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第4話 センチメンタル・エチュード
灼熱の災い
しおりを挟む「これって……」
瓦礫の外に出たシトラスはカフェの建物そのものが、光の膜に覆われていることに気付いた。白みがかった薄い緑色の光で構築された防御魔法。ポメポメの魔法だ。
そしてその膜を更に強固にするように、外側に紫色の薔薇の蔓のような魔力も張り巡らされていた。
この魔法は確か─
「っ!シトラスちゃん!目が覚めたのね!」
「シトラス!良かった……!」
「……!みんな、どうして」
外ではロゼとキルシェが魔法少女に変身して魔獣と戦っている最中だった。レオンも聖獣族の姿に変身していて、ポメポメも杖を構えている。シトラスの姿を確認するとポメポメは杖を下げ、それと同時に建物を覆っていた防御魔法はフッと消えた。
隔てるものが消えたシトラスは一同の元へ駆け寄るが、どうして彼らがここに、という疑問が浮かぶ。
ショッピングモールでキルシェとポメポメと別れた後は、単独行動をとっているつもりだった。
ロゼに至っては、今日はコンサートの予定ではなかっただろうか。
「詳しいことはあとあと!あの魔獣を止めなきゃ!!」
「っ!うん!!」
シトラスは肩に背負ったエリックを背負い直し、きょろきょろと安全な場所を探す。
「シトラスさん、その男性は……」
レオンがそんなシトラスの様子に気付いて、声をかけた。
「変身する前に、一緒にいた人です!瓦礫から私を守って怪我をしてしまって……」
シトラスはありのままに顛末を話す。しかしレオンはその会話の最中、ほんの一瞬鋭い眼光を放った。
シトラスではなく、エリックに向けて。
(え……?)
普段のレオンからは考えられないような冷たい視線に驚いて、思わずシトラスは口を噤む。しかし、すぐにいつもの平坦な表情に戻ったレオンは口を開いた。
「確かに治療が必要ですね。しかし今は魔獣が暴れていますから、安全が確認出来るまでは屋内に避難させましょう。彼を置いたら、あなたもすぐに戦闘に参加してください」
「っ、はい!」
レオンの提案にシトラスは頷いて答え、エリックを背負い直して近くにあったまだ魔獣の被害をそこまで受けていない高層ビルへと向かう。
それを見送りながら、レオンはポツリと呟いた。
「妙ですね、あの男性。何故眠っているフリをしてシトラスさんに運ばれているのか……」
その疑問に答える者は誰もいなかった。
─
トカゲを思わせる爬虫類によく似た魔獣は咆哮を上げながら突進してくる。
機動性の高い動きを得意とするキルシェとレオンが撹乱しながら攻撃し、ロゼはバイオレット・スコアを奏でて魔力支援を行う。ポメポメはシトラスが無事カフェから脱出してからは、エナジーを失って倒れた人々が戦闘に巻き込まれないよう防御魔法を張り巡らせてサポートしていた。
「このぉ~っ、いい加減、ちょっとは疲れたらどう?!『王様のお菓子(ガレット・デ・ロワ)』!!」
キルシェの魔槍ピンキー・スイートの先から、円盤状のお菓子のようなミサイルが発射される。それは高速で回転しつつ命中すると爆発を起こすタイプのもので、直撃を受けた魔獣は大きく怯んだ様子を見せたがそれでも倒れない。むしろ怒りが増したようにすら見えるほどだ。
「ダメージは着実に与えられているはずですが……表面の皮が硬いようですね」
冷静に分析をするレオンだがその表情はやや険しいものになっている。
─グルゥウウウ…!!
攻撃に激昂したのか、魔獣はキルシェに向かって猛ダッシュで突進してきた。
「キルシェさん!避けて!!」
巨体に見合わない俊敏さに気を取られ、一瞬反応が遅れる。
キルシェは慌てて防御の姿勢を取ろうとしたが、既に魔獣は避けきれない距離まで迫っていた。
─間に合わない……!
しかし、キルシェが魔獣の突進を食らうことは無かった。
「『流れ星(エトワール・フィロント)』!!」
流星のような一線が魔獣の巨体を傾けさせ、そのまま転倒させる。
キルシェが顔を上げると、その先には
「シトラス!」
シトラスが、戦線に戻ってきたのだ。
彼女は再び魔槌オレンジ・スプラッシュを構え、戦闘態勢に入る。
「キルシェ、状況は?」
「ロゼ先パイの魔力妨害をかけるにはもうちょっとダメージを削んなきゃなんだけど、表の皮がちょっと硬くてダメージが通りにくくって……!」
トカゲの魔獣は確かに、あまり弱っているようには見えない。シトラスの奇襲で転がされたが、あっという間に立ち上がり再び彼女達に敵意を向けている。
「大きめの打撃を与えて体制を崩せたら、或いは……」
「わかりました、やってみます!
シトラスはオレンジ・スプラッシュの先端に口付け、それに呼応するようにオレンジ・スプラッシュから光が溢れる。
ロゼは、それを見てシトラスの思惑を理解したらしい。シトラスの方を向いて魔弦バイオレット・スコアを奏でる。
「シトラスちゃん、お願い!」
魔力援助を受けたシトラスの身体は、オレンジ色の光に包まれた。身体の奥底から力が湧いて、いつもよりも身体が軽く感じる。これなら、いけるかもしれない。
建物の壁を蹴って空中に飛び上がり、魔力を込めた槌を思い切り振りかぶって勢いよく振り下ろした。
「『隕石(メテオライト)』!!」
文字通り隕石が落ちるような衝撃がトカゲ魔獣を襲い、周辺にまで衝撃波が広がる。その一撃は強固な皮膚を貫き、確実にダメージを与えた。
「やった……!」
シトラスが攻撃を終えて地上に飛び降りようと空中に身を投げた、その瞬間だった。
「え……?」
トカゲの魔獣が口を開いて、こちらを見ている。ただ口を開いているだけではない。
その口の奥で、光を放つ何かが渦巻いて膨らみ始めている。
赤く燃え盛るそれが炎だと気付いたのは、それから数秒後のことだった。
「……っ!?」
シトラスが避けきれないと悟った瞬間、目の前に巨大な水の壁が出現する。
「『小品曲:水の戯れ(アンプロンプチュ・ジュドゥ)』」
ロゼが咄嗟に炎からシトラスを守ってくれたようだ。水の壁に炎は打ち消され、シトラスは無事に地面に着地する。
「すみません、ロゼ先輩……」
「こういう時は『ありがとう』よ?シトラスちゃん」
にっこりと笑ってそう返すロゼだったが、すぐに真剣な表情に戻る。
「厄介なタイプだったわね……」
「うそでしょ……やっと追い詰めたと思ったのに」
「いえ、実際追い詰められているのでしょう。だからこそ、いよいよ本領発揮といったところでしょうか」
愕然とするキルシェに、レオンは苦々し気に呟く。
ダメージを受けて弱くなるどころか、より攻撃性を増すタイプの魔獣だったことで、焦燥感を覚えているようだ。
「こんな街中で炎魔法なんか使われたら危険よ……ポメちゃん、引き続き街の人を守って!シトラスちゃんとキルシェちゃんは攻撃を!被害を最小限に留めましょう!」
そう指示を出すと彼女は早速演奏を始め、彼女達の魔力を強化していく。
「シトラス、回り込んで攻撃しよう!」
「うんっ!」
キルシェの提案に従い、シトラスは魔獣の背後へ回ろうと走り出す。しかしその時、トカゲの魔獣の口から再び炎が漏れ出し始めていたことに気が付いた。
「っ!?キルシェ、あいつまた炎を吐こうとしてる!」
「えっ?嘘でしょ?!止めないと!」
トカゲの魔獣の眼前に躍り出たキルシェは飛び上がり、炎が漏れ出る口元を目掛けてピンキー・スイートの先端を向けながら叫ぶ。
「そんな悪いことするお口はこうだよっ!『氷菓子(ソルベ)』!!」
詠唱と同時にピンキー・スイートから冷気が溢れ出し、トカゲの魔獣の口元を完全に凍結させる。
炎を吐かれる心配がなくなったことで余裕が生まれたのか、キルシェの顔に笑みが浮かぶ。だがそれも束の間のことであった。
「へ?─」
トカゲの魔獣の前脚と後ろ足、尾に─先ほど口から吐いていたものと同等以上の熱量を持った炎が灯る。
そして魔獣は炎を纏った前脚を振り上げ─空中のキルシェを叩き落としたのだった。
「きゃあああああああっ!!!」
「キルシェ!!」
地面に叩きつけられたキルシェの魔装は、端が焦げ付き煤けてしまっていた。火炎放射に直接当たったわけではないのに、魔獣の纏っている炎はそれだけの火力を持っていたのだ。
「っ、痛……」
ピンキー・スイートを杖代わりのようにして立ち上がるものの、足がふらついてまともに立つことができない。
シトラスはすぐさまキルシェを庇うように移動し、オレンジ・スプラッシュを構え直す。
「『星滴(シュート・デトワール)』!!」
オレンジ・スプラッシュからまるで柑橘類の果汁のような水滴が球体となって放たれる。それらは次々と魔獣に命中していった。
放たれた水の玉は魔獣の身体に当たると水風船が爆発するかのように弾け飛び、辺り一帯に雨のように降り注いだ。
「炎魔法には水魔法の方が有利……良い作戦です、シトラスさん」
レオンが感心したように頷きながら言う。
(よかった、間違っていなかったんだ……!)
戦闘中の判断を評価されたことで、シトラスは内心安堵を覚える。
ただでさえ、変身していない状態下での魔法の訓練では遅れをとっている。これ以上、みんなに迷惑をかけるようなことがあってはいけない。
せめて、変身している間は自分に出来る最善を尽くさなければ。
だが次の瞬間、異変が起こった。
「……え」
魔獣の口元の氷が溶け始めている。キルシェの魔法によって凍り付いていたはずの口が開き始め、そこから熱気と共に白い蒸気が立ち上っていた。
やがて口を塞いでいた氷が完全に溶けてなくなり自由を得た魔獣は、再び大きく息を吸い込み始める。
「……まずいですね」
レオンが眉を顰めて呟けば、それを合図にしたように魔獣の口から灼熱の炎が吐き出される。
そしてそれは─
「だめ!!そのビルには……!!」
シトラスがエリックを避難させたビルに、直撃した。
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