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17章
6 別れのハグ
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ミドリに付き添われて、家の外に出ると湿気を含んだ外気に汗が一気に吹き出した。
「グラニー、外は暑いです。こちらで」
蝉の声が一際大きく、シロウの声も自然に大きくなる。
「大丈夫よ。お見送りくらいしたいわ」
ミドリも同じくらい大きな声で返事をした。上品な婦人というミドリからこんな大きな声が出るのかとシロウは笑ってしまった。
まだまだ暑いというのにリアムとノエルは車に乗らずにシロウを待っていた。
外に出てきたシロウに気づいて、アプローチを歩いて来る。
「すみません。お待たせして」
「いいんだよ。たくさん話せた?」
リアムが気遣うようにシロウを見つめる。
「はい。ありがとうございます」
二人の前まで行くと、お辞儀をする。
「グラニーもありがとうございました。とても有意義でした」
シロウはミドリを振り返る。
「ぜひまた来てね」
「はい」
両手を広げたミドリに、シロウは慣れないハグをする。ノエルとリアムも再度別れのハグをして、車へと歩いていった。
ノエルが運転席に乗り込み、リアムはシロウを促して後部座席に乗せると、自分も助手席に乗りこむ。乗り込んだ車の中はシロウが出てくるまでにエンジンがかけられていたのか、すっかり冷房が聞いていた。
窓が開けられると、外から湿度を含んだ熱気がむわっと入り込んでくる。一瞬引いた汗が再びふき出して額に滲む。
「気を付けて」
上品に手を振るミドリにリアムとシロウも車内から手を振った。
車が走り出し、ミドリの姿がどんどん遠ざかってか小さくなる。最初の角を曲がるまで、ミドリは家の中に入ることなく、ずっと外で手を振っていた。
運転席のノエルが閉めるボタンを押したのか、自動で閉じていく窓に何故だか突然切なくなって鼻の奥がツンとした。初めて会ったノエルの祖母に、懐かしい自分の祖母の話をされたせいだろうか。自分にこんな感傷的な部分があったことに驚いた。
「このまま、家に行こうと思うんだけど」
「家?」とシロウは首を傾げる。
「そう、サクラコとシロウの家。明後日には帰るんだろ?いつサクラコに会うんだよ」
それは──。
確かに今日会えたらいいとは思っていた。だが、想定していた以上にミドリの家で時間を過ごしてしまったため、そのまま都内に戻るものだと。
「ありがとうございます」
「そのまま泊っていけよ」
シロウは困惑して、前を向く。後部座席からでは二人の頭しか見えない。
「えーと……」
急に言われても、何の準備もしていない。どうするべきか、自分の一存では決めがたい。
「シロウは家に着替えあるだろ」
それはその通りだ。アメリカに行くときにも全ての荷物を持ち出したわけではない。
というより、部屋を綺麗に片づけて空っぽにして家を出ようとしたところ、サクラコの猛烈な反対にあったのだ。
『日本に帰ってくるときどうするの?』
『部屋はそのままにするから!』
という発言により、処分しようと思っていた服やら家具やらは全て置きっぱなしとなった。身の回りの少しのものを除けば、シロウが日本に暮らしていた時のままになっている。
だが、リアムの着替えはない。泊まるつもりなど全くなかったので、何も持ってきてはいないのだ。
リアムの表情を確認しようにも、シロウの座席からでは二人の頭しか見えない。ノエルは声から乗り気……というより、押し切るつもりなのが感じ取れる。良くも悪くも我が道をいく人なのだ。
どうしたらいいのかわからず、シロウが返事を渋っていると、「シロウは着替えがあるかもしれないけど、俺は明日も同じ服を着るのは嫌だ」とリアムが答えた。
「下着くらいコンビニで買えるよ」
「コンビニ?」
「日本のコンビニはなんでも揃うんだぞ。それともこだわりの下着じゃなきゃヤダって?」
ひとことリアムを揶揄わなければ気が済まないのか、ノエルの軽口にシロウはヒヤヒヤする。
「特にこだわりはない……こともないが、別にそれでも構わない」
子供のようなノエルに対して、リアムはあくまでも大人な態度を崩さない。
二人は従兄弟の関係だが、掛け合いからはしっかり者の兄とお調子者の弟といった仲の良い兄弟のように見える。
「ならいいだろう? 着替えは俺のものを使えばいい」
(着替え?)
シロウは少し驚いた。
自分が姉と住んでいた時、ノエルは頻繁に家を訪れていたが、泊まっていったことはついぞ記憶になかった。
何も変わっていないと思っていたが、自分がいなくなったあとに少しずつ変わっていっている姉の生活が嬉しい変化とはわかっていても、少しだけ寂しい。
(姉さんに弟離れが出来てないなんて思っていたけど、俺も大概だな……)
「グラニー、外は暑いです。こちらで」
蝉の声が一際大きく、シロウの声も自然に大きくなる。
「大丈夫よ。お見送りくらいしたいわ」
ミドリも同じくらい大きな声で返事をした。上品な婦人というミドリからこんな大きな声が出るのかとシロウは笑ってしまった。
まだまだ暑いというのにリアムとノエルは車に乗らずにシロウを待っていた。
外に出てきたシロウに気づいて、アプローチを歩いて来る。
「すみません。お待たせして」
「いいんだよ。たくさん話せた?」
リアムが気遣うようにシロウを見つめる。
「はい。ありがとうございます」
二人の前まで行くと、お辞儀をする。
「グラニーもありがとうございました。とても有意義でした」
シロウはミドリを振り返る。
「ぜひまた来てね」
「はい」
両手を広げたミドリに、シロウは慣れないハグをする。ノエルとリアムも再度別れのハグをして、車へと歩いていった。
ノエルが運転席に乗り込み、リアムはシロウを促して後部座席に乗せると、自分も助手席に乗りこむ。乗り込んだ車の中はシロウが出てくるまでにエンジンがかけられていたのか、すっかり冷房が聞いていた。
窓が開けられると、外から湿度を含んだ熱気がむわっと入り込んでくる。一瞬引いた汗が再びふき出して額に滲む。
「気を付けて」
上品に手を振るミドリにリアムとシロウも車内から手を振った。
車が走り出し、ミドリの姿がどんどん遠ざかってか小さくなる。最初の角を曲がるまで、ミドリは家の中に入ることなく、ずっと外で手を振っていた。
運転席のノエルが閉めるボタンを押したのか、自動で閉じていく窓に何故だか突然切なくなって鼻の奥がツンとした。初めて会ったノエルの祖母に、懐かしい自分の祖母の話をされたせいだろうか。自分にこんな感傷的な部分があったことに驚いた。
「このまま、家に行こうと思うんだけど」
「家?」とシロウは首を傾げる。
「そう、サクラコとシロウの家。明後日には帰るんだろ?いつサクラコに会うんだよ」
それは──。
確かに今日会えたらいいとは思っていた。だが、想定していた以上にミドリの家で時間を過ごしてしまったため、そのまま都内に戻るものだと。
「ありがとうございます」
「そのまま泊っていけよ」
シロウは困惑して、前を向く。後部座席からでは二人の頭しか見えない。
「えーと……」
急に言われても、何の準備もしていない。どうするべきか、自分の一存では決めがたい。
「シロウは家に着替えあるだろ」
それはその通りだ。アメリカに行くときにも全ての荷物を持ち出したわけではない。
というより、部屋を綺麗に片づけて空っぽにして家を出ようとしたところ、サクラコの猛烈な反対にあったのだ。
『日本に帰ってくるときどうするの?』
『部屋はそのままにするから!』
という発言により、処分しようと思っていた服やら家具やらは全て置きっぱなしとなった。身の回りの少しのものを除けば、シロウが日本に暮らしていた時のままになっている。
だが、リアムの着替えはない。泊まるつもりなど全くなかったので、何も持ってきてはいないのだ。
リアムの表情を確認しようにも、シロウの座席からでは二人の頭しか見えない。ノエルは声から乗り気……というより、押し切るつもりなのが感じ取れる。良くも悪くも我が道をいく人なのだ。
どうしたらいいのかわからず、シロウが返事を渋っていると、「シロウは着替えがあるかもしれないけど、俺は明日も同じ服を着るのは嫌だ」とリアムが答えた。
「下着くらいコンビニで買えるよ」
「コンビニ?」
「日本のコンビニはなんでも揃うんだぞ。それともこだわりの下着じゃなきゃヤダって?」
ひとことリアムを揶揄わなければ気が済まないのか、ノエルの軽口にシロウはヒヤヒヤする。
「特にこだわりはない……こともないが、別にそれでも構わない」
子供のようなノエルに対して、リアムはあくまでも大人な態度を崩さない。
二人は従兄弟の関係だが、掛け合いからはしっかり者の兄とお調子者の弟といった仲の良い兄弟のように見える。
「ならいいだろう? 着替えは俺のものを使えばいい」
(着替え?)
シロウは少し驚いた。
自分が姉と住んでいた時、ノエルは頻繁に家を訪れていたが、泊まっていったことはついぞ記憶になかった。
何も変わっていないと思っていたが、自分がいなくなったあとに少しずつ変わっていっている姉の生活が嬉しい変化とはわかっていても、少しだけ寂しい。
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