18 / 80
18 ここぞとばかりに
しおりを挟むケンは困惑した表情で動かない自分の足を見下ろしている。その表情がいじらしく可愛い。
「『おいで』」とコマンドを発すれば、今度は驚きの表情を浮かべながら自分の近くまでゆっくりと歩いてきた。
「『いいこ』。よくできました」
そう言って、目の前の黒髪を慈しみを込めてサラサラと撫でる。受け入れている、リアンはそう感じた。
「こっちを『見て』」
コマンドに従い、下げていた視線があがって黒曜石の瞳にリアンの瞳が写し出される。視線を絡めたまま、「『いいこ』だ。初めてのコマンドはどう? 抵抗感はある?」と聞けば、「あ、いや……ない、です」と答えた。
そのまま続けてよいかを尋ねると、ケンは大きくうなずいた。
もっと、もっとこの人を可愛がりたい。いっぱい褒めて撫でてあげたい。
「じゃあ、『四つん這いになって』」
ケンは素直に獣の体勢をとる。
「『キスして』」
そうコマンドを発すると、ケンは束の間悩み、リアンの爪先にキスをしようと頭を下げた。
(うそうそ!? 従順過ぎて心配になるんだが!)
一瞬頭の中で叫んで、ケンの前に手を差し出した。そこに小さなキスをすると、顔を上げて、「出来たよ?」という目でリアンを見上げている。
なんなんだ!この可愛い生き物は!
初めて会った相手。しかも見ず知らずの。
そのDomからのコマンドに少しの抵抗もなく従がって、こちらが期待する以上の態度と表情を返してくる。
リアンは目眩がしそうだった。
気を取り直して、「『いいこ』。よく出来たね」と褒めて、頬を優しく撫でる。リアンは椅子から立ち上がり、四つん這いのケンの隣にしゃがみ、ペットの大型犬にするようにその肩や腰を撫でてやった。
ケンは身体をぴくぴくと振るわせ、撫でる手に擦り付いて鼻を鳴らす。
「可愛い……」
思わず漏れた呟きは、撫でられてうっとりと浸っているケンには聞こえていないようだ。
全身を撫でていて気づいたが、とにかく細い。骨と皮だ。顔色もプレイを始めて、目に見えて不調な様子は無くなっている。不健康なほどに痩せているのはどうしようもない。落ち窪んだ目、痩けた頬が痛ましい。美味しいものを食べさせて、
何不自由ない、何も心配することない生活を送らせたい。俺のコマンドで身体の隅々まで支配したい。
そんなことを考えながら、側でくふくふと鼻を鳴らして擦り付いている可愛い人を眺める。
「『仰向けになって』」
コマンドを発すると、ケンはとろんとした表情でのろのろと体を動かして仰向けになる。そして、その後すぐにハッとした。
(おや……?)
先程までくんくんと子犬のような声をあげながら、リアンの手に擦り付いていたのに、今は顔を真っ赤にして恥じらいながら前を隠している。
「『見せて』」と声をかけると、落ち着かなそうに瞳を揺らし、最後は観念したかのように、大きく股を広げて、両手をあげた。
その様はまるで降参したか、飼い主に撫でられたい犬の姿そのものだった。
あぁ、なんて可愛らしいのだろう。
自分がsubだと言うこともつい先程まで知らなかった男は自分の命令を素直に受け入れて、一生懸命に応えようとする。
まだ何の手垢もついていないこのsubが本当に愛おしくてたまらないとリアンは思った。
額にかかる前髪を払って、瞳を見つめる。頭を撫でて、耳元で優しく「『よくできたね、いいこ』」と褒めると身体をびくりと大きく震わせた。
「えっ?」というケンの驚きの声が聞こえたかと思うと、慌てて体を起こし、前を隠すように背を丸めてその場で小さくうずくまる。
その行動こそが物語っていて、リアンはケンの身体に何が起こったのかを察した。
(うそうそうそっ! 嘘だろ!?)
ケンはおそらく達してしまったのだろう。その恥ずかしさに、隠れようとしている。
可愛い……。
コマンドに従順で、色欲に忠実。
このSubを外に出していては危険だ。すぐに他のDomにいいようにされてしまう。そんな危機感が湧いてくる。
このSubに自分のコマンドを刻みこまなくては──。
「どうしたの? 動いていいって言ってないよ」
内心の焦りを笑顔で隠して囁くと、「ご、ごめんなさい。申し訳あ、りませ、ん」とうずくまったまま謝罪を口にする。
「どうしたのか聞いているんだよ」
追い詰めるように問いかける。
「ほら」
「あ、あの……あ、」
表情は見えない。だが、ケンがぐるぐると頭の中で悩んでいることはうかがえた。
リアンはここぞとばかりにコマンドを発した。
「『言って』」
93
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……
鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。
そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。
これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。
「俺はずっと、ミルのことが好きだった」
そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。
お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ!
※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・不定期
花屋の息子
きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。
森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___?
瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け
の、お話です。
不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。
攻めが出てくるまでちょっとかかります。
とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~
無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。
自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる