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12 はじめてのプレイ

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 それはないよ……とがっくり肩を落としたものだ。だが、よく考えなくても、それはあるはずがない。
 この世界の生き物ではないのだから。
 そう納得した。その時は……。

 その一件以降、あまり関わりのなかったハウスで働く人たちとも挨拶だけではなく、顔を合わせたら軽口をたたく程度には親しくなった。というより、記憶もなく、魔力もない健介をみんな「かわいそうな人、優しくしてあげなきゃね」と認識したといった方が正しいかもしれない。
 せっかく異世界に来たのに、魔法すら使えなかった自分。
 それでもやっと、普通に生活できると思い始めた矢先に、「Sub」という何の役にも立たなそうな属性が付与されている。
 魔法が使えないのはわかる、だって異世界から来たし。じゃあ、なんで元の世界にないものが突然生えてくるのだ……。だったら、生えてくるのはぜったい魔力の方が良いに決まってる、健介はそう改めて思った。

 そして、いま現在は見ず知らずの部屋で、見ず知らずの人とプレイをしようとしているのだ。
 思わずため息が漏れた。

「ケン」
 声をかけられて、健介は回想から引き戻される。横抱きに抱えられたままだったことを思い出して「わぁっ」とバランスを崩しそうになり、リアンに抱き着いた。
「ツラい? プレイできそうかい?」
「は、い。すみません」
「よかった。じゃあ、おろすよ」
「はい」
 リアンは健介をベッドの足元の床におろして、その場に立たせる。そして、自分は窓際にしつらえられたテーブルセットまで歩いていった。どんなことをされるのか、この後何が起こるのか、緊張して心臓が早鐘を打ち始める。どうしたら良いかわからず健介はついて行った方がよいのかと思って、歩きだそうと足を踏み出した瞬間、
「『待て』」
 凛としたリアンの声が部屋に響きわたり、不思議な感覚が健介を支配した。

(え、え!?)

 歩こうと踏み出した一歩から身体が動かない。困惑の表情が健介の顔に広がる。
「『おいで』」
 今度は固まっていた足が、すっと動くようになり、無意識のままテーブルセットの前まで歩みを進めた。

(あぁ……これが……『命令コマンド』)

 本能で理解した。ただの言葉ではない、DomがSubに向ける命令が『コマンド』なのだ。考えるのではなく、感じるのだ。初めての命令コマンドには恐れや不安はなかった。それよりも従いたい気持ちの方が勝っていた。
 リアンの前まで進んだ健介に、「次は『お座り』」と命令がくだされた。素直に従い、膝から崩れ落ちるようにその足元へ座り込む。それはまるで犬が主人の前でお座りをしているような姿だった。
「『いいこ』。よくできました」
 そう言って、リアンは小さな子供かペットにするように優しく頭をなでる。
 ただそれだけで、健介ふわふわと気持ちがよくなり、心がぽかぽかと温かくなった。
 抗えない。いや、抗いたくない。この人に従いたい。もっともっと命令してほしい。

「こっちを『見て』」
 下げていた視線をあげて、正面からリアンの顔を直視する。見上げた先の美しい人もその瞳を健介へと向けていて、綺麗なオッドアイと視線が絡んだ。片方の目は氷が溶けた春先の小川のように薄く澄んだ青色、もう片方は薄いグリーンに榛色の虹彩がまるで花が咲いたように見える。
「『いいこ』だ。初めての命令コマンドはどう? 抵抗感はある?」
「あ、いや……ない、です」
「このまま続けても?」
 健介はこくりと大きくうなずきを返した。
 もっともっとできる。褒められて撫でられたい。
「じゃあ、『四つん這いになって』」
 健介はお座りの態勢から、膝を立てて獣のように四つ足になる。
「『キスして』」
 えっと一瞬だけ驚いた。この体勢でキスができるのは、リアンの靴を履いたつま先だけだ。嫌だという気持ちはなぜだか欠片もわかないが、健介の常識は頭の隅で「どうなのだろう」と逡巡する。
 すると、健介の目の前にリアンの大きな手が差し出された。「あ、こっちか」とそのまま手の甲へとちゅっと軽いキスを落とす。少しだけ残念な気持ちがしているのはなぜだろう。

「『いいこ』」
 「上手にできたね」と微笑みかけて、空いた手で健介の頬を撫でる。健介は無意識にその手に頬を摺り寄せて、鼻から「くぅーん」という鳴き声を上げていた。
 リアンは椅子から立ち上がり、しゃがみこむと健介の肩や腰をするすると撫でる。そのたびに、健介はぴくぴくと身体を震わせた。
「可愛い……」
 リアンが小さな声でつぶやくが、目を細めてうっとりとした健介の耳には届かない。
 「いいこ、いいこ」と褒められて、撫でられるたびに、気分はどんどんと高揚していく。
 気持ちがいい。
 先ほどまで冷たくなっていた身体は活力を取り戻して、全身が熱いくらいだった。
「くふ、ん」
 知らず識らずに身体を揺する健介の鼻から小さな息が漏れる。
「『仰向けに』」
 そう命令されて、のそのそと従順に床に背中をつけて、膝を曲げたまま仰向けになる。すると、開いた足の間から、パンツを押し上げているものが見えた。
 はっとして、急いで両足を閉じて膝を抱える。

(な、なんで?)
 確かに気分はいい。だが、そこが勃つようなことは何もしていない。
 いくら自分のものが小さいからといって、仰向けになったときにズボンを押し上げて主張していた様は隠しようがなかった。おそらく、きっとバレてはいる。
 ちらっと気まずそうにリアンを盗み見ると、かちあった薄青の瞳が妖しくひかる。その顔は満面の笑みを浮かべおり、「『』だよ。ケン」と告げてきた。
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