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2章

第3話 俺がおかしいのか?

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 いよいよ学園祭の準備期間が始まった。
 期間中は授業の時間がまるごと作業時間となって、教室や廊下には作業道具や材料などが運び込まれた。
 この非日常感はワクワクするな。

 今日はクラスの出し物の準備を進めている。俺たち四組は、話し合いで喫茶店をやることまでは決まっていたのだが。


♯♯


「ねえ、普通の喫茶店じゃつまらないし、ちょっと一捻りしてみない?」

 唐突にクラス代表がそう切り出して、教室は大騒ぎになった。

「一捻りって?」
「んー、コスプレとかさあ」
「あ、わかる。流行りの舞台や小説をモチーフにするとか」
「異性装カフェとか?」
「そう!」

 いや、いやいや。わからない。
 そんなんいらないだろ。
 けれどそう思うのは少数派だったようで、戸惑う俺を置いてけぼりに、次々とみんなが椅子を蹴って立ち上がっていく。

「それより私はホラー喫茶がいい!」
「謎解き喫茶は?」
「メイド喫茶!」
「それなら執事喫茶がいい!!」

 終いには作業をほっぽり出して、教室の中心で討論が始まった。なんだ? 俺がおかしいのか?
 いいじゃないか。フツーに珈琲飲んでゆっくりできればそれで。

 殴り合うような勢いで白熱していく討論に諦めた俺は、仕方なくすうっと教室の端に避難して決定を待つことにした。

「シエルくん」
「お、マイク」 

 そこで同じように成り行きを見守っていた、マイクに声をかけられた。彼も討論に戸惑いの色を強く浮かべてる。

「作業どころじゃなくなったね」
「そっすね、まあ見守りながら、できることだけやっちまいましょう」
「ボクに敬語はいいよ。シエルくんは大会のほうの準備はいいの?」
「そう? あー、まあ。演舞の準備もボチボチだな。けど今日、アステオがいないからさ」

 とりあえず教室の掲示物を剥がしていく。

 アステオは今日、休みだった。
 あの見舞いの日からも、アステオは時々休むことがある。今日は学園祭準備だから授業の遅れは無いにしろ、体調の面でわりと心配だ。いくら、数日もすれば登校してくるとわかっているとはいえ。

「あいつ、結構休むよな。課題届けに行って顔見ると、めちゃくちゃ悪いってほどじゃなさそうなんだけど。あ、マイクはアステオを昔から知ってるんだったか?」
「え、まあ。ボクとアステオくんは同じ伯爵家の息子だし、領地も近いから昔から親交はあったよ」
「ふぅん。昔から身体弱かったのか?」

 そう尋ねた俺に、マイクは少し言いにくそうな顔をした。

「そう、だね。あまり元気いっぱいという感じじゃなかったかな。外遊びをするよりは、本を読むことを好むような」
「へー」

 思い出すようにそう語るマイクに、シエルはアステオの新しい一面を見た気がした。
 今のあいつは身体は丈夫じゃなくても、けっこう活発な印象だ。けれど小さい頃は大人しい少年だったのか。俺自身は冬でも薄着で遊び回るような子供だったので、あまり想像はつかない。

「……ん? というか家同士の付き合いまであるなら、当然アステオの家の人はマイクが同じクラスだって知ってるよな。それなのに、俺が見舞いとか行っちゃってよかったのか?」

 そんな素朴な疑問を口にした俺に、マイクはなぜか少し焦った顔をした。

「そそ、それは、ほら! やっぱり一番仲がいい人に来てもらった方がアステオくんも嬉しいと思って!」
「………?
 俺、あのときそこまでアステオと仲よくなかったけど?」
「あ、あれ!?……そ、そうだっけ!?」
「まあ、あれをきっかけに仲良くなれた気がするから、感謝してるけどな」
「そ、そう! ならよかった!」

 どことなくホッとした感じのマイクに違和感を持ちつつも、「ああ、ありがとな」と相槌を打っておく。
 そんな俺を見て人心地ついた様子のマイクは、「それにね」と言葉を続けた。

「同じ伯爵家とはいっても彼の家は、侯爵家に繋がりがあるような家柄だから。気安く訪問するというわけにもなかなかね」
「ふうん」

 ………それを言ったら俺なんかただの平民なわけだが、俺が毎度見舞いに行くのはいいんだろうか。

「……というかそれって、どのくらい偉いんだ?」
「ミラー伯爵家より力を持つ家は、この国に十もないよ。たしか過去には王家に正妃として嫁いだご令嬢もいたはずだ」
「ひぇー………」

 娘が正妃になるって………やっぱり並大抵じゃない。普段から偉そうにしてるが、こんなときは本当に偉いんだなと実感してしまう。

「……俺、今からでも敬語使うようにしようかな……」

 本当に今さらだが、思わずそんなことを呟いてしまった。
 しかしそれを聞いた瞬間、マイクが前のめりになって叫ぶ。

「いや、いや! そんなことしなくていいよ!」

 その勢いに、俺は思わず後ずさってしまった。そんな俺に彼ははっとなった顔をして、少し声を和らげる。

「あ…………ご、ごめん。でも一つだけ言わせて!」

 そう言って、こほん、と普段の落ち着いた態度を取り戻そうとするようにマイクは咳払いをひとつする。

「……アステオくんはさ、君のことを大切に思ってる。それはシエルくんにも伝わっているだろ?」
「あ………ああ」
「なら君は、それを裏切るようなことをしちゃダメだ。
 身分を理由に親しい人と距離を置かれるのって、すっごく寂しいんだよ………?」

 そう、真剣な表情で俺を見上げるマイク。その雰囲気に俺は思わず呑まれてしまう。

 俺に距離を置かれるのが、寂しい?
 そんなこと考えたこともなかった。

 しばらくの沈黙のあと、やっと言葉を絞り出すことができた。

「わ…………わかった。俺が悪かったよ」
「うん。………わかってくれてよかった」

 ふ、とマイクの表情が緩む。その穏やかな顔が、なぜだかやけに遠く感じて。俺は思わず声を掛けようとする。

「なあ──」
「みなさん!!」

 しかしその瞬間、教室の真ん中で叫ぶような声が聞こえた。思わず振り返るとそこには、机に土足で仁王立ちしたクラス代表の姿が………。

 オイ、いいのか……? 彼女はあれでも、かなりいいところの貴族令嬢だったはずだが……。しかし俺のそんな素朴な疑問はまるで眼中にないようで。一部唖然とする貴族令息たちをよそに、委員長はキリリとした顔で言い切った。



「今年度の1ー4のクラス発表は、『ケモミミ喫茶』に決まりです! いいですか、決定です! 異論は一切受け付けません!!」

 あまりの勢いに、一同は静まり返った。しかし、しばらくすると教室中にまばらな拍手が響き渡る。それをクラス代表は「ありがとうございます!」と受けている。
 なかなか堂に入った政治家っぷりだ。とても同い年とは思えない。

 だが俺はとくに反対するでもなくパラパラと手を叩きながら、心の中で呟く。

(ケモミミって………なんだ?)
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