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1章
9 subだってことはわかってる?
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どうりで石畳に倒れこんだはずなのに、打ち身の一つもないわけだ。ありがたい話である。
ただ、不可解な言葉を耳にした。「ぐれあ」とはなんだろう。てっきり、体調不良から昏倒したものだと健介は思っていた。
「ぐれあ?」
「そう。Glare」
繰り返される言葉に、健介の顔に浮かんだ「?」の浮かんだ表情に男はハッとした。
「倒れる前に受け止めたと思ったのだけど、記憶がない?」
記憶はあるが、常識がないのだ。だが、そう言うわけにもいかないので、健介は「倒れる前から記憶喪失でして……」と申し訳なさそうに嘘をつく。
「Glareがわからない?」
「はい」
「では、サブドロップは?」
またもやわからない単語だ。subはわかる。だが、ドロップとは何だ?飴ちゃんがいきなり出てくるわけはないので、落ちる方か?などと考える。
目の前の男は健介が「サブドロップ」も知らないことに衝撃を受けた。
驚かれても困る。知らないものは知らない。
「も、申し訳……ありません」
とりあえず謝ってしまうのは、健介の悪い癖だが、この身分の高そうな人に粗相をしないようにだけはしておきたい。
「そう……あの、自分が『sub』だってことは、わかっている?」
「はい。先程、医者に……」
胡乱な顔が驚きに変わる。
「今日!?」
言外に「その歳で?」といっている雰囲気に、健介はどう返していいかわからなかった。黙っていると、目の前の美丈夫は憐れみのこもった表情で説明を始める。
曰く、サブドロップとはsub性の人が陥る錯乱状態のことで、domに不当な命令をされたり、一方的に命令だけをされて褒められなかったりするとなるとのことだった。domから威嚇をされてもサブドロップに陥る。
健介は大通りで言い争っていた、domの威嚇……Glareに当てられたことでサブドロップの状態になっているらしい。
「サブドロップの状態をそのまま放置していると、subはいつまでも体調や情緒が不安定なままで、自分では回復できない。最悪の場合、死に至ることもあるんだよ」
説明されているあいだ、イケメンは片手で優しく手を握り、もう片方の手で握られた手の甲を撫でる。健介はどうしたら良いのかわからずオロオロと狼狽えた。
「あぁ、不安にさせてしまったね。サブドロップはdomからのケアを受けると回復するんだ」
では、どこかのdomに「ケア」とやらをしてもらわないと、この状態からは抜け出せないのかと、いずれにせよ途方にくれる。
「ありがとう……ございます。た、すけて、くださって。も、もう、失礼します」
健介はここにこれ以上いても、迷惑をかけるだけで何の解決にもならないと思い、礼を述べていとま乞いをする。
「そんな!」
驚いた青年は薄青の美しい瞳を見開き、健介の腕を掴んだ。
「こんな状態で外に出せるわけない!」
語気の強い物言いに、健介はびくりと肩を揺らす。
「あ……あの、でも……」
「私はdomです。貴方が嫌でなければ、ケアをさせてほしい」
健介は再び困惑した。
全く見ず知らずの身分の高い人物が、どんな理由があってこんなみすぼらしい、浮浪者のようなおっさんを介抱したいというのか。健介には願ったりなのかもしれないが、美しい彼にとって、何の利益にもなりはしない。
それに、「ケア」が何をするのか、健介は具体的に何もわからなかった。
こんなことなら、医者から「プレイ」の話が出たときに、なおざりにせずに根ほり葉ほり尋ねておけばよかったと後悔する。だが、あの時はあれ以上新しい言葉の意味を聞いたとしても、頭の中には入らなかっただろうし、何より一刻も早く薬を飲んで、休みたかったのだ。
「はい、お願いします」と答えるべきか、「いいえ、結構です」と答えるべきなのか。健介は答えが出せなかった。
その間にも頭痛は酷くなってきて、息苦しさが増していた。肩で息をして、「ひゅーひゅーぜぇーぜぇー」と荒い呼吸を繰り返す。
「こんな状態でどうやって帰るの? 酷いことは何もしないから、身を……任せてほしい」
信じていいものかは判断ができなかったが、確かに腕も上げられない、起き上がれもしないこの状態で、一人歩いて帰るのは無理そうだった。
危害を加えようと思えば、健介が目を覚ます前にいくらでもできただろうし、何よりこんな貧乏人からこの貴人が何を奪えるというのか……。
この体調不良が改善する手立てを目の前の美丈夫が持っているなら、縋ってもいいのかもしれない。健介の弱り切った思考と精神が囁く。
小さくうなずいて、「お、お願いしま、す」と答えた。
ただ、不可解な言葉を耳にした。「ぐれあ」とはなんだろう。てっきり、体調不良から昏倒したものだと健介は思っていた。
「ぐれあ?」
「そう。Glare」
繰り返される言葉に、健介の顔に浮かんだ「?」の浮かんだ表情に男はハッとした。
「倒れる前に受け止めたと思ったのだけど、記憶がない?」
記憶はあるが、常識がないのだ。だが、そう言うわけにもいかないので、健介は「倒れる前から記憶喪失でして……」と申し訳なさそうに嘘をつく。
「Glareがわからない?」
「はい」
「では、サブドロップは?」
またもやわからない単語だ。subはわかる。だが、ドロップとは何だ?飴ちゃんがいきなり出てくるわけはないので、落ちる方か?などと考える。
目の前の男は健介が「サブドロップ」も知らないことに衝撃を受けた。
驚かれても困る。知らないものは知らない。
「も、申し訳……ありません」
とりあえず謝ってしまうのは、健介の悪い癖だが、この身分の高そうな人に粗相をしないようにだけはしておきたい。
「そう……あの、自分が『sub』だってことは、わかっている?」
「はい。先程、医者に……」
胡乱な顔が驚きに変わる。
「今日!?」
言外に「その歳で?」といっている雰囲気に、健介はどう返していいかわからなかった。黙っていると、目の前の美丈夫は憐れみのこもった表情で説明を始める。
曰く、サブドロップとはsub性の人が陥る錯乱状態のことで、domに不当な命令をされたり、一方的に命令だけをされて褒められなかったりするとなるとのことだった。domから威嚇をされてもサブドロップに陥る。
健介は大通りで言い争っていた、domの威嚇……Glareに当てられたことでサブドロップの状態になっているらしい。
「サブドロップの状態をそのまま放置していると、subはいつまでも体調や情緒が不安定なままで、自分では回復できない。最悪の場合、死に至ることもあるんだよ」
説明されているあいだ、イケメンは片手で優しく手を握り、もう片方の手で握られた手の甲を撫でる。健介はどうしたら良いのかわからずオロオロと狼狽えた。
「あぁ、不安にさせてしまったね。サブドロップはdomからのケアを受けると回復するんだ」
では、どこかのdomに「ケア」とやらをしてもらわないと、この状態からは抜け出せないのかと、いずれにせよ途方にくれる。
「ありがとう……ございます。た、すけて、くださって。も、もう、失礼します」
健介はここにこれ以上いても、迷惑をかけるだけで何の解決にもならないと思い、礼を述べていとま乞いをする。
「そんな!」
驚いた青年は薄青の美しい瞳を見開き、健介の腕を掴んだ。
「こんな状態で外に出せるわけない!」
語気の強い物言いに、健介はびくりと肩を揺らす。
「あ……あの、でも……」
「私はdomです。貴方が嫌でなければ、ケアをさせてほしい」
健介は再び困惑した。
全く見ず知らずの身分の高い人物が、どんな理由があってこんなみすぼらしい、浮浪者のようなおっさんを介抱したいというのか。健介には願ったりなのかもしれないが、美しい彼にとって、何の利益にもなりはしない。
それに、「ケア」が何をするのか、健介は具体的に何もわからなかった。
こんなことなら、医者から「プレイ」の話が出たときに、なおざりにせずに根ほり葉ほり尋ねておけばよかったと後悔する。だが、あの時はあれ以上新しい言葉の意味を聞いたとしても、頭の中には入らなかっただろうし、何より一刻も早く薬を飲んで、休みたかったのだ。
「はい、お願いします」と答えるべきか、「いいえ、結構です」と答えるべきなのか。健介は答えが出せなかった。
その間にも頭痛は酷くなってきて、息苦しさが増していた。肩で息をして、「ひゅーひゅーぜぇーぜぇー」と荒い呼吸を繰り返す。
「こんな状態でどうやって帰るの? 酷いことは何もしないから、身を……任せてほしい」
信じていいものかは判断ができなかったが、確かに腕も上げられない、起き上がれもしないこの状態で、一人歩いて帰るのは無理そうだった。
危害を加えようと思えば、健介が目を覚ます前にいくらでもできただろうし、何よりこんな貧乏人からこの貴人が何を奪えるというのか……。
この体調不良が改善する手立てを目の前の美丈夫が持っているなら、縋ってもいいのかもしれない。健介の弱り切った思考と精神が囁く。
小さくうなずいて、「お、お願いしま、す」と答えた。
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