狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

文字の大きさ
上 下
119 / 146
17章

6 別れのハグ

しおりを挟む
 ミドリに付き添われて、家の外に出ると湿気を含んだ外気に汗が一気に吹き出した。
「グラニー、外は暑いです。こちらで」
 蝉の声が一際大きく、シロウの声も自然に大きくなる。
「大丈夫よ。お見送りくらいしたいわ」
 ミドリも同じくらい大きな声で返事をした。上品な婦人というミドリからこんな大きな声が出るのかとシロウは笑ってしまった。

 まだまだ暑いというのにリアムとノエルは車に乗らずにシロウを待っていた。
 外に出てきたシロウに気づいて、アプローチを歩いて来る。
「すみません。お待たせして」
「いいんだよ。たくさん話せた?」
 リアムが気遣うようにシロウを見つめる。
「はい。ありがとうございます」
 二人の前まで行くと、お辞儀をする。
「グラニーもありがとうございました。とても有意義でした」
 シロウはミドリを振り返る。
「ぜひまた来てね」
「はい」
 両手を広げたミドリに、シロウは慣れないハグをする。ノエルとリアムも再度別れのハグをして、車へと歩いていった。

 ノエルが運転席に乗り込み、リアムはシロウを促して後部座席に乗せると、自分も助手席に乗りこむ。乗り込んだ車の中はシロウが出てくるまでにエンジンがかけられていたのか、すっかり冷房が聞いていた。
 窓が開けられると、外から湿度を含んだ熱気がむわっと入り込んでくる。一瞬引いた汗が再びふき出して額に滲む。
「気を付けて」
 上品に手を振るミドリにリアムとシロウも車内から手を振った。
 車が走り出し、ミドリの姿がどんどん遠ざかってか小さくなる。最初の角を曲がるまで、ミドリは家の中に入ることなく、ずっと外で手を振っていた。
 運転席のノエルが閉めるボタンを押したのか、自動で閉じていく窓に何故だか突然切なくなって鼻の奥がツンとした。初めて会ったノエルの祖母に、懐かしい自分の祖母の話をされたせいだろうか。自分にこんな感傷的な部分があったことに驚いた。

「このまま、家に行こうと思うんだけど」
 「家?」とシロウは首を傾げる。
「そう、サクラコとシロウの家。明後日には帰るんだろ?いつサクラコに会うんだよ」
 それは──。
 確かに今日会えたらいいとは思っていた。だが、想定していた以上にミドリの家で時間を過ごしてしまったため、そのまま都内に戻るものだと。
「ありがとうございます」
「そのまま泊っていけよ」
 シロウは困惑して、前を向く。後部座席からでは二人の頭しか見えない。
「えーと……」
 急に言われても、何の準備もしていない。どうするべきか、自分の一存では決めがたい。
「シロウは家に着替えあるだろ」
 それはその通りだ。アメリカに行くときにも全ての荷物を持ち出したわけではない。
 というより、部屋を綺麗に片づけて空っぽにして家を出ようとしたところ、サクラコの猛烈な反対にあったのだ。
『日本に帰ってくるときどうするの?』
『部屋はそのままにするから!』
 という発言により、処分しようと思っていた服やら家具やらは全て置きっぱなしとなった。身の回りの少しのものを除けば、シロウが日本に暮らしていた時のままになっている。
 
 だが、リアムの着替えはない。泊まるつもりなど全くなかったので、何も持ってきてはいないのだ。
 リアムの表情を確認しようにも、シロウの座席からでは二人の頭しか見えない。ノエルは声から乗り気……というより、押し切るつもりなのが感じ取れる。良くも悪くも我が道をいく人なのだ。
 どうしたらいいのかわからず、シロウが返事を渋っていると、「シロウは着替えがあるかもしれないけど、俺は明日も同じ服を着るのは嫌だ」とリアムが答えた。
「下着くらいコンビニで買えるよ」
「コンビニ?」
「日本のコンビニはなんでも揃うんだぞ。それともこだわりの下着じゃなきゃヤダって?」
 ひとことリアムを揶揄わなければ気が済まないのか、ノエルの軽口にシロウはヒヤヒヤする。
「特にこだわりはない……こともないが、別にそれでも構わない」
 子供のようなノエルに対して、リアムはあくまでも大人な態度を崩さない。
 二人は従兄弟の関係だが、掛け合いからはしっかり者の兄とお調子者の弟といった仲の良い兄弟のように見える。
「ならいいだろう? 着替えは俺のものを使えばいい」

(着替え?)

 シロウは少し驚いた。
 自分が姉と住んでいた時、ノエルは頻繁に家を訪れていたが、泊まっていったことはついぞ記憶になかった。
 何も変わっていないと思っていたが、自分がいなくなったあとに少しずつ変わっていっている姉の生活が嬉しい変化とはわかっていても、少しだけ寂しい。

(姉さんに弟離れが出来てないなんて思っていたけど、俺も大概だな……)

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

処理中です...