魔法少女は訳アリ敵幹部に溺愛されている!

御鈴

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第2話 アクアリウム・パニック

紺碧の奈落

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「ポメポメ!魔獣がどの辺にいるかわかる?」

「巨大水槽にいるポメ!」

それを聞いて頷くと、シトラスは駆けだす。男性の言っていた通り電気室は一般客が立ち入ることの出来ない、所謂バックヤードにあたる場所にあったようで、部屋を出た先も館内の一般エリアとは違った雰囲気の空間が広がっている。

一般客の入れるエリアは煌びやかな照明と美しい水槽が並ぶ非日常を体現したような空間だったが、スタッフしか立ち入ることの出来ないバックヤードは配管が露出しており、各水槽のフィルターやポンプの音が絶えず響いていた。プールを思わせる広い水面の上には人が二人分やっと通れるような道幅のキャットウォークが張り巡らされ、足元には滑り止めのゴム製マットが敷かれている。よく目を凝らせば水面の下には色とりどりの魚たちが泳ぎ回っており、ここが館内の水槽の真上であることを物語っていた。

「ここ……もしかして巨大水槽の真上?」

その言葉が口をついた瞬間、水面が突如として激しく波立ち始める。何かが水面から飛び出そうとしている気配がした。瞬間─



─ザァアアアン!!という轟音が響いたと同時に視界が水で覆われる。


「っ!!」

シトラスは咄嗟に後ろに向かって飛び下がるが、水の重みでキャットウォークが軋んだ音を上げる。

巨大水槽の水面から出てきたそれは、水が凝縮したような生物だった。一見すると魚のようにも見えるが、水槽の水面からいくつもイソギンチャクの触腕のような形の水を無数に生やしており、明らかに人間界には存在しない生物であることを物語っている。

「こいつがさっき、イルカのお姉さんとキルシェを襲った魔獣ポメ!」

「あれが……!よし、行くよポメポメ!」

シトラスは床を蹴って飛び上がり、オレンジ・スプラッシュに魔力を込める。

「『流れ星(エトワール・フィロント)』!!」

初めから強力な魔法を使ってしまうと、魔力の消耗が激しい上に後に残る疲労感も大きくなってしまい逆に危険だ、というのは最近ポメポメから教わったことだ。なので、最初は比較的弱い魔法で様子を見ることにした。オレンジ・スプラッシュから放たれた流星のような一筋の光が魔獣の胴体を貫き、バラバラに分裂させる。

が―

(効いてない!?)

引き裂かれたはずの水塊が、まるで磁石のように引かれ合って再生していく。
そこにダメージの痕跡はなく、まるで攻撃など受けなかったかのように魔獣は悠々と空中に浮かんでいる。

「シトラス、相手の身体は水ポメ!しかもここにはたくさん水があるポメから……」

つまり、水がある限りこの魔獣はダメージを受けても無限に復元出来るということだろうか。

「そんな……っ、どうすればいいの!?」

戸惑うシトラスだったが、その隙を狙ってか魔獣が突進してくるのが見えた。慌てて回避行動を取るが間に合わずに攻撃を受けてしまい壁に叩きつけられる。

「きゃああっ!!」

コンクリートで出来た無骨な壁にヒビをいれながら吹き飛ばされた衝撃で意識を失いそうになるが必死で堪える。人間の身体であればひとたまりもないだろう一撃ではあったが、魔装ドレスに身体を守られているシトラスにとってはまだ致命傷ではない。

「うぐぅ……っ、……」

「シトラス!避けるポメ!!」

痛みに耐えながらも立ち上がり、再び体勢を立て直そうとするシトラスだったがそれを阻むように次々と攻撃を仕掛けてくる触手たち。それらを躱しながら反撃の機会を窺うもののなかなか突破口が見つからない。

どうしよう、と考えている間にもまた新たな触手が襲いかかってきた。シトラスに攻撃を避けられて行き場を失った魔獣の触手は、水しぶきを上げながらキャットウォークのゴムマットを引っ掻いていく。

(魔獣ならどこかにコアがあるはず……でもどうやって探せば……?)

動きが素早い上に、攻撃をしてもすぐに再生される相手にどう立ち回れば良いのか分からない。このままでは防戦一方だ。






─水というものは、形を変えることができます。液体、固体、気体。真実はその変化の中に潜んでいる。




(っ!!もしかして……!!)


あの赤い髪の男性が言っていたのは、この魔獣を倒すヒントだったのではないか。シトラスは直感的にそう感じた。


ならばやることはひとつしかない。


「シトラス、何か思いついたポメ?」

「うん!……うまくいくかわからないけど、やってみる!」

そう言って大きく深呼吸をしてからゆっくりと目を閉じたあと、意を決したように目を開けると勢いよくジャンプして近くの柱に飛び移った。そして握りしめたオレンジ・スプラッシュに魔力を込める。

オレンジ・スプラッシュに炎のような光が灯った瞬間、シトラスはそれをこちらに向かってきた魔獣に向かって振り上げた。

「『花炎(フルール・ド・フレイム)』!!」

呪文の詠唱と同時に、オレンジ・スプラッシュの前に巨大な炎の華が出現した。シトラスがそれを槌で叩くと、炎の花弁は魔獣目掛けて舞い散りその身体を焼き尽くしていく。すると─

─じゅっ………

「っ!!水が消えてるポメ……!!」

「やっぱり……!これで間違いないみたい」

「どういうことポメ?」

「水って普通は液体だけど、熱を加えたら蒸発して気体になるの。あの魔獣の身体は液体だから、高温で蒸発させたら気化するんじゃないかなと思って。やっぱりそうだったんだ!」

そう言いながら再び飛び上がり、天井にあるパイプを伝って魔獣の元へ向かう。体の一部が蒸発した魔獣の内側から、紫色に輝く物体が露出している。

「ポメポメ!コアが見えたよ!!」

魔獣のいる水面上に飛び上がり、オレンジ・スプラッシュを振り上げる。が、




─ザパァアアン!!!


 突然、水面から現れた触手が振り下ろされたオレンジ・スプラッシュを力強く弾き返し、その衝撃でシトラスは跳ね上げられてしまう。すさまじい勢いで空中を舞う体は制御不能になり、水上の狭いキャットウォークへと慈悲にも落下していく。


「ぐぅ……っ!!」

シトラスの華奢な身体は、キャットウォークに突き刺さるように着地した。受け身をとる間もなく、冷たい金属
の床に突き上げられて、全身に痺れるような痛みが広がる。苦痛を噛み締めながら、彼女は何とか上体を起こそうと四肢に力を込めた。その瞬間─巨大水槽の水が突如動き出し、水流が絡み合って一つの巨大な「腕」を形作る。明らかに人間のそれよりも大きなそれは、シトラスを鷲掴み出来るぐらいの大きさがある。

「シトラス!!」

緊迫したポメポメの声が耳に届くが、痛みに支配された身体はまだ言うことを聞かない。そうこうしているうちに、水の腕はキャットウォークの上に倒れているシトラスに向かって振り下ろされ、その小さな体を鷲掴みにした。

「あぐっ!?うぁ……っ!」

まるで押し潰そうとでも言うかのように、水の腕はシトラスをキャットウォークの床に押し付ける。骨が軋むような鈍い音がシトラスの体内で響き渡り、息苦しさに彼女は悶えた。

「くぅっ……!は、なして……っ!!」

着地した時に手放してしまったオレンジ・スプラッシュは、シトラスの倒れている場所からほんの少し離れたところに転がっている。シトラスは何とかそれを手にしようと腕を伸ばそうとするが、あと僅かのところでオレンジ・スプラッシュは水槽に吸い込まれるように手すりの隙間から滑り落ち、深い青の中に沈んでいった。

「そん、な……っ、ぁああああっ!!」

絶望するシトラスに追い打ちをかけるように、水の腕はますますシトラスの身体に圧を加えていく。内臓が潰れてしまいそうな程の圧迫感に、シトラスの口から苦しげな声が漏れた。

「ま、まずいポメ……!シトラスを助けなきゃポメ!」

慌てて部屋の脇の通路からキャットウォークに向かって走り出すが、足を踏み入れようとした瞬間、魔獣が形作った水の腕がシトラスをさらに強く押し付けたのが見えた。
それと同時に、金属が軋む不穏な音がバックヤード内に響く。

「ポメっ……!!」

ポメポメの目の前で、シトラスが押しつぶされている場所が急激に沈み込む。そのまま、ギシギシという音とともに、その沈み込んだ部分が周りへと広がり、キャットウォーク全体が不安定になっていく。元々強い圧力がかかることを想定していない細い通路は、想定外の負荷に対応できずに崩壊の時を迎えようとしていた。

そして─キャットウォークの中央部、シトラスが押しつぶされていた場所が突如として爆発的な音を立てて崩れ落ちた。

耐え切れなくなった金属が、断ち切られた弦のように弾け飛び、その衝撃で周囲の床も一瞬で砕け散る。金属片と水槽の水が高く舞い上がり、一気にその場が白煙と水しぶきで覆われた。







「シトラス―っ!!!!」


白煙と瓦礫、水しぶきの中に紛れて青い奈落に落ちていくシトラスの姿が見え、ポメポメはその名を叫ぶ。キャットウォークの中央部分が陥落し、その両端は空中に突き出たまま、まるで断崖のようになっていた。まるで途中で道が途切れたかのように、崩れた中央部分から先は通れない。

しかしポメポメは一瞬の迷いもなく、道の途絶えたキャットウォークに降り立ち、断崖となった部分まで駆ける。その小さな瞳は、水槽の底に沈みゆくシトラスの姿を映している。



その影を見落とさないように目で追いながら、ポメポメは自らの小さな体を水中に投げ出した。
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