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17章
4 おにぎり
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シロウが黙ったことで会話は途切れ、再び部屋の中は静かになる。静寂が苦にならないシロウとは違って、何かしていないと気が済まないノエルは立ち上がった目的を思い出すしたように「ばあちゃんの手伝いしてくるわ」と言って、先程ミドリが出た扉から後を追うように出ていった。
再び静寂の中のささやかな蝉時雨に耳を傾ける。夏が来るといつの間にか聴こえてきて、終わるかという頃には鳴き声を聴かなくなる。普段は気にもとめないその音は意識を向けなければ、鳴っていることも忘れてしまうようなそんなもの。疑問も抱かずに当たり前に存在するのだ。
いつから存在して、どのように血を継いできたのか。そんなことはきっと誰にもわからないし、人狼のメカニズムについて、詳細を知るものもいないのだろう。
リアムやノエルにとって──それ以外の人狼にとっても、そこに当たり前にあって、当たり前に続いてきたから。人狼が男だけであろうと、女性の人狼がいなかろうと、誰も疑問に思いもしなかったに違いない。
だが、ミドリと梅子はそうじゃない可能性──なぜ女性の人狼がいないかと、疑問に思ったのではないか。
と言うより、「女性の人狼がいなければ──」の方が大きかったかもしれない。
話の流れからして、シロウの身体がどっちつかずなことによって、「女の人狼がいなければ」はシロウが「より人狼にはならない」と安心する材料になったのではないか。ただの想像の域を出ないが、シロウの頭の中はそんな考えでいっぱいだった。
「シロウ?」
呼びかけられて、グラスを見るともなしに注視していたシロウはハッとしてリアムの方を向いた。
「どうかした?」
言ったところで、詮無いことだ。敢えて、この話をする必要もない。
「なんでもないです。祖母とミドリさんがこんなに仲が良かったことを知らなかったから……」
「シロウ、“グラニー”よ」
お盆に乗せたポットとカップを持って、ミドリが部屋に入ってくる。
「あ、グラニー」
顔を赤くして呼び直したシロウにリアムがニコニコとした視線を向けてくる。
(なんか、結果的に誤魔化せたかな)
話題が変わって、シロウはそれ以上リアムに何かを追求されないことに少しだけ安堵した。
「お腹が減ったでしょ?軽食で申し訳ないけど、用意していたのよ」
お盆をテーブルに置き、手際よくカップを並べてポットから紅茶を注ぐ。入れたての紅茶のいい香りが漂ってきた。
確かに少しお腹が減ってきた気がする。壁際の立派な柱時計を見ると昼の時間はとっくにすぎて、もうおやつの時間にさしかかっていた。
開いていた扉から皿を持ってノエルが入ってくる。ことりと音を立てて置かれた大きな白い皿の上には可愛らしいサイズの白黒がたくさん並んでいた。
「おにぎり……」
「ホームメイドな軽食で申し訳ないわ」
「いいえ、美味しそうです」
「オニギリ?」
小さく呟き嬉しそうにするシロウにリアムが尋ねる。
「そうです。おにぎりです。お米を……こう、手で握って。知りませんか」
最近は欧米の大都市にはおにぎり専門店があり、盛況だというニュースを聞いた記憶があった。だが、あれも日本文化を誇張したニュースだったのだろうか。
「スシ?」
「いえ、寿司とは違って、中にフィリングが入っているんです」
「お前、知らないの?」
ノエルが大袈裟に驚いたように言って、信じられないものを見る目でリアムを見る。
「スシはレストランで食べたことがあるけど、これはない」
少しむっとした様子で言い返され、肩をすくめる。
確かに、おにぎりはレストランでは出てこないし、何か軽食を買うにしても、リアムの生活圏には無さそうだった。
「まあまあ、いただきましょう」
「ばあちゃん、中身なに?」
子供のようにはしゃいだノエルが席に座るより先に皿から一つつまみ上げる。
「お行儀が悪い子ね」
ノエルの手をミドリにしわのあるが綺麗な小さな手で、可愛らしくぺちんと叩く。
それを気にすることもなく、ノエルは答えを聞く前に手に持った、海苔の巻かれた米の塊を口に放り込んだ。
「やった!トラディッショナル、梅干し」
整然と並んだおにぎりはどれも見事に同じ佇まいをしている。
ミドリがにこっと笑って、「他は鮭とおかか、あと昆布とツナマヨよ」と具の名前と一緒に指差す。
ミドリの口からツナマヨという言葉が出てきたギャップにシロウはふっと小さく笑い声を上げた。
「いただきます」
皿に手を伸ばし、一つ摘んで口に放り込む。ノエルの手に持たれている時はとても小さく見えたのに、思ったより大きかったようで、頬をいっぱいにしてもぐもぐと口を動かす。
ほんのりと塩味のついたほっこり握られた米が口の中で解ける。中のツナマヨネーズも胡麻油の香りがふわっと鼻に抜けて、コンビニのそれとは違った家庭の味に感動する。
日本に帰ってきた実感のような、そんな気持ちがした。
「んー……」
思わず目をつぶって鼻から嘆息を漏らす。
隣のリアムも興味津々といった様子で一つおにぎりを掴むんで、口に入れた。
「ん、うっ!?」
うめいて口を抑えたリアムをノエルが指刺して笑う。
「なんで敢えて梅干しを食べるかな」
リアムはカップに入った紅茶をあおるように飲み、口の中のものを飲み干す。目を白黒させて、皿を凝視した。
「何これ」
「梅干し、ジャパニーズプラムを塩漬けしたものだよ。日本の一般的なピクルスだ」
「ピクルス……」
ノエルの説明を聞いて、残った風味を反芻するように口をもごもごさせる。普段の何にも動じないスマートな姿との対比で可笑しかった。
「苦手でしたか」
「うーん……しょっぱい?すっぱい?初めての味で驚いた」
再び静寂の中のささやかな蝉時雨に耳を傾ける。夏が来るといつの間にか聴こえてきて、終わるかという頃には鳴き声を聴かなくなる。普段は気にもとめないその音は意識を向けなければ、鳴っていることも忘れてしまうようなそんなもの。疑問も抱かずに当たり前に存在するのだ。
いつから存在して、どのように血を継いできたのか。そんなことはきっと誰にもわからないし、人狼のメカニズムについて、詳細を知るものもいないのだろう。
リアムやノエルにとって──それ以外の人狼にとっても、そこに当たり前にあって、当たり前に続いてきたから。人狼が男だけであろうと、女性の人狼がいなかろうと、誰も疑問に思いもしなかったに違いない。
だが、ミドリと梅子はそうじゃない可能性──なぜ女性の人狼がいないかと、疑問に思ったのではないか。
と言うより、「女性の人狼がいなければ──」の方が大きかったかもしれない。
話の流れからして、シロウの身体がどっちつかずなことによって、「女の人狼がいなければ」はシロウが「より人狼にはならない」と安心する材料になったのではないか。ただの想像の域を出ないが、シロウの頭の中はそんな考えでいっぱいだった。
「シロウ?」
呼びかけられて、グラスを見るともなしに注視していたシロウはハッとしてリアムの方を向いた。
「どうかした?」
言ったところで、詮無いことだ。敢えて、この話をする必要もない。
「なんでもないです。祖母とミドリさんがこんなに仲が良かったことを知らなかったから……」
「シロウ、“グラニー”よ」
お盆に乗せたポットとカップを持って、ミドリが部屋に入ってくる。
「あ、グラニー」
顔を赤くして呼び直したシロウにリアムがニコニコとした視線を向けてくる。
(なんか、結果的に誤魔化せたかな)
話題が変わって、シロウはそれ以上リアムに何かを追求されないことに少しだけ安堵した。
「お腹が減ったでしょ?軽食で申し訳ないけど、用意していたのよ」
お盆をテーブルに置き、手際よくカップを並べてポットから紅茶を注ぐ。入れたての紅茶のいい香りが漂ってきた。
確かに少しお腹が減ってきた気がする。壁際の立派な柱時計を見ると昼の時間はとっくにすぎて、もうおやつの時間にさしかかっていた。
開いていた扉から皿を持ってノエルが入ってくる。ことりと音を立てて置かれた大きな白い皿の上には可愛らしいサイズの白黒がたくさん並んでいた。
「おにぎり……」
「ホームメイドな軽食で申し訳ないわ」
「いいえ、美味しそうです」
「オニギリ?」
小さく呟き嬉しそうにするシロウにリアムが尋ねる。
「そうです。おにぎりです。お米を……こう、手で握って。知りませんか」
最近は欧米の大都市にはおにぎり専門店があり、盛況だというニュースを聞いた記憶があった。だが、あれも日本文化を誇張したニュースだったのだろうか。
「スシ?」
「いえ、寿司とは違って、中にフィリングが入っているんです」
「お前、知らないの?」
ノエルが大袈裟に驚いたように言って、信じられないものを見る目でリアムを見る。
「スシはレストランで食べたことがあるけど、これはない」
少しむっとした様子で言い返され、肩をすくめる。
確かに、おにぎりはレストランでは出てこないし、何か軽食を買うにしても、リアムの生活圏には無さそうだった。
「まあまあ、いただきましょう」
「ばあちゃん、中身なに?」
子供のようにはしゃいだノエルが席に座るより先に皿から一つつまみ上げる。
「お行儀が悪い子ね」
ノエルの手をミドリにしわのあるが綺麗な小さな手で、可愛らしくぺちんと叩く。
それを気にすることもなく、ノエルは答えを聞く前に手に持った、海苔の巻かれた米の塊を口に放り込んだ。
「やった!トラディッショナル、梅干し」
整然と並んだおにぎりはどれも見事に同じ佇まいをしている。
ミドリがにこっと笑って、「他は鮭とおかか、あと昆布とツナマヨよ」と具の名前と一緒に指差す。
ミドリの口からツナマヨという言葉が出てきたギャップにシロウはふっと小さく笑い声を上げた。
「いただきます」
皿に手を伸ばし、一つ摘んで口に放り込む。ノエルの手に持たれている時はとても小さく見えたのに、思ったより大きかったようで、頬をいっぱいにしてもぐもぐと口を動かす。
ほんのりと塩味のついたほっこり握られた米が口の中で解ける。中のツナマヨネーズも胡麻油の香りがふわっと鼻に抜けて、コンビニのそれとは違った家庭の味に感動する。
日本に帰ってきた実感のような、そんな気持ちがした。
「んー……」
思わず目をつぶって鼻から嘆息を漏らす。
隣のリアムも興味津々といった様子で一つおにぎりを掴むんで、口に入れた。
「ん、うっ!?」
うめいて口を抑えたリアムをノエルが指刺して笑う。
「なんで敢えて梅干しを食べるかな」
リアムはカップに入った紅茶をあおるように飲み、口の中のものを飲み干す。目を白黒させて、皿を凝視した。
「何これ」
「梅干し、ジャパニーズプラムを塩漬けしたものだよ。日本の一般的なピクルスだ」
「ピクルス……」
ノエルの説明を聞いて、残った風味を反芻するように口をもごもごさせる。普段の何にも動じないスマートな姿との対比で可笑しかった。
「苦手でしたか」
「うーん……しょっぱい?すっぱい?初めての味で驚いた」
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