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αの本能と選択肢

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ロアジホテルは木崎家の所有するホテルの中でもトップクラスの最高級ホテルだ。
婚約式があったのもここ、これからのヒートを過ごすのもここだと聞いている。

広大な敷地の中に素晴らしい景観の庭園があり、本館のホテル、別棟のビィラが10棟建っている。
この別棟は去年建てられたもので、プライベートを重視するハイクラスの客専用で一般には予約をしていないそうだ。

ロアジの一番大きなビィラに車を着けると、玄関には木崎馨の世話役である結城と馨の父の秘書、蓮見が待機していた。

「お待ちしておりました、晴翔様」
「彼は?…中にいるみたいだな…」
鼻をつく甘ったるい匂いが風に乗って流れてくる。
「はい、先ほどヒートが初まったようです。」
蓮見が前を歩く。
玄関のドアを開け
「ここからは晴翔様お一人でお願いします、5日後お迎えに参りますので、私まで連絡頂けますと助かります」
少し神経質そうな顔つきの彼が眼鏡を押し上げ
「期間中、ベータのメイドが何人かでお世話をさせていただきます」とメイドを呼びつけ挨拶をされた。

覚悟を決めてここに来たはずが、もう匂いに翻弄されかかっている。
一歩建物に入った途端に意識が違うものに塗り替えられる、そんな感覚がして軽い酩酊状態が襲って来た。
蓮見の声は聞こえて、何を言っているのかわかっているはずなのに、もう標的がどこにいるのかを見定めようとしている自分がいる。
フラフラとそこを目指し螺旋階段を登ろうと足をかけたとき、手を引かれた。
「馨を…馨さんをよろしくお願いします」
結城が俺を睨みつけながら懇願する、その姿は滑稽だが、彼の気持ちはよくわかるような気がした。
きっと彼は馨の事が好きなのだろう、根拠はないがなんとなくそう感じた。
「大切に扱うと約束する」
それが俺に言える最善の敬意だった。
「ではこれで私共は失礼します」
そう言って蓮見達が同時にお辞儀をした。

玄関のドアが閉まるその瞬間まで、結城がこちらから目を離す事はなく、その憤りは俺ではなく自分自身に向けられた怒りのように感じた。

”選択肢がないのは皆同じなんだな…”

階段を一歩、また一歩上がっていく。
どの部屋に彼がいるのかがわかる。

こんな状態なら動物の本能はすぐ現れる、そして自我を保てなくなるのは時間の問題だ。

自分がアルファである事が嫌で仕方ない。
貪りつきたいのはただ1人なのに、今はこの匂いに流されてこのドアの向こうにいる標的を引き裂いてぐちゃぐちゃにすることしか考えられなくなっている。

泣かせてごめん。
不幸にする俺を許してくれ。
そう心の中で唱えながらドアを開けた。

そして俺の自我が消え動物の本能が脳を凌駕する。

そこからちゃんとした意識は消えてなくなった…
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