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第3話 お嬢様と秘密のメロディ
逃れられない特等席
しおりを挟む「う……、」
「あれ……?あたし……って、何これ!?」
意識が戻ったらしい二人は、自分たちが置かれている状況を見て絶句する。
ホール全体がまるで何かの巣窟のように、どす黒い五線譜の魔力に覆われている。その巣窟の中で二人は四肢が完全に拘束されていて、身動きを取ることが出来なくなっていた。
オレンジ・スプラッシュとピンキー・スイートも二人の手が届かない位置で五線譜に絡め取られていて、─その影響なのか─念じても二人の手元に戻る気配がない。
「っ……、早く抜け出さないと……」
焦る気持ちを抑えながら、シトラスは自分を縛り付ける五線譜を外そうと手足を必死に動かすが、全く手応えがない。キルシェも同様に脱出を試みているが、やはり外れないらしい。
「っ、だめ、魔力を込めようとしても全然反応しない……!」
「そんな……」
「ポメ―――――っ!!」
突如響いたポメポメの悲鳴に、二人ははっと顔を上げる。
シトラスとキルシェが捕らえられている場所から少し離れた位置で、ポメポメもまた五線譜に縛り付けられていた。尤も、磔のような恰好になっている二人と違い、ロープのようにぐるぐる巻きで拘束されているが。
「っ、ポメポメにまでこんな事するなんて!!」
「くっそー!ピンキー・スイートさえあればアンタなんかギッタギタのメッタメタなんだからね!!」
二人の魔法少女はピアニストの魔獣に対し恨めしげな視線を送るが、その怒りは虚しく空を切る。魔獣は彼女たちの反抗を一笑に付すかのように、新たな音色を奏で始めた。
「─っ!?」
これまで以上に歪に満ちた狂気の音色は、直接彼女たちの五感を侵食し始める。
「っ……、なに、これ……!耳が……っ」
「あ、頭が、いたいぃ……っ!」
まるで脳内を搔き回されているかのような不快感に、シトラスとキルシェは顔を歪めた。人間の姿であった時でさえ、二人は魔獣の音楽の影響を受けることがほとんどなかった。にも拘らず、魔獣の奏でる音色は二人を直接揺さぶり、容赦なく苦痛を与え続ける。それは同時に、今までの魔獣の演奏はほんの小手調べに過ぎなかったことを意味した。
「っ……、力が、抜けてく……!」
「やめてっ!そんな音出さないでよぉ……!」
少女たちの悲痛な叫びも虚しく魔獣は狂ったメロディを紡ぎ続け、シトラスとキルシェの精神をさらに追い詰めていった。
耳を塞いでしまいたい衝動に駆られるが、二人の手足に纏わりつく五線譜は全く動かない。
「シトラス、キルシェ……!!」
二人の少女の苦しむ様を間近で見せつけられたポメポメは、自分がただ見ているだけしか出来ない状況に悔しさを募らせた。今すぐにでも、拘束を解いて助けに駆けつけたい。手を伸ばせば届きそうな距離なのに、何もできない自分がただもどかしい。
苦痛の表情を浮かべながら、シトラスとキルシェは意識を保とうと必死に抵抗を続けていた。だが、徐々に身体の力が抜けていく。自分たちの内側を満たしていたものが吸い上げられて、魔獣の音楽に囚われてしまう。思考が鈍くなり、視界が霞む。
「や、めてぇ……っ」
ポメポメの視界に映る二人の顔は蒼白で、今にも死んでしまいそうだった。ぐったりと脱力した二人の様子を確認した魔獣は、更に魔力を強めていく。今まで以上に狂気を孕んだ音が二人を襲い、じわじわと生気(エナジー)を失っていく。
「いやぁ……っ、だめ、しんじゃう……」
「こわれ……ちゃう……!やめて……」
苦しみのあまりうわ言のように呟く二人だが、演奏は止まらない。むしろ魔獣の音色が更に強くなっていき─シトラスとキルシェの魔装ドレスが、鈍い光を放ち始めた。
「っ!シトラス、キルシェ!ダメポメ!!気をしっかり持たなきゃ、変身が解けちゃうポメ!!」
魔獣の演奏によって強制的にエナジーの放出を促された二人は、魔装ドレスを維持することが出来なくなりかけていた。このままでは変身が解け、元の姿に戻ってしまう。そうなれば、完全に無防備となった二人をピアニストの魔獣は容赦なく攻撃するだろう。
そんなことになったりしたら─
「シトラス、あたしもう、むりかもぉ……っ、」
「キルシェ……っ、」
焦点の合わない目から涙を流し、懇願するように呟くキルシェに、シトラスは何も言葉をかけることが出来ない。シトラス自身ももう既に限界が近かったからだ。
身動きのとれないポメポメもなす術はなく、唇を噛みしめて二人を見つめる事しかできない。悔しげに滲み始めるポメポメの視界の中で─シトラスとキルシェを包む光はますます明滅し、ドレスの輪郭は歪み始める。
(だめポメ!これ以上二人がダメージを受け続けたら本当に変身が……っ!)
もう見ていられない、とポメポメは顔を背ける。
しかし─不協和音が響き渡っていたホール内に突然しん、と静寂が訪れた。
「えっ……?」
ほんの一瞬訪れた沈黙のあと、ホール全体を涼やかな弦の音色が満たしていく。ポメポメは慌てて視線を移動させ、この旋律の出どころを探した。
「『奏鳴曲:解放(ソナチネ・リベレ)』」
鈴を転がすような、それでいてどこか落ち着きのある声。
瞬間、シトラスとキルシェを捕えていた禍々しい五線譜はするりと解けて二人を宙に放り出す。重力に引かれるように落下する二人だが、床に叩きつけられることは無かった。
彼女達の落下地点に紫色の光を放つ巨大な薔薇が現れ、二人を優しく包み込むように受け止める。
「ポメ……?」
何が起きたのか、と事の顛末を見守っていたポメポメだったが、ポメポメ自身を拘束していた五線譜もまた、一瞬遅れて解かれる。
「ポメーーーーーーーッ!?」
空中に投げ出されたポメポメは目を白黒させつつ、とっさに身体を猫の姿に変えて襲い来るであろう衝撃に備える。
が、いつまで経っても痛みは来ない。
恐る恐る目を開けると─何かが自分の首根っこを掴んでそのまま走って移動していた。
明らかに人間ではない何かが自分を掴まえていることに驚いたポメポメだが、それはポメポメを確実にシトラスとキルシェのいる薔薇の上に向かって運んでくれている。
『危ないところでしたね、ポメリーナ』
「ポメッ……!?」
頭上から聞こえてきたのは、若い男性の落ち着いた声。
その声にポメポメは聞き覚えがあった。
「もしかして……師匠?」
***
「う……」
巨大な紫色の薔薇の上に倒れていたシトラスとキルシェは、ゆっくりと身体を起こす。
「私たち、助かったの?」
「とりあえず、そうかも……まだ変身出来てるし」
五線譜から解き放たれ、解けかけていた変身が元通りになっていることに気付いた二人は顔を見合わせる。
「この薔薇……なんか、すごい元気が出てくる感じしない?」
キルシェに指摘され、シトラスも周囲に漂う神聖な空気に気付く。
魔法の力をより増幅してくれるような、そしていつもよりも自信や勇気が湧いてくるような。そんな不思議なオーラが、薔薇の上に座るシトラスたちの周りを取り巻いていた。
「─よかったわ、間に合って」
誰かが花の上に軽やかに着地した気配を感じて、シトラスとキルシェが振り返る。そこには─執事のレオンと共に避難したはずのロゼが立っていた。
「ロゼ先輩……?」
「ロゼ様?」
思わぬ人物の登場に二人は驚くが、ロゼは二人に向かって安心させるようにふわりと微笑む。程なくして、シトラスとキルシェはロゼの出で立ちが先程までとは全く違うことに気付いた。
ワインカラーのステージドレスではなく、フリルや生地が何層も重なりふんわりとしたスカートのワンピースドレスに身を包み、葡萄の蔦がモチーフになった特徴的な髪飾りでハーフアップに束ねた長い髪を留めている。
襟のようにも見える上品なチョーカーに、すらりと伸びた脚を際立たせるようなレースアップのハイヒール。
手元にはステージで演奏していた時とは違う、クリアパープルの幻想的なバイオリン。
そして─何層にも重なったスカートの布をまとめるようにウエストに巻かれたリボンの上には、アメジストのように輝く紫色の特徴的なブローチが飾られている。
どことなく幻想的なデザインのブローチは、シトラスとキルシェの魔装ドレスの胸元にあるそれとまったく同じものだった。
「ロゼ先輩……その姿、まさか……」
シトラスが驚きを隠せない中、ロゼは自信に満ちた眼差しで彼女を見据え、凛とした声で答えた。
「ええ─私もあなた達と同じ。魔法少女よ」
シトラスとキルシェはほんの一瞬、時間が止まってしまったかのようにポカンと口を開けたまま、思わず目を見合わせて固まってしまう。
しかし、ロゼの言葉の意味をじわじわと脳が理解し始めると、二人は驚愕のあまり同時に叫んだ。
「「ええーーっ!?ロゼ先輩(様)が、魔法少女ーーーーー!?!?!?」」
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