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18章
6 狩り? その2
しおりを挟む「ははは」
「狩り……このあたり……」
「わかった」
「……離れて……問……ない」
二人の楽しそうな笑い声が聞こえる。
(聞き間違い……か)
今は狩りについて話しているようだった。どこに行くのか、「何」をとるのか?
「地図……おけよ」
「わかってる。大丈夫だ」
最後のリアムの言葉はよく聞き取れた。
それもそのはずで、奥座敷と中六畳の間にある襖が開く音がする。
シロウはいま来たばかりという雰囲気を装って、手前の四畳半から中六畳へと歩く。シロウが引き手に手をかけるより、ほんの少し早く襖が開く。
扉があるより先に、シロウはその扉を開ける人がわかっていた。柑橘とサンダルウッドのまじりあった甘くスパイシーな香り。
緊張の匂いもなく、焦っている匂いもしない。
だが、その感情をシロウは上手くかぎ分けられているか、まだ自信はない。
リアムもシロウがいることがわかっていたようで、満面の笑みで迎える。それは本当に、にこやかに。
シロウも表情を取り繕って、その前に立った。
上手く笑えているだろうか。
変な……疑っている匂いがしないだろうか。いや、そもそも疑っている匂いなんてあるのだろうか。
(ノエルと何を話していたんですか?)
だが、それが言葉になることはなかった。
開けた襖から一歩入ったリアムは身を屈めて、シロウの首筋にキスを落とし、また背筋を伸ばす。
「サクラコとの用事は終わった?」
また、身を屈めて反対側の首筋にキスを落とし、鼻先をこすりつける。顎の下をリアムのプラチナブロンドが掠める。シロウの背筋に震えが走った。視界が色を失う。
「は……い」
リアムの両手がシロウを筋肉質な胸元に抱き寄せた。
聞けないどころか、すっかりリアムのペースになっている。
「じゃあ、狩りに行こう」
耳元で囁かれて、シロウは驚きに目を見開いた。リアムの後ろの畳の黄緑色が今ははっきりと見える。
(俺も!?)
シロウは驚いてリアムの胸を両手でぐっと押し、体を離して距離を取る。見上げたリアムは眉毛下げて、その瞳は「どうした?」と言っている。
「狩りは俺も行くのですか?」
「俺とシロウで行くんだよ」
「ノエルとではなく?」
「なんでノエルと?」
あまりの動揺にシロウは右手を前に出して、リアムを静止した。
(いや、逆に「なんで俺と?」)
「なんで俺と?」
思ったまま声が出ていた。
「逆になんで俺とよ?」
いつの間にか近づいてきたノエルが、リアムの後ろからシロウを覗き尋ねる。
「だって、てっきり、二人で行くのかと」
「いやー、せっかくだから、シロウの初めての狩りをシロウのよく知る場所で出来たらって」
ノエルが頭をかいて、困ったようにシロウに笑いかける。
「でも、何を狩りに行くのですか?」
やっと聞けた。そう、何を狩りにいくのか。密猟ではないのか。
「「え?」」
リアムとノエルがそろって驚いた声を上げる。そのあと、リアムだけが妙に納得した表情に変わって小さく頷いた。
「ノエル。シロウは「狩り」の意味がわかっていないのかも」
「え!?」
リアムが大げさに驚いたノエルを視線で睨め付ける。
「それはそうだろ。人狼になったのだってついこの間だぞ」
「確かに」
反応が軽い。本当にそう思っているのかわからないくらい、ものすごく反応が軽い。
「安定して人と狼を行き来できるようになったのだって最近だ」
(狩りってもしかして……)
狼の姿で行うものなのかもしれない。確かに、何かの時にリアムが狼の姿で群れの仲間と狼の姿で「狩り」をすると言ってはいなかったか。いつ聞いたかも曖昧で、シロウにはそれが正解なのかわからなかった。
「そうか。でも、行くだろ?」
「その前に簡単に説明を……していただけますか」
何をするのかは知っておきたい。シロウはおずおずと二人に尋ねる。
「本来は満月の夜に群れで行うものなんだ。ただ、満月じゃなくても、気分転換や仲間と遊にに走りに行ったりする」
「狼の姿で出かけることを、『狩り』という……ということでしょうか」
シロウは手持無沙汰な両手を前で組んで、リアムを見上げた。アクアマリンの瞳がシロウを優しく見つめている。
リアムは一歩近づいて、シロウの額にかかった前髪を優しくかき上げた。
「そうだね。それに本当に狩りをしたりもする。本能に従って、ウサギやネズミを追いかけたりね」
ちょっとシロウには想像が出来なかった。しかも、運動が苦手なシロウが野生の生き物たちを追うことなどできるのだろうか。不安で眉間にしわが寄っているのが自分でもわかった。
「不安です……」
シロウは正直な気持ちを吐露した。
「大丈夫だよ。まずは試しに行ってみよう」
リアムが深く刻まれたシロウの眉間の皺を優しくなで、頭に軽くキスをする。少しだけ不安な気持ちが解けた気がした。
「ゆっくり走るから。シロウはついて来てくれれば……。あ、もし行きたい方向があったら俺がついていくし」
シロウは少し考えた。行きたい場所なんてあるだろうか。
「どこに行くのですか?」
「裏の里山だよ」
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