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18 ここぞとばかりに

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 ケンは困惑した表情で動かない自分の足を見下ろしている。その表情がいじらしく可愛い。
 「『おいで』」とコマンドを発すれば、今度は驚きの表情を浮かべながら自分の近くまでゆっくりと歩いてきた。
「『いいこ』。よくできました」
 そう言って、目の前の黒髪を慈しみを込めてサラサラと撫でる。受け入れている、リアンはそう感じた。
「こっちを『見て』」
 コマンドに従い、下げていた視線があがって黒曜石の瞳にリアンの瞳が写し出される。視線を絡めたまま、「『いいこ』だ。初めてのコマンドはどう? 抵抗感はある?」と聞けば、「あ、いや……ない、です」と答えた。
 そのまま続けてよいかを尋ねると、ケンは大きくうなずいた。
 もっと、もっとこの人を可愛がりたい。いっぱい褒めて撫でてあげたい。
「じゃあ、『四つん這いになって』」
 ケンは素直に獣の体勢をとる。
「『キスして』」
 そうコマンドを発すると、ケンは束の間悩み、リアンの爪先にキスをしようと頭を下げた。
(うそうそ!? 従順過ぎて心配になるんだが!)
 一瞬頭の中で叫んで、ケンの前に手を差し出した。そこに小さなキスをすると、顔を上げて、「出来たよ?」という目でリアンを見上げている。
 なんなんだ!この可愛い生き物は!
 初めて会った相手。しかも見ず知らずの。
 そのDomからのコマンドに少しの抵抗もなく従がって、こちらが期待する以上の態度と表情を返してくる。
 リアンは目眩がしそうだった。
 気を取り直して、「『いいこ』。よく出来たね」と褒めて、頬を優しく撫でる。リアンは椅子から立ち上がり、四つん這いのケンの隣にしゃがみ、ペットの大型犬にするようにその肩や腰を撫でてやった。
 ケンは身体をぴくぴくと振るわせ、撫でる手に擦り付いて鼻を鳴らす。
「可愛い……」
 思わず漏れた呟きは、撫でられてうっとりと浸っているケンには聞こえていないようだ。
 全身を撫でていて気づいたが、とにかく細い。骨と皮だ。顔色もプレイを始めて、目に見えて不調な様子は無くなっている。不健康なほどに痩せているのはどうしようもない。落ち窪んだ目、痩けた頬が痛ましい。美味しいものを食べさせて、
何不自由ない、何も心配することない生活を送らせたい。俺のコマンドで身体の隅々まで支配したい。
 そんなことを考えながら、側でくふくふと鼻を鳴らして擦り付いている可愛い人を眺める。

「『仰向けになって』」
 コマンドを発すると、ケンはとろんとした表情でのろのろと体を動かして仰向けになる。そして、その後すぐにハッとした。
(おや……?)
 先程までくんくんと子犬のような声をあげながら、リアンの手に擦り付いていたのに、今は顔を真っ赤にして恥じらいながら前を隠している。
 「『見せて』」と声をかけると、落ち着かなそうに瞳を揺らし、最後は観念したかのように、大きく股を広げて、両手をあげた。
 その様はまるで降参したか、飼い主に撫でられたい犬の姿そのものだった。
 
  あぁ、なんて可愛らしいのだろう。
 自分がsubだと言うこともつい先程まで知らなかった男は自分の命令を素直に受け入れて、一生懸命に応えようとする。
 まだ何の手垢もついていないこのsubが本当に愛おしくてたまらないとリアンは思った。
 額にかかる前髪を払って、瞳を見つめる。頭を撫でて、耳元で優しく「『よくできたね、いいこ』」と褒めると身体をびくりと大きく震わせた。

 「えっ?」というケンの驚きの声が聞こえたかと思うと、慌てて体を起こし、前を隠すように背を丸めてその場で小さくうずくまる。
 その行動こそが物語っていて、リアンはケンの身体に何が起こったのかを察した。
(うそうそうそっ! 嘘だろ!?)
 ケンはおそらく達してしまったのだろう。その恥ずかしさに、隠れようとしている。
 可愛い……。
 コマンドに従順で、色欲に忠実。
 このSubを外に出していては危険だ。すぐに他のDomにいいようにされてしまう。そんな危機感が湧いてくる。
 このSubに自分のコマンドを刻みこまなくては──。

「どうしたの? 動いていいって言ってないよ」
 内心の焦りを笑顔で隠して囁くと、「ご、ごめんなさい。申し訳あ、りませ、ん」とうずくまったまま謝罪を口にする。
「どうしたのか聞いているんだよ」
 追い詰めるように問いかける。
「ほら」
「あ、あの……あ、」
 表情は見えない。だが、ケンがぐるぐると頭の中で悩んでいることはうかがえた。
 リアンはここぞとばかりにコマンドを発した。
「『言って』」

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