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閑話 兄弟子の情け
(1)
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今日も派手なスーツを羽織ったロイドは、煙草の煙を燻らしながら、一枚の手紙を眺めていた。
##
今も小憎たらしい弟弟子と初めて出会ったとき、ロイドは「なんとまあ生意気な子供だろう」と自分を棚に上げて思ったものだった。
「これ、違うよ。五行目の式。代入する重力の値が間違ってる」
すっ、と横から伸びてきたぬいぐるみみたいな手が、ロイドのノートを右上をなぞる。顔を上げるとそこにいたのは、たまに研究所のなかをウロウロ歩いていた子供。きりりと整った、意志の強そうな紫の瞳が印象的なその子供が、真っ直ぐロイドを見ている。それまでは特に興味も無く、話したのはそれが初めてだった。
ロイドは憮然と口を開く。
「……うるさい。わかってるさ、下には正しい式が書いてあるだろ?」
「なら消したら? 後から見たらわからなくなるよ」
当たり前のように返される生意気な言葉に、ロイドはカッとなった。何もわからない子供のくせに、たまたま見つけた間違いを知ったように注意されたことが癪に触った。冷たく言葉を返せば、相手も減らず口を叩いてくる。
ロイドは黙って席を立つ。
「ねえ先生、あのガキなに? 研究の邪魔なんだけど」
まだ人間の出来てなかったロイドは、嫌味の混ざった口調で師匠に告げ口をした。
僅か十四歳にして、優秀な成績を収めて学校を卒業し、幼い頃から憧れた師について学ぶロイドには 魔法に対してそれなりのプライドがあったし、真剣な研究の場に子供がいることを目障りに思ったことも事実であった。
しかし、そんな師匠は相も変わらず、ゴミともつかない発明品に夢中になっている。
「先生、先生!」
「ん……。ああ、なに?」
諦めずに声を掛けてようやく顔を上げた師匠は、ほんわりとした空気を纏い、なんとも気の抜ける顔でフワリと笑った。紫水晶のような二つの瞳が印象的な顔は、黙っていれば鋭利で冷たく見える程なのに、このように笑うとまるで年下のように感じてしまう。立場を感じさせない笑顔は、思わず周囲を和ませ、そして翻弄する。
このような上役を持つと苦労することを、ロイドはここに勤めだしてから初めて知った。
「先生、この子が……!」
言葉を続けようとした、そのとき。
「お父さん、それなに?」
いつの間にかロイドと師匠との間にやって来ていた子供が、ひょいっと背伸びをして机を覗き込んだ。
ロイドはその子供が発した言葉に、驚いて思わず硬直した。
(……お父さん!?)
「ああ、これはね。僕の得意な風の属性を使って、便利な生活用品を作れないかなって。見て、これは机の上の塵やゴミを吸い込むんだ」
「へー、いいね。もっと詠唱を短く出来ないかな」
「うん、そうだね。でも今の長さでも操作がでたらめで、僕しか使えないからなあ。ロイド君はどう思う?」
疑問符でいっぱいになっているロイドに師匠が話を振ってくるが、正直そんなことはどうでもよかった。
「……ロイド君?」
「…………机を掃くなら小箒で充分でしょう。それより!
本当にこの子、先生のお子さんなんですか?」
そう尋ねると、師匠は不思議そうな顔をした。
「うん。シエルというよ。今年、確か……五歳になるのだっけ」
ニコリと育ちの良い顔で微笑まれた。それにつられるようにちら、とロイドは子供のほうへ目を向ける。紹介されたシエルは、言われてみれば確かに師匠と目の色や耳の形がよく似ている気がした。
「年も近いし、君も仲良くしてあげてね」
そう言って、師匠は「さあ終わった」とばかりにまた手元のガラクタに目線を移す。ロイドとしては、十近く年の離れた子供と年が近いなんて言われるのは心外だったが、師匠の手前黙って頷く。
「……はい」
これが、後に兄弟弟子となるロイドとシエルの出会いである。
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今も小憎たらしい弟弟子と初めて出会ったとき、ロイドは「なんとまあ生意気な子供だろう」と自分を棚に上げて思ったものだった。
「これ、違うよ。五行目の式。代入する重力の値が間違ってる」
すっ、と横から伸びてきたぬいぐるみみたいな手が、ロイドのノートを右上をなぞる。顔を上げるとそこにいたのは、たまに研究所のなかをウロウロ歩いていた子供。きりりと整った、意志の強そうな紫の瞳が印象的なその子供が、真っ直ぐロイドを見ている。それまでは特に興味も無く、話したのはそれが初めてだった。
ロイドは憮然と口を開く。
「……うるさい。わかってるさ、下には正しい式が書いてあるだろ?」
「なら消したら? 後から見たらわからなくなるよ」
当たり前のように返される生意気な言葉に、ロイドはカッとなった。何もわからない子供のくせに、たまたま見つけた間違いを知ったように注意されたことが癪に触った。冷たく言葉を返せば、相手も減らず口を叩いてくる。
ロイドは黙って席を立つ。
「ねえ先生、あのガキなに? 研究の邪魔なんだけど」
まだ人間の出来てなかったロイドは、嫌味の混ざった口調で師匠に告げ口をした。
僅か十四歳にして、優秀な成績を収めて学校を卒業し、幼い頃から憧れた師について学ぶロイドには 魔法に対してそれなりのプライドがあったし、真剣な研究の場に子供がいることを目障りに思ったことも事実であった。
しかし、そんな師匠は相も変わらず、ゴミともつかない発明品に夢中になっている。
「先生、先生!」
「ん……。ああ、なに?」
諦めずに声を掛けてようやく顔を上げた師匠は、ほんわりとした空気を纏い、なんとも気の抜ける顔でフワリと笑った。紫水晶のような二つの瞳が印象的な顔は、黙っていれば鋭利で冷たく見える程なのに、このように笑うとまるで年下のように感じてしまう。立場を感じさせない笑顔は、思わず周囲を和ませ、そして翻弄する。
このような上役を持つと苦労することを、ロイドはここに勤めだしてから初めて知った。
「先生、この子が……!」
言葉を続けようとした、そのとき。
「お父さん、それなに?」
いつの間にかロイドと師匠との間にやって来ていた子供が、ひょいっと背伸びをして机を覗き込んだ。
ロイドはその子供が発した言葉に、驚いて思わず硬直した。
(……お父さん!?)
「ああ、これはね。僕の得意な風の属性を使って、便利な生活用品を作れないかなって。見て、これは机の上の塵やゴミを吸い込むんだ」
「へー、いいね。もっと詠唱を短く出来ないかな」
「うん、そうだね。でも今の長さでも操作がでたらめで、僕しか使えないからなあ。ロイド君はどう思う?」
疑問符でいっぱいになっているロイドに師匠が話を振ってくるが、正直そんなことはどうでもよかった。
「……ロイド君?」
「…………机を掃くなら小箒で充分でしょう。それより!
本当にこの子、先生のお子さんなんですか?」
そう尋ねると、師匠は不思議そうな顔をした。
「うん。シエルというよ。今年、確か……五歳になるのだっけ」
ニコリと育ちの良い顔で微笑まれた。それにつられるようにちら、とロイドは子供のほうへ目を向ける。紹介されたシエルは、言われてみれば確かに師匠と目の色や耳の形がよく似ている気がした。
「年も近いし、君も仲良くしてあげてね」
そう言って、師匠は「さあ終わった」とばかりにまた手元のガラクタに目線を移す。ロイドとしては、十近く年の離れた子供と年が近いなんて言われるのは心外だったが、師匠の手前黙って頷く。
「……はい」
これが、後に兄弟弟子となるロイドとシエルの出会いである。
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