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2章

第4話 お可哀想

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「………なんで僕がこんなのを付けているんだ」

 教室にアステオの憤然とした声が響く。

 アステオがしているのは真っ白な猫耳だ。俺の考えを言えば、こいつ以上に猫耳が似合うやつはこのクラスにはいないだろう。

「だいたい、僕が休んでる間に出し物を決めるなんて、卑怯だ! 出席さえしてれば、なんとしてでも阻止したのに!!」

 無理だと思う。委員長のあの勢いは、誰にも止められない。

「ちょっと! なんとか言ってよ!!」

 怒りをぶつけられたシエルは、仕方なく振り向く。そんなシエルの頭にも、ちょこんと二つの狼耳が……。

「言ってもしょーがないだろ。もう決まっちゃったんだから」
「ぐ………じゃ、じゃあせめてその耳を僕によこせ! 猫の耳よりはマシだ!」
「………あげれるものならあげたいけどなあ」

 仕事の早いクラス代表は決定と同時に動物の希望をとり、希望のない生徒には委員長セレクトの動物を割り振った。抜け目のないことである。

 そんな委員長の頭にはシカの耳と角が………それ、アリなの? とは思ったが、尋ねると、「強そうでしょう!」と返された。うん、そだね……。

「お二人ともすっごく似合ってるわ! やっぱり私の目に狂いはなかった!」
「……あのー、代表。これ、当日着けるだけじゃだめっすかね?」
「だめよ、せっかく作ったんだから! なんなら文化祭終わったあとも着けててほしいくらいだわ!」
「………それは、勘弁して……」

 もう、何を言っても薮蛇になりそうなので、俺は早々に口を閉じる。

「そういえば二人、午後から演舞のリハーサルに出るのよね?」
「あー、ハイ」
「頑張ってね! 二人の演舞、どんなふうになるのか楽しみにしてる!」

 バンバンと背中を叩かれて激励し、そのまま忙しそうに去っていく。
 嵐のようだなあ。女傑というか、豪快な人だ。勝てる気がしない。

「……っと、アステオ? 黙ってたけど大丈夫か?」

 文句を言ってたはずのアステオを振り返ると、どんよりした雰囲気を纏ったまま気配を消していた。

「………あの人、苦手だ……」
「………」

 胡乱な目で呟くアステオに、シエルは「まあまあ」と苦笑する。
 ところで、それにしても………。

(……俺たちは本当に、この格好ケモミミで演舞のリハーサルに行くのか……?)

 嗚呼、足取りが重いことである。


♯♯


 演舞のリハーサル会場は屋外の広場だった。前置きとして簡単なルールと採点基準の説明があり、各クラスの代表者がステージに上がって形だけ手順を確認する予行練習を行う。ちなみに内容は当日まで極秘だ。

「採点基準はもちろん、創意工夫と独自性! 技術力だけでなく、テーマの明確性も大事ですよ!」

 運営委員が話すのをボンヤリ聞く。こういうところで聞く話って、なぜか頭に入ってこないよな。
 そんなことを考えていたとき、近くにいた隣のクラスの生徒がアステオに話しかけてきた。

「あっ、アステオ公子! アステオ公子も演舞に出るんですね!」
「ふっ、ふふ、そのお耳よくお似合いですよ!」
「お似合いってなんだよ!」

 すかさず不機嫌そうに突っ込むアステオ。まあ似合ってることは本当なんだけどな。俺としては、クラスの衣装を着ている人が多くケモミミがそこまで浮いてないことにホッとしている。

「……ゴホン。君たちも久しぶりだね。こないだのパーティーでは子爵にも世話になった」
「いいえ! その後お加減は大丈夫ですか?」
「問題ない」

 パーティーって、この間遭遇したときのやつかなあ、とシエルは考える。
 ていうか「問題ない」は嘘だろ。昨日も体調不良で休んでたくせに。

「ここにいるということは、アステオ様も演舞に出るんですね!」
「やっぱりマイク様と一緒に出るんですか?」

 笑顔でそう尋ねてくる生徒たちに、アステオはキョトンとした顔で返事をする。

「いや? 一緒に演舞に出るのは、この冴えない男だけど?」

 おいおい、冴えないってのは余計だろ、と思いながらシエルは大人しくアステオに腕を引かれる。
 面倒事の気配を感じながら、目で促され仕方なく俺は自己紹介をした。

「………シエル・クラウザーです」

 今度は相手の生徒たちがキョトンとした顔をする番だった。

「クラウザー………?」
「聞かない名前。………隣国の貴族?」
「いや。シエルは平民なんだ」

 アステオがそう言った瞬間、相手の表情が固まった。そして目だけが彼らの感情を如実に物語る。
 予想もしてなかったというような、なんと言ったらわからないという目。

「………え?」

 それが、だんだんと同情するような感情に移り変わっていく。憐れむような、恐れるような、理解の範疇を越えたものを見る目。

「………アステオ様、お可哀想……」

 ポツリ、とそう呟く。
 彼らの目は、真っ直ぐアステオを見つめていた。俺など眼中にない。俺などたぶん見えていない。

「………可哀想って、君たち……!」

 思わず、アステオがなにかをいいかけたようだった。けれどちょうどそのとき、俺たちの番が来てステージに呼ばれた。

「………アステオ様。行きましょう?」

 そう言った俺を前に、アステオはさらに驚いた様子だった。
 そうして行ったリハーサルも、あからさまに動揺が収まってなかった。

 だから俺はリハーサルのあと、教室に戻る途中でこう呟いた。

「………どうせわからないし、ちょっとサボらないか?」

 おどけながらそう言った俺に、無表情だったアステオがまるで安心したみたいに泣きそうな顔をして、コクリと頷いた。
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