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Prologue
しおりを挟む絶え間なく降り注ぐ雨は、世界を平等に濡らしていた。雫が石畳に叩きつけられるたび、凛とした寂しさを孕んだ音が鼓膜を震わせる。灰色のスコールのカーテンに包まれた世界は静かで、男にこの世界には自分以外誰もいないのではないかと錯覚させるほどだった。
煉獄の炎を思わせる紅く長い髪は、水を吸ってその色を暗く変えている。暗い世界に溶け入りそうな漆黒のローブも水を含み、重たくなっていた。ローブの下に着ている服は騎士のような高貴さを感じさせるもので男の立場を示していたが、ところどころに血痕や焦げ跡、破れが目についた。
しかし男はそれを気にする素振りを全く見せずに、濡れるままに立ち尽くしていた。
「……………、」
彼の腕の中には、少女がいた。ゆるやかなウェーブのかかった鮮やかな橙色の髪に、小柄で華奢な身体つき。小動物のような可憐な印象を持たせる少女だった。その表情はとても穏やかで、まるで眠っているかのように安らかなものだった。
しかしその身体はとうに冷え切り、肌には血の気がない。
華奢な身体にはオレンジ色のリボンが無数に絡み付いていて、それ以外に服らしきものは何も纏っていなかった。
白い身体と、鮮やかなオレンジ色のリボン。
その色彩が物語るのは、少女の死に他ならなかった。
男は少女の瞼を閉じさせると、彼女を静かに横たえる。天を向いた少女の顔に降りかかる雨の雫が、まるで涙のように頬を伝い落ちた。
「もし……貴方の魂が再びこの世界に戻ってくることがあるのなら……」
男は少女の髪を撫でながら、祈るように呟く。
「きっと、貴方を見つけ出します。そしてもう二度と──誰にも貴方の命を弄ばせはしない」
静かで、だけど確かな決意がそこにはあった。
男を突き動かすのは、復讐心でもなければ正義感でもない。
ただ、己の愛した少女を護れなかったことに対する後悔だけだった。
「どうかその時まで安らかに。……愛しています」
そう言うと、彼は自らの唇を重ねた。触れ合った肌を通して、温もりを分け与えるかのように優しく口付ける。都合の良いお伽話のように少女が目覚めることなど、男は全く期待していなかった。それでも氷のように冷たくなった唇が愛おしくて、離れがたくて、いつまでもそうしてしまう。
やがて唇を離すと、男は空を仰いだ。分厚い雲に覆われた空はどこまでも灰色で、太陽の光など欠片も見えない。この雨が止む頃には、元の日常が彼を待っている。
少女のいない、長い日常が。
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