狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

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17章

5 なぜ今になって

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 話はおにぎりの具から、シロウがどう日本で暮らしていたのかへ次第に話題が変わっていく。
 結局、郷の人狼の話に話題が戻ることはなく、おにぎりをみんなで食べながら近況──ノエルが先日行われた群れへのメイトのお披露目の話や、シロウがアメリカでどう過ごしているかといった世間話に終始した。

 夏の日は長いとはいえ、窓の外の日は傾き始めて、涼しい部屋に西日が差し込む。外では最後の一声と言わんばかりにジージーと一際大きな蝉の鳴き声が聴こえていた。
 カップの紅茶も飲み干され、底に茶色い染みを作っている。
「もうこんな時間ね。少し話し込みすぎたかしら。」
「本当だ。そろそろ行くよ」
 ノエルがすっと椅子から立ち上がる。続くようにリアムも椅子をひいた。
「ありがとうございます。本当によくわかりました」
 シロウもお礼を言って、席から立つ。
 ノエルが祖母に近づいて、頬にキスをしハグをした。
「じゃあ、また来るね」
「グラニー、日本に来た時にはまた伺います」
 続いてリアムもミドリをハグした。
 いよいよ帰るという段になった。ノエルが部屋を出て行こうと扉に手をかけた時、ミドリがシロウを呼び止めた。
「シロウちゃん、ちょっと。ノエルはリアムさんと先に行ってて」
「はい」
 話足りなかったわけではなかったが、もう少しだけミドリと話を出来る猶予に、シロウは素直に返事をした。そんなシロウを、リアムは少しだけ戸惑ったような表情で見つめる。
 小さくうなずくと、リアムも小さくうなずいて、シロウの手を少しだけ強く握る。なにか励まされたような、勇気づけられたような心地がして、一人残される緊張感が少しだけほぐれた。
 すぐに手を離したリアムは、ノエルと連れだって扉を出ていき、部屋にはミドリとシロウだけになる。

「ごめんなさいね。もう少しだけ、話をしたかったの」
「俺もです」
「そう。ありがとう」
 小さく微笑んで、再びシロウに椅子をすすめる。これからどんな話をされるのか、シロウはわからずに少しだけ身構えた。
「さっきはごめんなさい」
 いきなり謝罪を口にしたミドリにシロウは何に対して謝られているのか分からずに狼狽えた。
「いえ、俺がお礼を言うことがあっても、グラニーに謝られることは……」
「さっき、うっかりあなたの身体のことを話しそうになったわ」
 薄々謝罪の理由はわかっていたが、やはりそのことかとシロウは思う。誰か知らない人ではなく、あの場に居たのはシロウの大切に思う人たちだけだった。
 それに、シロウにとって、身体の性が二つあることはもう謝られるほどのことでは無くなっていた。
「リアムさんはご存じなの?」
「はい」
「ノエルは?」
「知らないと思います。姉さんも知っているかどうか。少なくとも俺からその話を二人にしたことは無いです。いずれ、いやなんなら今日この後にでも姉に話しても」
「いえ、そうじゃないのよ」
 ミドリの気持ちを軽くしようと思って、かえって気をつかわせてしまったことに気づく。
「そのことはシロウちゃんが話してもいいと思ったタイミングで二人とお話してね」
 ミドリはテーブルに置いていた手をシロウに伸ばし、優しく頬に触れる。少しだけ悩むような表情をして、話を続けた。

「梅子さんはね、『シロウは半分女性だから、狼にはならない』って言っていたの。それでも不安だったのかしら、私にアメリカには女性の人狼がいるのか訊ねたり、蔵の中の書付を探したりしていたの」

 やはりそうだったのか──。

 さっきその話題が出たときにシロウが考えたことは妄想ではなかったことがミドリから語られる。
「どれだけ探しても、人狼の女性を見つけることは私たちには出来なかった」
 深く刻まれた顔の皺は、ミドリの生きてきた長い年月を物語っているようだった。見つめていたシロウの顔から視線をずらし、ふっと小さく息を漏らす。シロウの頬から離した手は手持ち無沙汰に目の前のカップのふちを撫でる。
「やっぱり、『人狼は男性がなるもの』と二人で結論を出したのに。不思議ね……。私も梅子さんもいつまでも狼に変身しないシロウを、もう人狼にはならないと思っていたのよ」
 それにはシロウも同意だった。

 何故今になって──。

 リアムからもレナートからも、「人狼は第二次性徴を迎える頃には狼になれる者は狼に変身する」と聞いていた。
 それは自分が人狼だという前提があろうが、なかろうがなのかは判然としないが……。
「人狼は第二次性徴のころには狼に変身すると聞きました。俺は……随分遅いです。トリガーがわかりません」
「そうね」
「男性か女性かは人狼になる条件ではないのではないでしょうか」
「ならどうして、女性の人狼は見つからないのかしら」
 その疑問の答えは二人とも持ち合わせていなかった。

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