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19章
1 裏の里山
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「裏の里山ですか?」
シロウは聞き返した。
裏の里山……。そこは家の敷地から竹垣で仕切られたすぐ向こう側にある。
まるで昔見たアニメで妖怪やら体の大きな妖精やらが住んでいると言われそうな、鬱蒼とした森で、分け入るような小径もない。竹垣を飲み込みそうなほどに自然が豊かで、そこから一歩先はすぐに木々が覆い茂る山の入り口だ。
シロウは小さい頃、「危ないから、森に入ってはいけない」と祖母にキツく言われていた。
元よりシロウはそれほど活発でなかったので、この囲われた限られた空間で十分だった。言いつけを破ってまで、森で遊ぶよりも縁側で本を読んだり、風に揺れる庭先の草木で眺めるだけで、シロウにはこと足りていたのだ。
そのため、シロウはこの歳まで一度も裏山に踏み入ったことはない。
裏山に入る必要を感じたこともない。
それに、わざわざ家との境に背の高い竹垣があるということは、大神の土地ではないのだろう。誰か別の人の所有地ではないのか。国有地や公有地なら良いが、民有地なら不法侵入になる。草木の一本ですら、本来なら傷つけてはいけない。
それを勝手に入って──、しかも日本では絶滅した狼の姿で、これは大いに問題がないだろうか。
シロウは右手の拳を顎にあてて、思い悩む。
「どうかした?」
「いえ……。あの、勝手に入っても良いものなのでしょうか?」
リアムとノエルが顔を見合わせてる。
「勝手にも何も、裏山は大神の土地だろう?」
「え?」
シロウは初耳だった。
シロウの認識では、家とその周りの庭……竹垣と石垣で囲われた中が大神の土地である。都内に於いては十二分に広いだろうが、田舎にしてみればごく一般的な広さ。
ただ、庭も植えられた木々や池のせいで、定期的に手を入れなくては、とてもじゃないが綺麗に維持できない。一度、樹を幾つか切り、池を埋めようかとサクラコと相談したことがあった。だが、祖父母の残した美しい日本庭園を、自分たちの都合で壊してしまうのは忍びなかった。四季にとはいかなくとも、年に数回は庭師に依頼することで維持している。
それだって、広くて大変なのだ。
それなのに、裏山も?
「裏山二つ分くらいが大神の土地だよ」
驚くシロウにノエルが重ねる。
シロウは気が遠くなる。全く知らなかった。
知らなかっただけではなく、それらをサクラコに全て押し付けてきたことに気づく。
シロウの存在とこの家や裏山がサクラコをこの土地に縛り付けているように感じた。
「だから大丈夫」
ノエルが胸をはって言った。
確かに不法侵入の心配はない。だが、それ以外に気になることが多すぎる。
「シロウ、何か気になることでも?」
気遣うような視線でリアムがシロウを見つめる。
せっかくの「狩り」提案に水を差すようで、シロウは言い出せなかった。
「いえ……」
「シロウ、気になることがあるなら……」
リアムが最後まで言い切る前に、顔を上げてシロウの後ろを見た。
「何してるの?もう行ったかと思ったのに」
サクラコがシロウの後ろから声をかける。
「いや、裏山も大神の土地だから、入っても問題ないって言ったら、シロウがえらく驚いて」
ノエルがいまこの場で起こった出来事をサクラコに説明する。
「え!? 獅郎に言ってなかったっけ?」
シロウは振り返って、姉の方を向いた。
「だって、おばあちゃんが入ったらいけないって」
「あぁ、それは小さい頃ね。危ないから、結構森だし。迷ったりしたら大変だもの」
サクラコはうなずいてそう言うと、何かを思い出して声を上げた。
「あ! そうか。私も知ったのおばあちゃんが亡くなった時だったわ。色々、整理してる時に……」
少し天井にやっていた視線をシロウに戻すと、膨れた顔をして姉を見つめる弟が目に入った。
「ごめん、ごめん。あの時の獅郎はまだ学生だったし……。まぁ、いいじゃない、その話は。裏山はうちの土地。入っても大丈夫」
サクラコは胸の前でパンと両手を叩き、この話を終わらせようとする。
「ほら、行った行った」
手をひらひらと振って追いやるような仕草をする。
なんだかはぐらかされたような気がして、シロウは釈然としない。
ただ、これ以上この場で姉を問いただしたところで……そもそも、シロウは何をサクラコに問えば良いのか整理出来ていなかった。
ぐっと飲み込んで、姉の言う通りにこの話を終わらせる。
「大丈夫?」
「えぇ……」
シロウは聞き返した。
裏の里山……。そこは家の敷地から竹垣で仕切られたすぐ向こう側にある。
まるで昔見たアニメで妖怪やら体の大きな妖精やらが住んでいると言われそうな、鬱蒼とした森で、分け入るような小径もない。竹垣を飲み込みそうなほどに自然が豊かで、そこから一歩先はすぐに木々が覆い茂る山の入り口だ。
シロウは小さい頃、「危ないから、森に入ってはいけない」と祖母にキツく言われていた。
元よりシロウはそれほど活発でなかったので、この囲われた限られた空間で十分だった。言いつけを破ってまで、森で遊ぶよりも縁側で本を読んだり、風に揺れる庭先の草木で眺めるだけで、シロウにはこと足りていたのだ。
そのため、シロウはこの歳まで一度も裏山に踏み入ったことはない。
裏山に入る必要を感じたこともない。
それに、わざわざ家との境に背の高い竹垣があるということは、大神の土地ではないのだろう。誰か別の人の所有地ではないのか。国有地や公有地なら良いが、民有地なら不法侵入になる。草木の一本ですら、本来なら傷つけてはいけない。
それを勝手に入って──、しかも日本では絶滅した狼の姿で、これは大いに問題がないだろうか。
シロウは右手の拳を顎にあてて、思い悩む。
「どうかした?」
「いえ……。あの、勝手に入っても良いものなのでしょうか?」
リアムとノエルが顔を見合わせてる。
「勝手にも何も、裏山は大神の土地だろう?」
「え?」
シロウは初耳だった。
シロウの認識では、家とその周りの庭……竹垣と石垣で囲われた中が大神の土地である。都内に於いては十二分に広いだろうが、田舎にしてみればごく一般的な広さ。
ただ、庭も植えられた木々や池のせいで、定期的に手を入れなくては、とてもじゃないが綺麗に維持できない。一度、樹を幾つか切り、池を埋めようかとサクラコと相談したことがあった。だが、祖父母の残した美しい日本庭園を、自分たちの都合で壊してしまうのは忍びなかった。四季にとはいかなくとも、年に数回は庭師に依頼することで維持している。
それだって、広くて大変なのだ。
それなのに、裏山も?
「裏山二つ分くらいが大神の土地だよ」
驚くシロウにノエルが重ねる。
シロウは気が遠くなる。全く知らなかった。
知らなかっただけではなく、それらをサクラコに全て押し付けてきたことに気づく。
シロウの存在とこの家や裏山がサクラコをこの土地に縛り付けているように感じた。
「だから大丈夫」
ノエルが胸をはって言った。
確かに不法侵入の心配はない。だが、それ以外に気になることが多すぎる。
「シロウ、何か気になることでも?」
気遣うような視線でリアムがシロウを見つめる。
せっかくの「狩り」提案に水を差すようで、シロウは言い出せなかった。
「いえ……」
「シロウ、気になることがあるなら……」
リアムが最後まで言い切る前に、顔を上げてシロウの後ろを見た。
「何してるの?もう行ったかと思ったのに」
サクラコがシロウの後ろから声をかける。
「いや、裏山も大神の土地だから、入っても問題ないって言ったら、シロウがえらく驚いて」
ノエルがいまこの場で起こった出来事をサクラコに説明する。
「え!? 獅郎に言ってなかったっけ?」
シロウは振り返って、姉の方を向いた。
「だって、おばあちゃんが入ったらいけないって」
「あぁ、それは小さい頃ね。危ないから、結構森だし。迷ったりしたら大変だもの」
サクラコはうなずいてそう言うと、何かを思い出して声を上げた。
「あ! そうか。私も知ったのおばあちゃんが亡くなった時だったわ。色々、整理してる時に……」
少し天井にやっていた視線をシロウに戻すと、膨れた顔をして姉を見つめる弟が目に入った。
「ごめん、ごめん。あの時の獅郎はまだ学生だったし……。まぁ、いいじゃない、その話は。裏山はうちの土地。入っても大丈夫」
サクラコは胸の前でパンと両手を叩き、この話を終わらせようとする。
「ほら、行った行った」
手をひらひらと振って追いやるような仕草をする。
なんだかはぐらかされたような気がして、シロウは釈然としない。
ただ、これ以上この場で姉を問いただしたところで……そもそも、シロウは何をサクラコに問えば良いのか整理出来ていなかった。
ぐっと飲み込んで、姉の言う通りにこの話を終わらせる。
「大丈夫?」
「えぇ……」
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