだ。
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