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いち

chapter10 血も涙もない男の取り柄

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散々繰り返すが、アビゲールの前世人は極悪人だ。戦争で人を何千人も殺したし、政治は自分が得をすることだけ考えていたし、誑かした女の数だって知れない。
なぜアビゲールが地獄に落ちず、こうして現世を生きているのか不思議なくらいなのだ。

しかし、そんな血も涙もない男にも、ひとつだけ取り柄があった。


♯♯


「チェック」


アビゲールが幾度目かのその言葉を言うと、王子は目を見張った。

「……ま、まって! 今のルークの動きかたが悪かったんだ。ここだけ戻せば……」

「えぇどうぞ、お好きなように」

足を組み、王子から取り上げた駒を弄びながらアビゲールは不遜に笑って告げた。

(……昔っから、どうしてかボードゲームは強かったのよね)

とくに定石などを勉強したわけでもないのに、閃きと直感だけで大抵の相手に勝てる。そこからゲームの面白さに目覚めて、それなりに研究を重ねてきたので………今となっては百戦錬磨、負けることなし。転生してからもその実力は健在だった。そのことを思い出し、交流のきっかけとして勝負を吹っ掛けてみたのだ。

『王子はチェスがお上手と耳に挟みまして。勝負していただけませんか?』
『……いやだよ。僕に関わらないで』
『では、殿下が勝利なさいましたら、もう関わりませんわ』

ちなみに件の旧友からは、五六度の対戦で『おまえの陰険な性格が遺憾なく発揮されている』とお褒めの言葉を頂戴した。


「あぁ因みに」

アビゲールはニコリと王子へ笑いかけた。

「そちらへお逃げになると、クイーンが詰みですね」

王子の顔が蒼白に染まる。

その後もアビゲールは大人気なく、幼気な少年をいたぶり続けた。
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